第70話:『王家』
都内某所、高層ビルの立ち並ぶ区画にあって一際目を引くのは『王冠』『杖』『本』『剣』のモニュメントを大々的に掲げた四つのビルディング。
広大な敷地内に佇む四つのビルはその権威を主張するかの様に佇み、敷地全体を取り囲む外壁と強固なセキュリティーによって完全にこのビル群は外界から遮断されている。
敷地内に整備された荘厳な庭園を抜けて中央の中庭へと足を踏み入れれば、より強固なセキュリティゲートが設置され、その先を行けば地下へと続く特殊合金の扉。
『指紋認証・顔認証・声帯認証・網膜認証オールクリア:改刻の賢者・久遠寺刻、煉獄の剣聖・焔羅刹、両名の認証が完了致しました。ゲートを開きます』
AIによる音声ナビゲートが扉の前に立つ二人の男をスキャンし、本人確認を完了。
地下への扉がその厳重さに反して大した音を立てることもなく開いた。
数段の階段を降りた先にあるエレベータに乗ればその移動負荷を感じさせない駆動で二人を地下深くへと誘っていく。
「久遠寺、ただいま帰還いたしました」
「焔っ! 同じく帰還っ!」
折り目正しく挨拶をする久遠寺に対し、鼻息荒く声を張る焔。
開いたエレベーターの先、まるで小洒落たホテルのBARのような雰囲気の室内にて、優雅に酒を煽ったり、遊戯に興じたりと思い思いにそれぞれの時間をくつろいでいる男女が五人。
「ん? ああ、戻ったか、まあ入りなさい」
和やかな雰囲気の中で見るからに好々爺といった男性が直立する二人に声をかけた。
「はい、失礼いたします『聖王』様」
「応! 邪魔をするっ!」
二人が室内に入ると中にいた男女がその視線を向け、笑顔で彼らの帰還を受け入れた。
「なんだ、ボロボロじゃないか? シャワーでも浴びてくれば良かったものを」
「そうねぇ、せっかくのお酒がそんな格好じゃ美味しくいただけないわよ?」
最初に声をかけた好々爺とは別に中年を過ぎた風貌の男性と寄り添うドレスを纏った歳を感じさせないが実年齢は恐らく六十近いであろう女性が穏やかな視線を向ける。
「戦場より戻った武人なれば、汚れも疲れもその剣と共に上質で強い酒を煽り洗い流すのが流儀! よくぞ戻った、焔よ!」
「ふむ、あなた方にしては苦戦した様子……やはり『勇者の精霊』は一筋縄ではいきませんか」
褐色の肌に筋骨隆々とした肉体美を見せつけるようなラフな出立ちの老人と、洒脱なシャツとジャケットを着こなした眼光の鋭い中年の男が最後に声をかけた。
「お心遣いに感謝を『陛下』『王妃』様、シャワーは後ほど自室で、ゆっくりと寛ぎたいので。ひとまずは持ち帰った情報を優先してお伝えしようかと」
久遠寺が柔和な笑みで答えれば『陛下』、『王妃』と呼ばれた男女も穏やかに笑みで返す。
「応! あとで我も混ぜてくれ爺——『武王』殿!
戦の成果は『賢王』殿の仰る通りだ! 流石は勇者の従える『神域の精霊』! 苦戦どころではない! 此度は完全に我の負けだ!」
敗北した事実を心底可笑しそうに大声で笑い飛ばす焔に久遠寺は苦笑いを溢し、周囲に集まった全員を視界に収める様見回した。
「至高き『王家』の皆様、今回の顛末。私、久遠寺刻がご説明賜ります」
恭しく礼を持って始めた久遠寺は〈デバイス〉を操作し、密かに撮影していた映像を空中に投影しながら戦いの詳細を説明し始めた。
ある程度久遠寺視点で戦闘の様子を語り終えたタイミングで『陛下』が声を上げる。
「うむ。やはり、欲しいな『神域の精霊』。
今となっては『勇者』などどうでもいいが、奴の力の源である『精霊』どもは、我が『王家』が是非とも手中に収めたい」
「ただ扱い辛そうですわね? どうにか捕獲して『エネルギー』の抽出ができれば、更にこの国を発展させる礎となり、『我々』が『世界』に手を伸ばせる一助となるでしょうに」
映像に投影された『精霊』の姿とその膨大な力に思わず唸る『陛下』と『王妃』。
「精霊の件に関しては我々『賢者』が研究を進めておきます。今回は『触っても損害しか被らない存在』という結果が改めて得られた。
『勇者』も同様、今時点でこちらから何かアクションを起こす必要はありますまい?
