第76話:想い人
「りょうまさーん、コレなんてどうですぅ? 可愛くないですかぁ?」
「あ、ああ、うん、いいんじゃ、ないでしょうか……」
「えぇ〜、本当ですかぁ?
もっとよく見てくださぃよぉ〜、あ! 二人っきりで見たいとか? りょうまさんなら……いいですよぉ?」
「え、いや、それは——」
「お客様〜、試着室の使用はお一人様までで、お願いします! あと男性の方の立ち入りは例えお連れ様であっても禁止となっております」
「——!? 自分は、そんなつもりじゃ、ないですから!」
店員の硬い声に遮られ俺は『女性用の下着売り場』で試着室から顔を覗かせる可愛らしい女性、舞衣の後輩であるエミを置いてそそくさと売り場から離れた。
「あぁ!りょうまさ〜んっ、ちょっと店員さん邪魔しないでくださいよー、もう少しだったのに」
「いや、他所でやってください」
遠のいていく声にホッと安堵の息を吐いた俺は妙に熱くなってしまった顔を涼ませながらショッピングモールの通路に設置されていた横長いソファーへと腰を下ろした。
「——っとに、なんなんだあの子の積極性は」
舞衣の職場関係者ということもあって無碍にもできず、強引な彼女に腕を引かれながら渋々連れ歩いていた訳だが。
ぼんやりと考え事などしていたら気がつけば先ほどの『下着売り場』へと連れて行かれ半ば強制的に下着の試着に付き合わされるという事態に陥っていた。
舞衣にまんまと嵌められた俺、内心予想はできたが断り辛かったと言ったほうが正しいか。
とにかく適当に付き合ったらさっさと終わらせて帰りたかったのだが、先ほどの様に兎に角反応に困るアピールが露骨。
目的が分かりやす過ぎて、『好意』を向けてもらえている喜びや気恥ずかしさなどを覚えるよりもその露骨に過ぎる積極性に対してドン引きが勝ってしまう。
「こんな所ソフィアに見られたら……」
ブルリと肌が粟立つ。
きっと真っ直ぐに好意をぶつけてくれるあの子の事だ、この状況を目撃などしようものなら『深淵より這い出る混沌の邪神竜』も真っ青な形相の彼女が容易に思い浮かぶ。
今度こそ、俺は今世にお別れをしなければならないかもしれない。
だったらやるな、という話——で割り切れるほど俺にとっては簡単じゃない。
恐らく舞衣は俺とソフィアの関係に勘づき……その上で反対している、と思う。
というか最近の態度を見ていれば嫌でもわかる。
とにかく俺とソフィアを二人きりにさせないようベッタリとソフィアに張り付いていたからな。
その上で、アイツなりに俺たちの事を考えてくれた上での『今日』なのだろう。
ある意味そんな妹の『大人な気遣い』をそれこそ俺は無碍に出来なかった。
「ただな〜、もっとスマートなやり方もあっただろう妹よ……のこのこ乗っかっている俺も人のことは言えないが」
ソフィアの未来や今後を心配いている妹なりの配慮。
俺自身へ『機会』を与え、ソフィアが寄せている『好意』に俺が舞い上がっているだけじゃないのか、その辺りを見極めるためにわざわざ対抗馬を?
流石に偶然だとは思うが、いい機会だと捉えているのは確かだろう。
つまりは、お互いに選択肢のない中で選んだ結論——ではなく本当に『好き』かどうかって所だよな。
それは問題ないと、思う、多分だが。
ソフィアはともかく、俺は——俺は。
脳裏にチラつくのは先ほど見かけた薄桃の長い髪。
「——っだぁあ! こんな状況で、よりによって『ツクヨ』に瓜二つの女が何で出てくる!?
いや、冷静になれよ、俺。
仮にアイツがこっちに来ていたとして現代の時間経過で二十年前だろ? さっき見かけた女は『当時』の『ツクヨ』にそっくりだっただけだ。
流石に二十年経って、外見が変わらない事は無い、はず。
やっぱり他人の空似か? それとも幻覚? だとしたら俺はどんだけ引きずって」
「あら、幻に見るほどまだわたしの事『好き』でいてくれたの? それは、とても嬉しいことだわ?」
何年振りかの聞き慣れた、聞きたかった、もう思い出したくはなかった『声』が正面から俺の耳朶を打ち、包む。
「————ぁ」
顔を正面に向ければこちらを覗き込む月のような光を纏った瞳。
「久しぶりね……リョウマ? とても、とても会いたかった」
スッと伸ばされた両手は硬直する俺の全身を優しく、懐かしく、切なく、酷く胸を締め付ける匂いが至近距離で包み込む。
全身に密着した肌の温もりが、哀れにも心を満たしていくのを、愚かな俺は感じていた。
「お前——本当に、ツクヨ、なのか?」
「えぇ、そうよ? あなたの好意を利用し……裏切ってしまった最低な女。
『元勇者パーティ』で共に旅をした仲間でもある、ツクヨ・ルミナリアで間違いないわ」
何かを言わなければ。
あの時、なぜ、俺を『王家』に売ったのか。
夜這いと見せかけた『暗殺』は本当に、本意だったのか。
なぜあの時と変わらない姿のままでこの世界にいるのか。
あんな事をしておいて、なぜ、俺に会いたいなんて——。
本当は突き飛ばし、怒りのままに叫び、恨み言を吐き捨て、沸々と湧き上がる溜飲をわずかでも下げたいと願う。
なのに、なぜ、俺は。
この女を、こいつを!
彼女を……久方ぶりに触れた彼女の温もりに安堵感を覚えてしまっているのか。




