第69話:ハンバーグの美味しいファミレス
ジッとお互いにその瞳を見つめあったまま動かないソフィアとユキナ。
俺が流石に何か言った方がいいだろうかと余計な気をまわし始めた頃。
「まずは、お礼。私のリョウマを助けてくれた事、感謝する」
「いいえお礼は不要です。わたくしの涼真様ですもの、主人のために命を賭すのはメイドの使命ですから」
バチっと互いの眼光から迸る魔力がぶつかり白銀と闇色の燐光が弾ける。
な、なんだこの居心地の悪すぎる空間は……。
俺は今、あれだ、『私のために争わないでっ』状態なのかっ!?
だが、苦節異世界生活二十年、一部例外を除いてモテたことなどまるでなかった俺を取り合う絶世の美女達。
——っく、これは来たのか、モテ期、という奴が!
「リョウマ?」
「涼真様?」
ジロリと絶対零度の視線が息を合わせて俺を見つめる。
はい、すいません。
こんなオッサンが一秒でも夢見てごめんなさい。
でもいいじゃない! ちょっとくらい浮かれても!!
「「……」」
「主人殿、先ほどから顔が絶妙に気持ち悪いぞ」
美女二人プラス美少女精霊の虫を見る様な視線に俺は居直り、大人しく行く末を見守ることにした。
「ふぅ。譲れないし譲る気も、そもそも勝負にすらなっていないけれど、ソレは一旦置いておく。
その上であなたに聞きたい、あなたは私とリョウマの敵?」
「涼真様の件に関するなら、わたくしは明確に魔王の娘の敵です。ですが、わたくしが『王家』の味方か? と問われれば答えはシンプルです『クソ食らえ』。
はしたないお言葉を失礼いたしました」
お互いがお互いの言葉にピクリと眉間を寄せるが、ユキナの言い放った『王家』に対する明確な敵意にソフィアは納得したように頷いた。
「あなたの立ち位置は、わかった。
でも残念ながらリョウマの『お嫁さん』になる予定の私にあなたが勝てる要素は微塵もないわ、早々に諦めなさい」
「……? 魔王の娘が仰っている意味がわかりません。
メイドとは『結婚』などという世俗的な儀式など介さずとも主人と結ばれ最終回で身籠るまでがセット、世の理。
これは必定であり『魔王の娘』はテンプレ的に概ね二番煎じです」
いや、メイドという存在を万能化しすぎだから。
その偏りが過ぎるイメージはどこから引っ張ってきた?
いや、まあ……言わんとせん事は分からんでもないが。
ギョロっとソフィアの瞳だけが俺を見た。
うん、間違ってる! メイドがなんだ!!
男の夢なんて下らない妄想だ!!
「はぁ——、ここで論じ合ってもキリがない。
この場はお互い引きましょう、私たちは帰る。リョウマの家に」
大人な雰囲気でユキナの言葉を聞き流したソフィアだったが最後は鼻息荒く『家』を強調していた。
効果は抜群だったようで、ユキナの表情が明らかに強張っている。
「——魔王の娘、もうそこまで魔の手を。いいでしょうわたくしがこの世界で培った『知名度』の力、ご覧に入れて見せます。エハちゃん……」
「ん? おお、それは良いな! 妾も賛成だ!」
なにやらコソコソとエハドに話しかけたユキナはキリッとした表情でスッとソフィアを流し見、俺に向かって折り目正しく頭を下げた。
「この場はコレにて失礼いたします涼真様。
次は『はぐれメイド』ではなく涼真様専属の『メイドキング』となって、お側に参ります——では」
「主人殿! 妾もしばしユキと旧交を温めるゆえ! 次元の狭間にて再び邂逅を果たそうぞ」
珍しく満面の笑みを浮かべたエハドが嬉しそうにむんずとユキナの腕を掴み、
「? あ、ちょ、上は天井、待ってエハちゃん!?
エハちゃぁああ————っ!?」
赤と黒が混ざり合う炎の柱が建物の上階を吹き飛ばし、そのままユキナを引きずる様に上空へと駆けていった。
「……」
「……」
「……雨?」
素で叫んでたなユキナ。
エハドがあんなにはしゃぐのは久しぶりだからな、しょうがない。
建物の上階が吹き飛び突き抜けた天井から除く空は夜が明けようとしている。
薄暗い夜空に陽光が差し幻想的な空模様のなか、局所的に降り注いでいた雨が頬にあたりソフィアが呟いた——。
この雨は。
「わっちが巻き上げたシュナイムの『水』に【風の癒し】を練り込んで降らせているでありんす」
今までスンとした面持ちでソフィアとユキナのやり取りを見守っていたハメシュが着物の裾を揺らしながらゆるりと歩み寄り、振り込む『雨』に手をかざす。
肌に落ちた雨粒が弾けると僅かに傷が癒やされ心なしか身体もスッキリとした気持ちになった。
浄化効果もついているらしい。
「突然モンスターに襲われて怪我している人たちには癒しが必要。流石ハメシュ」
「ソフィアも疲れたでありんしょう? 御方様もそろそろ帰りんせんか?」
「ん? ああ、そうだな……腹も減ったし、帰る道すがらみんなでファミレスでも行くか」
少し遠くなっていた意識を呼び起こし、ハメシュとソフィアの眼差しに応える。
避難区間エリアを二駅くらい越えれば空いている店くらいあるだろう。
「いく! あの、辛いラーメンがある所がいい!」
「ああ、あのハンバーグが美味しいファミレスだな!」
「わっちもご同席いたしんす。では飛びんしょう」
ハメシュの風に巻かれて俺たちは穴から飛び出した。
災害の爪痕が深く残る都心に降り頻る『癒しの雨』。
その雫を全身で受けながら、眼下に広がる痛々しい惨状に『何も感じない』俺は、胸のあたりにあるのかどうか分からない『心』を探るように手を当てる。
先ほどのソフィアとハメシュの会話を思い出しながら、自分が無くしてしまった『感情』を輝かせる彼女の眩しさに心の中で目を瞑り、俺はこの場を後にしたのだった。




