第67話:再会と帰還
ソフィアやシャロシュ達の叫ぶ声。
〈ダンジョン〉という異空間が軋みを上げ、巨大なうねりが空間を貪りながら『消失』しようとしている。
これに巻き込まれたら正直ヤバいな、と俺の直感がけたゝましく警鐘を鳴らしている。
これは、ちょっとばかし覚悟を決めないとな。
「シャロシュ、ハメシュ、アルバ、シュナイム。『命令』だ。舞衣たちとソフィアを連れて先に【ゲート】から脱出しろ」
「「「「!?」」」」
普段は非常識かつ緊張感のないやり取りで俺を困らせている契約精霊達の表情が未だかつてないほどに強張る。
アイツらは『契約精霊』だ。
基本的に俺はアイツらを自由にさせているがその根源には『契約』という枷がある。
普段はまったく機能していないし使うこともないルールなのだが。
ただ、そんな訳でアイツらは俺の『命令』に逆らえない。
「ダメ、ダメダメ! リョウマっ! みんな離してっ!?」
「アタイらだって! やりたくない! マスター、マジでこの責任は絶対取ってもらうし」
「激しく同意だね。リョウマちん、覚悟して、絶対に戻ってきて」
「……御方様」
「オジキィ、男じゃのぉ。じゃけんどワシらぁ巻き込まんのは——後で一発ど突く」
これは、助かっても逆に戻れないのではないだろうか?
内心は冷静に冷や汗を流しながら、見て見ぬふりをしておく事にする。
正直、まだ諦めたって訳じゃないけどな!
「とにかく、先に行け! ちゃんと追いつく!」
俺の声に子供のような駄々をこね続けているソフィアが「絶対——」という声を最後に舞衣達とアイツらに連れられる形で【ゲート】へと姿を消した。
「【ゲート】が閉じるまで十秒ってところかっ!」
先ほどあのタイミングで【短距離転移】を使用したことが悔やまれる。
【転移】の〈スキル〉はここぞと言う時便利だが魔力の消費が激しい事に加え、所謂クールタイム、連続使用ができないと言う難点がある。
俺は未だに腕の数を増やし俺に執拗に手を伸ばしてくる『デバガメ』の残り滓を再度斬り刻み、解放された一瞬の隙をついて閉じかけている【ゲート】へと走った。
「——っ、冗談じゃないってんだよ」
俺は走りながら目を見張る。
それは【ゲート】を覆い隠すように、分体であるモンスターの『黒い塵』から伸びた無数の腕。
全方位を囲うように伸びた腕が俺への妄執に囚われでもしているかのように縋る。
「この野郎っ!
やっと、家族に再会できて、逃亡生活も終わって!
数十年拗らせた恋愛遍歴にも終止符が打てそうな所なんだ!
俺の理不尽な人生、今から再スタートするんだよぉおおっ!」
無我夢中で〈聖剣〉を振い『腕の壁』を斬り開きながら【ゲート】へと向かう!
「あと、少し!」
後五秒弱。
半分ほど閉じた【ゲート】へと手を伸ばし、ガクンと身体が強制的に止まる。
視線を向ければ数千とあった腕が一つに纏まり、巨大な腕となって俺の足を掴んでいた。
「くっそがぁあああ!」
〈聖剣〉を力任せに振るう、が、強度が先ほどよりも段違いだ。
【ゲート】が閉じる、同時にこの〈ダンジョン〉が終わりを迎える様に空間全体に亀裂が走った。
心の中には浮かぶのは焦燥——ではなく、諦めにも似た諦観。
ソフィアを助けられただけでも、御の字か。
途端、俺の体からフッと力が抜け落ちる。
これでよかったのかもしれない。
身の丈にあった最後だろ。
認めたくはないが、『おっさん』には勿体無い、いい夢、見られたんじゃないか?
ふと、視界の端に掠めた白く柔らかい存在に停止しかけていた思考が回転を始める。
「雪?」
意識を周囲に向ければ、終焉を迎えようとしている『世界』を彩る白い結晶。
思えば身体を引きずられる感覚も停止しているような気がして、足元を見れば氷漬けになった巨大な腕。
「——っ!」
俺は咄嗟にそれを〈聖剣〉で砕き、解放された足を再起させて、消えかけの【ゲート】に手を伸ばす。
直前、右の手に嵌めた『精霊の指輪』が赤く明滅。
瞬時に視線を巡らせ、見極め——アルバが生み出した岩石の残骸、その裏!!
「エハドぉお!」
右手から打ち出される灼熱の光が刹那にも満たない速度で岩石を破壊し、その姿を赤と黒の色彩が混じった少女へと変じると、そこで倒れていた『白銀の女性』を抱え、瞬時にこちらへと戻る。
「妾は、覚えておったぞ! ユキ!
何があっても『友』となった過去は覆させぬ」
「エハ、ちゃん……勇者、様、わたくしは、わたくしに救われる資格は」
ユキナ・ブラン。
俺が気まぐれで助けた少女。
当時は他の奴らがソフィアに掛かりっきりで、基本『固有空間』から出てこないエハドだけが一緒にいた。
歳格好が近く、お互い内気な者同士遊んでたりもしていたっけな。
思う所は、まあ、ある。
ただ、コイツ自身を恨む気には、なれない。
「ユキナ、もし悪い事をしたと思うなら、ぐだぐだと遠回しに良くわからないことを言ってないで、一言、それで終いだ」
エハドに抱えられた『元少女』、今では見違えた大人の女性。
だが、俺に向ける何処か自信の無さげなその瞳は変わらない。
俺の言葉に目を見開き、泣き崩れる子供のような表情になった彼女は嗚咽混じりに溢した。
「——あの時は……ごめん、なさい」
「おう、気にすんな。あと助かった、ありがとう。これで完全にチャラだ」
【ゲート】に向かって走りながら軽くわしゃわしゃと頭を撫でてやれば、俺の知る『ユキナ・ブラン』という少女が顔を覗かせた。
俺とエハドはユキナを引き連れて、崩壊寸前の〈ダンジョン〉から姿を消したのだった。