第75話:男とは斯くあるべし!!
「好き、という言葉の意味は、わかります。
でも、それがどう言う感情なのか、私がリョウマに抱いている『感情』が『好き』という想いなのか、上手く言葉で説明できない」
ソフィアの中で『リョウマのお嫁さんになる』という未来は最早確定事項であり、誰が何を言おうとも覆ることのない不変の理である。
それが『好きか否か』などと言う抽象的かつ曖昧な感情で揺らぐことなどあり得ないし、確定している事実は変わらない。
はずだ、とソフィアは自分に改めて言い聞かせる。
「アタシも人のこと言えた義理じゃないんだけど……。
やっぱり『結婚』と『好き』は別に考えるべきじゃないと自分の体験から思うようになったの。
上手く言えないけど、ソフィアちゃん自身の気持ちと、ちゃんと向き合った上で決めても遅くないんじゃないかな?
歳の差とかは、まあ今時そんなに珍しくもないけど……。
なんで、ソフィアちゃんはお兄ちゃんと『結婚』したいと思ったの?」
「なんで、『お嫁さん』になりたいか……?」
ソフィアは舞衣の言葉を聞きながら思いつく限りの理由を頭の中に並べてみる。
そもそもの話、『魔王』は世襲制ではない。
『魔王』自身が認める、もしくは正式な果たし合いの末打ち倒された時に継承する。
『魔王の娘』であるソフィアは本来、ソフィア自身が『魔王』となるか、『魔王』を打倒した者に嫁ぐという選択肢以外存在しないはずだった。
今となっては魔族の仕来たりなど有ってないような物ではある、実際〈ダンジョン〉騒動の時にソフィアは『魔王の力』を継承しているので、この仕来たりには当て嵌まらないが——。
ソフィアが生まれるより以前に『勇者』であった涼真は『魔王』ベリアルを打ち倒し、その後『友』となった。
涼真が『勇者』という定めを負っていなければソフィアの父ベリアルは間違いなく次代の『魔王』を涼真に指名していただろう。
そうなると必然的にソフィアは涼真の妃となる訳で。
「————っ」
「ソフィアちゃん? どうしたの〜、顔が真っ赤だけど〜?」
ソフィアは想像しただけで沸騰しそうになる自分の感情をなんとか落ち着けて、再び問いの意味を考える。
ソフィアが涼真の『お嫁さん』になりたいと考え始めたのはいつ頃からだっただろうかと。
確かに父であるベリアルが『奴が魔王になっていれば』とボヤいていた言葉を幼心に拡大解釈してしまった気がしなくもないと、今更になって思い至るが、それだけが理由と言う訳ではない。
ソフィアは遠く懐かしいものを思い返すように目を細める。
当時ソフィアにとっての『世界』とは、涼真からもたらされるものばかりだった。
涼真が持ってきてくれる食べ物がソフィアの知る『味』だった。
涼真が時折連れ立って見せてくれた景色がソフィアの知る『感動』だった。
涼真が持ってきてくれた本だけがソフィアにとっての『知識』で『娯楽』だった。
涼真がくれた『果実水』だけが、ソフィアの知るキラキラと輝く『喜び』だった。
気がつけば涼真はソフィアにとっての『全て』だった。
「……リョウマは、特別。特別な気持ちが——好き?」
小さく呟き溢し、自問自答の世界に入り込んでいくソフィアへ舞衣の気遣ったような声がかかる。
「あぁ〜、そんなに考え込まなくても大丈夫だよ?
逆に、ソフィアちゃんは『お兄ちゃん』以外を知らないから、ってのもあるかな?
あ! ちょうどアタシの〈クラン〉に新人で入ってきた若い子がいて〜、赤崎くんって言うんだけどめっちゃイケメン——」
「若さ、というより未熟さの滲んだ隙だらけの顔は嫌いです」
「ん? え、っと? 隙だらけの顔って一体」
唐突にキリッとした表情で返したソフィアに舞衣は一瞬息を詰め、ソフィアは止まることなく考えうる限りの『異性』に対する条件を語る。
「更に言えば、私が仮にリョウマ以外の異性を『異性として認める条件』を挙げるなら。
顔は、『リラックスしていても常に警戒を緩めない鋭さと死地や修羅場を潜り抜けた人特有の面持ち』であること。
性格は、『温和に見えて用心深く、戦闘となれば時折苛烈な一面を覗かせる』ような方が望ましいです。
あと私のこだわりとして、『魔法に関しての知識ではなくセンスを持ち合わせており、私の知識と合わせれば神域級の魔法ですら扱える卓越した技量と魔力保有量を持っている』というのが最も大事な部分です!!
そもそも大前提として『私と肩を並べて戦える、でも実際は私より強い』方であれば、一応『異性』という存在として認識することぐらいは、出来ると思います」
「あー、うん、わかった。
アタシの考えが足りなすぎたね! ごめん!
ソフィアちゃんはお兄ちゃん以外絶対無理で、お兄ちゃん『大好き』なのが本当によくわかった! ごちそうさま!」
舞衣はどこかスッキリしたような、投げやりにも見える満面の笑みで頷き、
「男という枠に入るだけでハードルが異次元かつ異世界すぎて無理!!
ソフィアちゃんに即惚れるであろう世の男性諸君!!
そもそも『男』として絶対無理だから御愁傷様!!」
なぜか何処かに向けて叫び始めたので、再びソフィアは『抹茶フラッペ』と向き合いながら、改めて芽生えた『好き』という概念と自分の気持ちについての考察を始め——。
「!? ってことは。アタシ、ソフィアちゃんに悪いことしちゃったかも……。ま、まぁ、あの子にお兄ちゃんが靡く事はないと思うけど」
ザワザワと感じていた胸騒ぎが一際強くなるのをソフィアは感じながらも、舞衣の溢した気になるワードの続きを務めて冷静に促す。
「お姉様? リョウマが、靡くって、ナニ?」
「ひっ!? お、おち、落ち着いて、ソフィアちゃん——アタシは、ただ、ソフィアちゃんにも、お兄ちゃんにも、す、すこしくらい、視野を広げる機会を」
パキュっと奇妙な音を立ててソフィアの手にあった『抹茶フラッペ』がグラスごと黒いモヤに包まれて消失。
「お姉様の気持ちは理解しました。
で、リョウマは、イマ、ドコデ、ダレと、ナニを?」
「なー、にもな、いとは思うけどー。今、多分、アタシの後輩の『エミちゃん』と、ふ、ふたりきりで、デート……っ!?
ひいぃッ、ご、ゴメン、ゴメンね、ソフィアちゃん!?」
無言で立ち上がったソフィアから漆黒の魔力が立ち昇る。
大気が震え、溢れた魔力はやがて『闇色の巨龍』へとその姿を変容させた。
先ほどまでの清々しい空模様が暗雲立ち込める陰鬱とした息苦しい空気へと変わり、天に座した巨龍の影で闇夜のようになった。
「——【ゲート】」
ゆっくりとした、だが力強い歩調でその場を離れたソフィアが何もない空間に黒く渦巻く異次元の扉を作り出し、
「そ、ソフィアちゃん? ちなみに、どこへ?」
「……愚問です、お姉様。あと、後でお姉様にもお話がありますので——失礼します」
「は、はひ。——頑張って、お兄ちゃん。今度埋め合わせはするから、というかアタシへのお話の前にどうかお兄ちゃんがソフィアちゃんを鎮めてくれます様に……」
引き攣った笑みで返事を返し誰かに祈るような仕草を始めた舞衣を背に、ソフィアは怒れる闇の巨龍を引き連れ虚空へと姿を消した。




