第82話:トドメの修羅場
一日を振り返り、どっと重くなった足を引き摺りながら実家へと帰宅した俺。
なんとなくソフィアとの最後のやり取りに歯切れの悪さを感じていたり、久遠寺の言葉で……と言うのは癪だが心の片隅に引っかかってしまった『自分の在り方』。
現代社会における自分という人間性の不釣り合いな価値観。
ウジウジと回り道などをしながら気がつけば時刻は午後九時を回り、あたりはすっかり夜。
「はぁ……、いい歳して実家に帰り辛いってのもな——ん?騒がしいな?」
ため息混じりに玄関の扉へと手をかけ、やけに家の中が騒がしい事に気がつく。
喧しい契約精霊たちが住んでいるので『うるさい』のは最早日常になりつつあるのだが、そういった騒がしさとも違うような。
「ただいま——」
「わたくし、ユキナ改め雪乃真白は!!
本日より、主人である涼真様のお世話のため!
『メイドキング』として涼真様のご実家にお世話になりたいと考えている所存です!
お父上様、お母上様、今後涼真様の身の回りのお世話から家事の一切に至るまでわたくしにお任せください」
「妾は深淵より参った、冥府の極炎!
主人殿と血肉を分けし者達よ! 妾の力を欲するか?」
扉を開けた瞬間に聞き覚えのある女性と契約精霊の声。
反射的に俺は扉を閉め、深呼吸。
オッケー、理解した——俺は大丈夫、問題ない。
ガチャリ、と酷く汗ばんだ手が再び扉を開く。
「リョウマの世話に、あなたは不要! 私は許可しない! 今すぐに立ち去りなさい!」
「エハちゃあ〜ん、よっす〜、丁度よい厨二キャラ逸材!こっちきて一緒に配信手伝って〜」
「あ、エハドじゃん! バカドリじゃなくてボクと遊ぼうよぉ〜」
「え、あ、ぉ……妾は、その、えっと、うん」
「涼真様の専用愛玩メイドになる予定のわたくしはさておき。貴女はなんですか? ただ異世界からついてきただけの居候では?」
「わ、私は! リョウマの、お嫁さんに……とにかく、『王家』の関係者を家にはおけない!」
「「「雪乃、真白さまが……『白銀の勇者』さまが……我が家に」」」
ファミレスの時に着ていた白のメイド服に身を包みリビングに佇むユキナこと——雪乃真白。
対するように仁王立ちで迎えているソフィアはエプロン姿、片手にお玉という、外見の派手さと相まってあの家庭的な出立ちが男心を擽ぐる……今はそれどころじゃないな。
雪乃真白について来ていたエハドはシャロシュとシュナイムに巻き込まれて普通にくつろぎ始めている。
雪乃真白を目にした両親と妹は、丁度テレビの画面に映し出されていたアイドルのように歌い踊る『雪乃真白』と目の前の本人を見比べながら青い顔をしてへたり込んでいた。
控えめに言って混沌の坩堝だ。
俺では収集できる自信がない。
「ワッフ」
「いや、無理だって……どうやって収めるよ。こう言う時ハメシュがいればな」
足元にやってきた狼姿のアルバに救いを求めるがジトとした視線を向けられただけで、入れ替わりに外へと出ていった。
まとまりのない三柱の姉御的な役割を担っているハメシュがいてくれれば一先ずこの騒ぎを納めて折衷案の一つでも出してくれるのだが。
未だにバチバチと睨み合う『魔王の娘』と『現代勇者』を遠目に両親と妹を見やれば、
「と、とりあえず、サインをもらった方がいいんじゃないか、母さん」
「わたしはお茶を淹れるので、その間にあなたが貰ってください」
「ふ、二人とも、そんないきなりサインだなんて! あ、写真、一緒に撮ってもらえるかな」
どこまでも小市民な我が家の面々に何故か安心感を覚える。
そういえば舞衣はダンジョン騒動の時入れ違いでユキナとは絡んでいなかったな。
「あー、その、ただいま〜」
「リョウマっ」
「涼真様! 御帰りなさいませ!
