第84話:土地を探すのよ!
母のとんでもない提案に俺とソフィアは目を剥いて反論し、父は満更でもないと場違いに和んでいる。
「——、お気持ちは、本当に嬉しいですがお母上様、わたくしはメイドとして涼真様に」
「あら、いいじゃない『妹メイド』!」
「——っ!? い、妹、メイド、涼真様の妹で……メイド!? ゴフっ、なんて破壊力、流石お母上様っ」
「これなら、正々堂々世間様に後ろ指差されることなく、涼真の側で生きていけるんじゃない?
メイドさんとしてお世話もできるし、我ながらお母さん、ナイスアイディアじゃないかしら?」
『妹メイド』とか言うパワーワードに悶えるユキナも満更ではなさそうだ。
母は当然ノリノリであるし、これは想定外がすぎるぞ?
俺はもう少し、つかず離れず、良き隣人くらいの、丁度いい距離感と関係性に落ち着けるはずだったのだが。
隣を見ればソフィアが何とも複雑な表情で視線を彷徨わせている。
「……ソフィアちゃん」
「は、はい……お母様」
そんなソフィアの様子に母も当然気づいており、柔らかく微笑み、声をかける。ソフィアは緊張した面持ちで応えた。
「ソフィアちゃんの気持ちは、よく理解しているし応援もしているわ? ただ、その覚悟と涼真を思ってくれる気持ちが本物なら、この程度の事で狼狽えちゃダメ」
「——!? はぃ、仰られている事、わかるような気がします!」
母の言葉に対して静かに首肯したソフィアは落ち着きを取り戻した眼差しで母を見つめ返す。
「ふふ、ソフィアちゃんも本当に可愛い。
ソフィアちゃんは焦らなくていいの。
今は『学校』に行って、もっと沢山の人たちと繋がりを持って多くの関係を知り、学ぶ。
そうしたらあなたの一途な想いはもっとキラキラして素敵な気持ちになると思うの」
「——、はい! お母様」
正直、母の言わんとしている事は、全くわからない。
ただ、そんな母の言葉に瞳を輝かせているソフィアには何かしらの意味があったのだろうと思う。
「最後に涼真」
「お、おう——いえ、はい」
明らかに先ほどまでと違いすぎる温度差にビクリと居住まいを正す。
い、威圧感に、俺の本能が『魔王』以上の警鐘を鳴らしているだと。
「涼真は、もっとシャンとなさい!
ソフィアちゃんの想いも、ユキナさんの事も男の子として、しっかり、真正面から受け止めるくらいの度量と覚悟を持ちなさい!
まずは、地に足をつけて働く!
養う家族が沢山いるんだから、涼真がしっかり稼がなきゃ、それがこの世界での強さです!」
「はい! 返す言葉も御座いません!」
「お父さん!」
「は、はい?」
「引っ越すわよ!」
「は、はい。はい?」
「娘達が増えて大家族になったんですもの!!
こんな狭い家に住んでられるものですかっ!!
明日は有給取ってください、銀行巡りと不動産屋さんに行きますからね!」
「は……はいっ!」
まさに鶴の一声、父も俺も青天の霹靂をモロに浴びせられ言葉も出ない。
「お母様、カッコいい……」
「妹メイド、妹……義兄様? 義兄様も捨てがたいです」
「ひゅ〜、アタイ専用の配信部屋ゲットっ?」
「ボクも地下室とか欲しいなぁ〜」
「ふふふ、妾に相応しい部屋! それは冥府の門と通ずる闇と深淵の狂乱が如き獄炎に染まる部屋なのだろうっ! 出来れば、ユキの、隣で……」
「え、何人増えるの? え? 6L? 7LDK? か、母さん? 流石にそんな物件」
「何を言ってるの! 建売なんてみみっちぃ事言ってないで土地から探すのよ!」
やっと現実が追いついてきたのか父が額から大量の汗を吹き出し始め、更に追い討ちをかける母によって顔面蒼白になっていく。
何やかんやで丸く収まった——収まった?のか?
ただ、俺としては現在母の言葉に愚の音も出ない立場上ユキナのことも引っくるめてこれから向き合っていくしか道はないらしいが。
「……マジで、働かないとだな」
流石に俺と契約精霊達、ソフィアにユキナまで一緒に暮らせる家を父一人の稼ぎで負担させるわけにはいかない。
〈探索者〉の資格を取るにしろ、それまでの期間できるアルバイトでも探すべきだろう。
これからの生活を考え、気持ち遠い目をしていると隣に座っていたユキナが真剣な表情で耳打ちをしてきた。
「涼真様——いえ、義兄様。『王家』からの干渉にはわたくしもできる限り対抗しますが、『聖女』とその背後にいる『聖王』の動向にはお気をつけください」
「聖女か——そいつは、もしかして」
脳裏によぎるのは昼間に出会った薄桃色の長い髪をした、元勇者パーティ。
異世界で『聖女』として俺と一時行動を共にしていたツクヨ・ルミナリア。
「わたくしにも、『聖王』に会えと執拗に接触してきたので、返り討ちにしましたが……。
『月影の聖女』朧月紡の持つ影響力は侮れません、最近裏の人間との繋がりも噂されています、十分にご注意を」
「——ああ、わかった」
『月影の聖女』朧月紡とやらの正体が、俺の知るツクヨの可能性は十分にあり得る。
もし、アイツと次に鉢合わせた時、俺は。
「……」
賑やかな家族の輪に馴染み、共に笑い合っているソフィアの視線が静かに俺へと向けられていた事をこの時の俺は知らなかった。
いや、気がついていたのかもしれない。
ただ、ソフィアの視線に込められた想いに俺は無意識に気が付かない振りをしていたんだろう。
思えばこの日この時、向き合っておくべきだった。
唯一無二の親友から託された『魔王の娘』としてではなく、『ソフィア』という一人の少女、否、女性として。




