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第71話:取り戻した平穏な日常?

〈ダンジョン〉の異変、スタンピードが収束してから一週間。




 俺は二十年ぶりに取り戻した平穏な生活を心から満喫していた。




 思い返せば現代に帰還してからというもの……。




〈ダンジョン〉の出現や〈探索者(シーカー)〉などという〈ダンジョン〉探索を主とした輩がのさばり。




 そんな奴らが集まった組織、〈クラン〉という大型の冒険者パーティーみたいな奴らが幅を効かせる様になっていた現代に焦り。




『現金』ではなく『電子マネー』とやらが主流になっている変化に驚愕。




 店だけでなく交通機関ですら〈デバフォン〉による『タッチ決済』を使用できなければ買い物も移動も成り立たない現実に困惑した。




 極め付けは『幕内弁当』が千円近くまで高騰していた事実だ——。     




 アレには本当に心胆を寒からしめられた。




 そんな慌ただしいゴタゴタも過ぎ去り、俺は徐々に置き忘れていた『青春』の感覚、現代で過ごしていた過去の日々を思い出す余裕が持てた。




 思い起こせばアレもコレもとやりたい事が溢れ、現代での時間を本当にゆっくりと堪能していた。




「くぁあっ! 懐かしいぜっ、この漫画っ!


 最終巻まで大人買いからの一気読み出来る漫画がこんなにあるとは! 逆にこっちはまだ続いていたのかっ! 感動だ、感動すぎる! アレも、コレもポチっとな」




 現代に帰還し、凶悪なモンスターを討伐。




 このゆったりとした平穏を取り戻した俺が現在ハマっているもの、それは『ネットショッピング』だ!




 俺の体はベッドに寝転んだまま、だらりとした隙だらけの姿勢で手首の先に投影されている『画面』を指で動かし、ポチ。




 コレだけで買い物が完了!




 翌日には自宅に商品が届く!!




 なんと画期的かつ怠惰っ!!




 一種の背徳感さえ覚えてしまいそうなこの贅沢!!




「リョウマ、朝ごはん」




 現代最高かよっ!?




 漫画だけでなく当時欲しくても買えなかったゲームが今じゃ買い放題!!




 更には俺の常識を遥かに覆す最新ゲームの数々!!




「リョウマ、お姉様が買い物に——」




 ハマっているのは買い物だけじゃない。




 伝説級のドラゴン数百体に囲まれても余裕を崩さず対処して見せる俺を、いっそ青ざめさせる程の驚愕を与えたモノ——アニメだ。




「……」




 なんだ、あのクオリティは。




 俺の知っているアニメとは最早次元が違い過ぎた。




 なにより、この〈デバフォン〉さえあれば、好きな時に好きなタイミングで好きなアニメを思う存分見られる。




『録画』も『ダビング』も必要なく好きなモノだけ視聴できる時代がまさか来るなんて想像も出来なかったよ。






 思えば感慨深いな。






 こんな風にひとりの時間を何かを警戒する事なく楽し————。






 圧倒的、死の気配。


 絶望的な程身を強張らせる悪寒。






「——っ!?


  お、おはよう、ソフィア……その、部屋中を埋め尽くす『闇の剣』は爽やかな朝を迎えるには物騒が過ぎると思うんだが」




「私の声が届かない程の『依存』——、きっと【精神干渉魔法】の影響を受けている。正気に戻す」




 無数に浮かぶ闇色の剣の切先が俺を見つめる中、いつの間にか馬乗り状態で俺の首筋に『実物の包丁』を当てがい氷点下の視線と美しくも冷え切った表情が俺の視界に映り込む。




 しかし、改めて見てみれば見るほど絶世と言う言葉だけじゃ言い表し難い、まさしく美女。




 凄まじい圧を伴った魔力で不自然に靡く長い白髪は毛先にゆくにつれ透明感のある紫へと変化している、特徴的で自然なグラデーションが目を引く美しい髪色。




 現在進行形で虫でも見る様な視線の奥にある瞳はアメジストを閉じ込めたような純粋で時に艶やかな色彩を放なっている。




「いや、俺の目は確実にソフィアを今、超絶綺麗だ!と感じている! 精神は至って健常だ」




「——っ! そ、そういうのは、ずるいから、ダメ」




 陶磁器の様に白い肌が一瞬で真っ赤に染まっていく。




 言ってる俺も恥ずかしさはあるが、事実だ!




 それに、この可愛らしい表情を拝めるなら恥など喜んで二十年の『モテ展開一切なしの異世界人生』と一緒に捨ててやる。




 ところでソフィアさん、恥じらう表情は死ぬほど可愛い過ぎるが、その包丁が首筋に食い込んでっ、イタっ!?、イタタタタタっ!?




「我が生涯に、一変の……悔いなし」




「え、リョウマ!?  血が沢山!!  誰にやられたの!?【治癒魔法】を早くっ!!」




 朝から平和な刺激に溢れている。




 こんな日常の始まりを『幸せ』と言うのかもしれない。








 ***








「今日はアタシとソフィアちゃんで買い物デートするから!


 あ、お兄ちゃんは可愛い妹からの頼み事を聞いてね? 〈デバフォン〉に送った場所に、指定した時間までに行って? 絶対ね?


 何も聞かずに行けばいいから! わかった? じゃぁね! 行こう、ソフィアちゃん」




「あ、お姉様っ待——、行ってきます、リョウマ」




 この数日でメキメキと腕をあげ、最早料亭の味と言っても差し支えない程に上達したソフィアお手製の朝食に感涙しながら舌鼓を打つ俺の前をドタバタと強引に妹の舞衣に手を引かれたソフィアが通り過ぎていく。




 なんだかんだ言ってソフィアの表情も楽しそうなので、特に俺は妹の強行を止めたりすることはない。




 というか、ソフィアにとっては初めて出来る同性の頼れる『姉的存在』に俺の妹がなってくれている事に寧ろ感謝すらしている。




「気をつけてな〜」




「——ワッフ」




 そんな舞衣の後を当然の様に着いて行く『犬』のような『地狼』アルバ。




 その姿に本来の『主人』として思う所がないかと聞かれれば、まあ、無いとも言えないが。




 アレはアレで舞衣の護衛という役割が気に入っている様子なので良しとしている。




 ただ、見た目は完全に忠犬と飼い主だけどな? 『地狼』としてのプライドなどよりも舞衣の隣に侍る方が性に合っているのだろうか?




 それでいいのか、異世界で『狂乱の砂岩嵐』と謳われた『地狼』よ。




 俺は、名状し難い感情を『お吸い物』と一緒に流し込む。




 優しく温かい余韻に浸りながら、舞衣から頼まれた『どうかんがえても厄介ごと』でしかない約束の時間に向けて、渋々準備を始めることにしたのだった。

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