まずは湯浴みと、メイドでのお遊びになさいますか?
それとも、『雪乃真白』としてご奉仕いたしましょうか? ゆ、『ユキナ』として睦合うのをご所望でしたら、わたくし、心の準備はできております」
とりあえず存在を認識してもらおうと控えめに声をかければ、花が咲いたように振り返るソフィア。
それを押し除けて前に出た雪乃真白が、よくわからない事を口走りながら、よくわからない恥じらいを浮かべて俺に擦り寄る。
「私のリョウマに気安く触らせない」
「涼真様は『物』ではなく『主人様』です、ご帰宅された主人様に全身を使ってご奉仕するのはメイドとしての勤め! 邪魔だてするなら容赦しません」
闇色の剣と鋭利な氷柱が無数に漂い、二人の間により剣呑な空気が流れ始める。
「はぁ、とりあえず落ち着け二人とも」
俺は魔力を飛ばして両者の【魔法】を相殺、かき消した。
「「!?」」
我に返ったように目を見開いて俺を見る二人。
今日はちょっと戯れる気分にはなれそうもないから、真面目にやる。
パチンと指を弾いた俺は【短距離転移】で二人と、両親、妹をダイニングのテーブルに移動させ——、四人掛け用のダイニングテーブルを〈アイテムボックス〉へと収納。
代わりに取り出したのは、異世界で手に入れた貴族の家にあるような豪華なテーブルと椅子が丁度六脚。
「とりあえず、状況整理と説明もあるから全員座って」
俺は放心する父と母、妹を対面に座らせ、俺を中心に右隣にソフィア、左側には雪乃真白を座らせた。
「リョウマ、何故話し合う必要が? 理由はどうあれこの女が『王家』の関係者なのは事実。監視されていてもおかしくない」
「その辺は心配ご無用です。わたくしはあの事件以降、今までできる限り断っていたメディアへの露出を積極的に行い、ファンサービスの歌手活動、『ライフロ』配信、企業コマーシャルへの出演を積極的に行いました。
結果、元々高かった『知名度』は現在も右肩上がり、『王家』も今のわたくしをただの『駒』として迂闊に手は出すことは出来ないでしょう。
当然こちらにお邪魔するまでの経路は迂回に迂回を重ね、常人では真似ることのできないルートを経由し追手がない事も完璧に確認済みです」
俺を挟んで口論を再開する美女二人の頭を一先ずポンポンと撫で付け落ち着かせる。
「……これは、ズルい。いつもより冷静なのも、釈然としない」
「……確かに、ズルい、いえ至福と一言もうしておきましょう」
いつも俺は冷静だが?
今日は特に疲れているのは否定しないけども。
「「「……」」」
ごく自然に雪乃真白の頭を撫でた俺の手を凄まじく奇特な生き物を見るような表情で凝視する両親と妹——怖い怖い、顔が怖い。
「まずは、雪乃……ユキナについての説明が先だな。
後『王家』に関してだが、ソフィア——あの河川敷でソフィアが帰った直後に『王家』の関係者が一人で接触してきたんだよ」
「え!? あの後? 大丈夫だった? アイツらは何か要求を?」
心配そうにずいっと至近距離に迫ったアメジストの瞳に若干ドギマギしながらも、『ちゃんと説明するから』と言い聞かせてソフィアを宥める。
その後俺は家族に雪乃真白こと『ユキナ・ブラン』と異世界で出会っていた事、改めて『王家』の存在も家族へと伝える。
今日『久遠寺』が話していたように今後奴等が良からぬ事を企てた際、両親や妹を標的にすることは十分にあり得ると改めて痛感させられたからだ。
俺のせいで家族が『王家』に目をつけられてしまった事も合わせて改めて謝罪の意思と今後の方針を話し合うために、俺はじっくりと説明をする事にした。




