第73話:追いかけて来る過去
『慈愛の雨——傷心の都市を救った〈聖女〉の奇跡』
「——フン」
部屋に引きこもり只管『ネット』で遊——特訓の成果により十全とまではいかないだろうが一般的なレベルでは使いこなせるようになった〈デバフォン〉。
画面に流れるくだらないニュースの記事を流し見て俺はあからさまに鼻を鳴らした。
『あの雨』はシュナイムの『水』にハメシュが手を施して『治癒』の効果を持たせた、言うなればアイツらなりに俺と俺の故郷であるこの世界を気遣い仕込んでくれた『結果』だ。
「それを横から堂々と……」
『王家』の考えそうな対応に虫唾を覚える。
この『聖女』とやらも厚顔無恥過ぎるだろう。
神秘的なイメージのためかメディアへの露出も少なく、文字通り顔の半分を『ベール』で覆い隠したその出立ちではどんな顔なのかも判別できない。
分かっているのは舞衣と同年代ほどの女であるというぐらいのもの。
きっととんでもない厚化粧の聖女などとは程遠い面の皮を被った女に違いない。
『王家』の手先だからな、絶対に間違いない。
「っと、ここか。行けばわかるって……一体どんな厄介事を企んでくれたのやら」
〈デバフォン〉の画面に内心で悪態をつきながら辿り着いたのは『ハチ公前』。
久しく味わっていなかった息苦しい程の人混みにうんざりしながらも渋々やってきた訳だが。
「これは、アレだよな。待ち合わせの定番スポットに『行けばわかる』という前口上、無理やり誰かに引き合わせる気か? 一体誰に——」
見知った顔でも見つけるのに一苦労しそうな人混み。
俺の意識はフッとある一点に吸い寄せられた。
まるでその場所にだけスポットライトを浮かべたように視線が向かった先。
まっすぐにこちらを見つめるのは触れれば一瞬で崩れてしまいそうな儚く脆い、だがその惹き寄せられる魅力に抗う術はなく思わず手を伸ばさずにはいられない、瞳と美貌。
あの瞳に何度、胸を打たれ、心を苛み、勇気をもらい、絶望しただろうか。
あの美貌に何度惹き寄せられ、心弾ませ、最後には必死に伸ばした手もその背に触れる事も叶わず、自身の愚かさを呪い、その美貌を呪ったことだろうか。
忘れもしない。忘れるわけがない。忘れたかった。
出来るなら新たな心照らす『美しい月夜』に気持ちを昂らせ、誤魔化し、『無かった事』にすらしてしまいたいと願った。
「——なん、で」
急速に乾いていく喉が必死に声を搾り出し、思わずその瞳に手を伸ばしかけた。
「お待たせしましたっ! お兄ぃさんっ♪ 今日はぁ、わざわざお時間作ってもらってありがとうございますぅ」
突如背後からかけられた陽気な声色にハッとし、我に返る。
振り向けば〈ダンジョン〉で目にした時よりも『可愛らしい』装いに身を包んだ若い女性。
「あ、え、っと、君は確か——」
「えぇ? もしかして先輩ウチのこと話してくれてないんですかっ!?もう、先輩適当すぎでしょっ! コホン、まぁそれはそれとしてウチ——わたしは舞衣先輩と同じ〈クラン〉で後輩のエミって言います! 今日はお兄ぃさんと一日……」
俺の思考は長々と自己紹介を始めた舞衣の後輩を名乗る女性の言葉を意識から追い出し、先ほどの場所へと視線を巡らせる。
雑多な人混みをキョロキョロと見回し、日本という国にあって目立ち過ぎる薄桃色の長い髪を探すが、どこにもその面影は見当たらず。
「って、お兄ぃさん? 聞いてます?」
「ん? ああ、悪い。ところで、今日はどういった——、というか今し方急用が」
「当然デートです! 今日は一日わたしとデートしてもらいます! さ、行きましょう!」
「は!? で、デー、え? ちょ、いや、待っ」
逸る気持ちを抑え、なんとか穏便かつ早急に事を済ませようとした矢先。
思いもよらない単語が飛び出し混乱極まる俺の腕を強引に抱き寄せた舞衣の後輩のエミはズンズンと華奢な体に似合わない膂力で無理やり引きずっていく。
「ドコ行きますっ?ドコ行きます? あ、近くにオススメの『アサイー』のお店があってぇ〜、食べれます?『アサイー』? お兄ぃさんその服似合ってますねぇ〜、でも若干女子のセンスを感じるんだよなぁ〜! あ、そうだ! お互いの服コーデし合いながらショッピングデートしちゃいましょうよっ!」
まったく人の話を聞かない年下女子の圧に押され、なされるままに引き摺られていく俺は、未だに人混みの中にその背中を探し続けていた。
***
「——っ! なにか、とてつもなく、嫌な、無性に憎悪が込み上げてくる。この感覚は」
「どうしたの? ソフィアちゃん?」
涼真が心身共に複雑かつ困惑の極みに至っている最中。
ソフィアは涼真の妹であり、自らの姉として慕う舞衣と共に買い物——とりわけ下着類を選別中であった。
「あ、それ可愛いじゃないっ! 試着してみたら〜っ、え? E? え?」
「お姉様? それより、私、胸騒ぎが……」
突然ソフィアの手にしていたブラを見て硬直する舞衣に困惑しながらも、猛烈に嫌な直感を感じ取ったソフィアはどうにかしてこの状況を離脱しようと、
「着痩せするタイプ? アタシと同じDくらいと思ったのに——。
ハッ! ソフィアちゃんは現代に来て間もない、もしかしたらサイズをわかってない可能性もあるんじゃ!?
お姉様がこの目と手で直接確かめてあげなければっ! 試着室借りまーすっ!」
「ちょ、お姉様っ!? 私、急がないと——」
強引に試着室へと連れ込まれ、なす術なくアラレもない姿で声にならない悲鳴をあげるソフィアだった。
「はだ白ぉっ!?
や、柔らか、何コレ、同じ部位とは思えないっ! 弾力も形もパーフェクトぅ」
「や、お姉様、本当に、や——っ、それ以上はダメ、です」
「ふひひ、良い、良いよ、ソフィアちゃん、もっと大胆になってみようかァ!!」
「ひゃ、お姉様、ダメ、お姉様ぁ……」
「くぅ〜、堪らん! お姉様と呼ばれながら嫌がるソフィアちゃんを辱めるこの背徳感! 滾る!!」
なんとか店を出る頃には何故か店員一同に『尊い』と拝まれるソフィアだった。