この進化した『日本』であの者が出来ることなどたかが知れている」
『賢王』の言葉に、
「確かに、彼奴は頭が悪いからな」
『陛下』は嘲笑を浮かべる。
『王妃』は同調するように、
「あんなの、ただ危険なだけの猿よ。『精霊』が手に入らないなら関わるだけ損ね」
そう切って捨てた。
「しかし、あの『雷鳥』は現代において脅威ではないかな? 〈ライバー〉として小賢しく活動している様だが、本気になれば『民草』を扇動されかねん」
好々爺然とした『聖王』がその表情を一瞬剣呑なものに変え画面に丁度映し出された金髪の美少女をジッと、若干粘つく様な視線で見据え溢す。
「それこそ杞憂じゃ!
儂の見立てでは『精霊達』の力、その本質と有用性を主人の『勇者』が理解しきれておらん!
彼奴は戦闘バカだ、戦闘バカは嫌いではないがの! 主人が『以前の環境』に戻ることを『精霊』共は良しとせんだろうなっ!」
豪快に酒を煽り、無駄にでかい声を張り上げて『武王』が嘲り笑い、そこに『賢王』が重ねる。
「今の我々と敵対することは『日本政府』と敵対する事と同義。
そしてこの国には彼にとっての明確な弱点である『両親や妹』がいます。
つまり『勇者』という存在はいずれ対処するべきですが、今は触らずとも、後からどうとでもなり得る、という事です」
冷静に状況を分析し結論を出す『賢王』、続く『陛下』が苦い表情ながらも一先ず状況を呑み込むように深く頷いた。
「うむ……。確かに、今回の『イレギュラー』で中央区の〈ダンジョン〉が消失しかけていると報告があがっている。
雪乃め、あの愚物がもっと早く情報をあげていれば。
どちらにせよこのままあの『初心者向け〈ダンジョン〉』が消えれば、少なくない損害がでる」
話題の方向が目先の現実的なものへと変わり、露骨に眉を顰める『陛下』に『王妃』がニヤリと笑みを浮かべて応えた。
「ふふ、『勇者』転移の影響で変質した〈ダンジョン〉に想定外のスタンピード、色々とお誂え向きの状況が揃ってるじゃない?
この件はアタクシが引き継ぐわ。研究を進めていた『ダンジョンコア』による〈ダンジョン〉システム化管理実験を実行する絶好の舞台だもの」
「おお、遂に〈ダンジョン〉も我々の管理下に!」
「グハハっ! モンスターの生成メカニズムは大凡解析済みだ! 『ダンジョンコア』が機能すれば『偶然発生』の天然〈ダンジョン〉を超える儂ら管理の全く新しい〈ダンジョン〉が生まれるぞ!」
「ホホっ、業の深きお方々よ。
まあ、おかげでこの歳になっても綺麗な嬢ちゃんを飽くまで抱けるワケですがね——。
そうそう、此度の〈ダンジョン〉異変、ウチの『聖女』が美味しいところは掠め取らせてもらいますよ」
『王妃』に続き『賢王』、『武王』と今後の展開を熱く語り、好々爺な人相は変わらぬままに一番業の深い事を言ってのける『聖王』の言葉にその場の全員がどっと沸いた。
「ふむ、であれば当初の予定通り『監視』はつけるとして、『勇者』は現状捨て置く。
正直彼奴に拘う程暇ではないからな。
後『雪乃真白』はもう使えん、良い拾い物であったが所詮は愚物。そろそろ替え時だな——」
「であれば『陛下』、僭越ながら『王子』が〈探索者〉養成学校にご入学のご予定だったかと記憶しております。
これを機に『白銀の勇者』を始末し、『勇者』として新たな〈ダンジョン〉と共に発表されては如何かと」
『陛下』が思案し、そこへ『賢王』が案を述べるが『陛下』は殊更眉間に皺を寄せた。
「むぅ……アレは、ちと素行が」
「何を仰るんですか! あの子は言えばキチンと理解できる聡明な子です。
多少女性遊びにヤンチャが過ぎるのはあなたと変わらないでしょうに——。
その案、採用しましょう! あの、可愛げのない端女を『王子』に公の場で制裁させるのも良いデモンストレーションになるかも知れないわっ」
「ホホ、アレは中々の器量。いらないなら頂きたいですな」
『王妃』の圧に無言で頷いた『陛下』は以降口をつぐみ、最終的には隠すこともなく異常なほどに女好きの『聖王』が舌を舐める。
いつのまにか『武王』と並んで酒を酌み交わしている焔羅刹を余所に、説明を終えたまま終始様子を眺め立ち尽くしていた久遠寺。
ニコニコと人好きのする笑みを貼り付けたまま、その笑っていない瞳で静かに目の前の光景を眺めながら、フッとその場から姿を消したのだった。




