第81話:河川敷はセンチになる場所
つらつらと饒舌に語る優男——久遠寺刻は自分の優位を悟ったのか、ゆっくりと体を動かして再び俺と至近距離で正面から向き合った。
「『王家』の皆様はそんな現代社会を知っておられるから、ある意味『武力』しかない涼真さんは現代で影響力を手に入れた『王家』にとって、脅威足り得ない——。
つまり、あなたは憎き仇敵の手の平で生かされているのですよ、涼真さん」
ニヤリとほくそ笑み、メガネの位置を直した久遠寺の言葉に苛立ちを覚えながらも手にした刃の緊張は解かずに、真意を尋ねてみる。
「目的は何だ、わざわざ挑発しに来たわけじゃないだろう」
俺の言葉に肩を竦め、小さく指先で首筋にあてがわれたままの刃を指して言外に開放を訴える久遠寺。
俺は、眼光を鋭くするだけで要求には応えない。
「はぁ、私としてはもっと小洒落たバーなんかで有意義に今後のお話しをしたかったのです、が? 冗談です」
余計な話の尽きない男に警告を込めて握った柄に力を込めると、再び肩を竦めて真剣な面持ちへと雰囲気を切り替えた。
「私と手を組みましょう、涼真さん。
そうすればあなたは『王家』に復讐出来るだけでなく、大切な方々と気兼ねなく平和な生活を送ることが出来ます。
如何ですか? 魅力的でしょう?」
予想通りと言えば予想どりの提案に俺は舌打ち、
「お前みたいな奴の言いそうな台詞がハマりすぎていて冗談でも笑えねぇよ」
「まぁまぁ、話は最後まで聞いてください。
信用がないのは仕方ないとして。
私、こう見えてもまだ二十歳なんですよ。
女性からはもっと大人っぽく見られることも多いのですが……」
もう話す事はないと言う強い意志を込めて魔力を高める。
そんな俺を軽く手で制し、俺が口を開くよりも先に自分勝手に語り始める久遠寺。
「私の出生、と言いますか血筋は『王家』に連なる『異世界』の者、で間違いはないのですが……。
正直、私が生まれ育った環境はこの国であり『現代』なんですよ」
「何が言いたい」
「——、うんざりなんですよ。
この『現代』において数世紀前と変わらない『異世界』の価値観を引きずったまま『王』だとか『支配』だとか流行らない古臭い思想を掲げている『王家』。
その手足でしかない〈クラン〉の旗印にされている私の『今』も、私には窮屈すぎる!
私はもっと自由に、意のままに!!
本当の『素顔』のまま、綺麗な女の子たちにチヤホヤされて生きていきたいのですよ!」
後半のよくわからない理由はさて置き、見た目も動機も軽薄な久遠寺の提案を一蹴するべく思案する。
利用だけでもするべきか?
いや、こう言う手合いは裏切り以前の問題で、寄越す情報すら信憑性に欠ける——。
今この瞬間のやり取りですら『ブラフ』の可能性も捨てきれない。
「お答えは慎重に、涼真さん。
私の提案を受けないと言うことは、私に取って私の『裏切り』を知っている『王家』以外の敵。
つまり、現在も『録画されている映像』を使って何をするかわかったモノじゃありませんよ?」
久遠寺にとっては首筋に刃を当てられている現状でも自分の方が優位だと考えているようだ。
——まずは、その思い込みを砕こうか。
「シャロシュ」
「はいはぁ〜い! マスターの呼びかけに忠実な『雷鳥』シャロたんここに見参〜っ!」
バチっと凄まじい雷光と共に一瞬で姿を現したプラチナブロンドを靡かせる美少女が俺の隣に立ってニマニマと腹の立つ笑みで久遠寺を見つめる。
「っ、あなたは」
「ノン、スピーク! まずはぁ〜バリッと、ドラマなんかでもド定番な『監視カメラの映像を差し替える』をやってみた〜、的な?」
パチンと乾いた破裂音と共にシャロシュが指を弾いた。
瞬間、空中に優男が映し出していた上空からの映像——そこに映し出されていた俺たちの姿が消える。
「バカな! 『王家』の権限で国防省並みのセキュリティーをかけたネットワークですよ!?
いくらなんでもそんな簡単に侵入できるわけがっ!!」
映像に映し出される『虚実』に狼狽する久遠寺へと一歩距離を詰めた俺は刀を虚空に仕舞い、男の胸ぐらを掴み上げた。
「っ! 何をするんですか!?
私の提案はあなたの目的とも一致しているはずだ!
それに、映像を書き換えた程度で、あなたが優位に立つことなんて」
俺は、一先ず一方的に喚き散らすだけの久遠寺の顔面にここ数時間で溜まった『アレやコレやのストレス』も込めて渾身の拳をお見舞いする。
「——っくは!? い、痛い!! なんで!?」
口元と鼻から血を垂れ流し、気取った表情の崩れたその顔を見て僅かばかり溜飲を下げた俺は、『攻撃が通った』事に慌てふためいている久遠寺を見下げ言った。
「お前が『停止』して守っている『表層の時間』を【空間魔法】で持って『透過』しただけだ。
何もあんな『チート武器』が無くてもお前を倒すぐらい訳はない、ちょっとばかし面倒だけどな」
拳に残った感触を拭うように手をヒラヒラと払い、尻餅をついている久遠寺へと再び距離を詰める。
「く、来るな!? 残念ですよ、涼真さん!!
あなたは!必ず、この選択に後悔をする——」
「『時間』を止めて動くのはノン〜、丸焦げっちゃうよ〜って、手遅れだったぽい?」
「————っコホ」
俺の目の前からその姿をかき消した久遠寺が、俺達から数メートル離れた場所に文字通り煤と煙で真っ黒になった状態で倒れていた。
耐性のある俺はともかく、今俺たちのいる半径数百メートルのエリアはシャロシュの『電熱』で満たされたフィールドになっている。
表層の『時間停止』を解いて、俺たちの過ごしている『時間軸』以上の速度で流れる『軸』で移動する奴の能力は、最初からその場に満ちている『熱量の効果』まで無力化は出来ない。
どころか、普段ならジワジワ効いてくる『フィールド』の効果を自ら高出力で浴びに行った形だ。
「とりあえず、拘束して……情報だけでも搾り取ってみるか」
「オケまるぅ〜、で? そのあとは?」
「後は生かしておくメリットもないしな、普通にコロ——」
言いかけて、俺は思わず口を噤んだ。
遺憾にも先ほどのやり取り、俺の価値観が『異世界』での基準にどっぷりと浸かっている事を思い起こされ、思わず眉間に深い皺を刻んだ。
「なぁ、シャロシュ……」
「ん〜」
「俺は、『平和』にこの世界で生きていけるのか?」
「……忍耐、って言葉じゃ生優しいくらいの努力は必要かも?」
珍しく、至って真面目で冷静に返してくるシャロシュの言葉に、俺は目を閉じて、もう一度夕闇に染まって人気のなくなった河川敷を見つめた。
「俺は、俺たちは……この世界に戻ってきてもいい『存在』だったんだろうか」
「さぁ? アタイはそう言う『考え』自体持てないから、わかんな〜い」
こちらの言葉に受け合う気をさらさら感じない返事で返すシャロシュにある意味『彼女らしさ』を感じた。
俺は気が抜けたようにどかりとその場に座り込んで宵闇に染まる世界を遠く眺めた。
「てかさ、マスターがこの世界にいてもいなくても、毎日誰か死ぬし、生まれるしで忙しなく世界は回ってんじゃね?
マスターはマスターのしたいようにしたらいいじゃん?
アタイはマスターの『答え』を全力で『正解』にする『力』以外には、なれなぁい、的なね」
久遠寺を拘束し終え、どこかへと連れて行こうとしているシャロシュが最後に残した言葉はどこか、寂しげな気持ちを孕んでいたようにも思えた。




