第65話:嵐の前のわちゃわちゃ
酷い耳鳴りにあちこちと痛む身体。
霞む視界を無理やり擦り周囲を慌てて見渡す。
そこは白い世界だった。
両隣には俺と同じように起き上がりキョロキョロと辺りを見回すソフィア、四柱の契約精霊達は、同じく無事だった舞衣達を守るように辺りを警戒している。
「とにかく、みんな無事で良かった——が、これは……」
「うん。今までの戦闘に加えて強大すぎる『精霊達』の【超常的な大魔法】で〈ダンジョン〉が原形?を留められなくなってる、と思う」
一応自分の考えを述べてみたソフィアだったが、あくまで推測の為か所々首を傾げている。
今俺たちが立っている地面は元の〈ダンジョン〉と変わらない、だが薄暗い遺跡のような雰囲気だった〈ダンジョン〉は、真っ白い霧が辺り一面を覆い隠している。
天を仰げば月と太陽、白い光と黒い影、歪んだ空と遺跡の天井。
世界が混ざり合うまさに混沌とした様相を呈しており、辺りの景色も所々歪みが生じている。
「マスター、ちょっとこの空間ヤバめ〜。早いとこ脱出しないとエンドレスなダンジョンライフ的な?」
「えっ! そんなのボク嫌だよっ!?
まだライブの予定もあるし、というかアンタがあそこまで威力上げなきゃこんな事にはならなかったくない!?」
「——てへぺろ」
「っ! ブッコロ!」
平常運転で騒ぎ始める二人をよそに一応常識のある二柱もそれぞれ声を発する。
「わっちは御方様がおりんしたら何処でもかまいんせん。
ただ、この歪な空間に長居したら精神がおかしくなりそうでありんす」
「早いとこ脱出するんは決定じゃろう。お嬢の【ゲート】で出りゃあいい」
至極真っ当な意見に、ソフィアはふるふると首を振って応えた。
「試してはみたけど、この場所の座標がとても曖昧になっていて……『外』に繋がるのに集中する時間が必要」
突然現れたシャロシュやシュナイム、ハメシュに戸惑っていた舞衣達もソフィアの声に反応し、
「あの!あの! お二人ってもしかして『シャロシュシュチャンネル』のシャロたんと『謎のツヨツヨ地下組織アイドル』シュナイムちゃんですかっ!?きゃぁ〜実物超カワっ」
「え?」
「ふぇ?」
「ん?」
自分たちが外で作っている『キャラ』など忘れ言い争っていたシャロシュとシュナイムは突然投げかけられた気色の籠った声に思わず我を忘れて素に戻り、舞衣の同僚の女性と微妙な空気感でしばし見つめ合っている。
「ああ〜もう。ウチの後輩がごめんなさい、ソフィアちゃん。
それで、集中できればこの〈ダンジョン〉?だった場所? とにかくこの不思議空間から出られるって事?
それなら——」
「ソフィアさん! 私達に出来ることがあれば何なりと!」
マイペースそうな後輩に頭を抱える舞衣。
あの子は、うん。苦労しそうだな。
同じような輩に振り回されている俺にはよくわかるぞ妹よ。
あと、妹の言葉に被せてくるなよ『インテリメガネ』。
というか、キャラ変わってないか?
特にソフィアへ向ける眼差しがやけに輝いているようにみえるが——殺るか?
「勝手に名前を呼ぶな駄メガネ。駄メガネが出来ることなんて脆い肉壁以外ない」
俺以上に辛辣な言葉で返し、まるでゴミでも見るような眼光で射竦めるソフィアに、なぜかちょっと悶えている『インテリメガネ』——やっぱり殺っとくか?
「ソ、ソフィアちゃん……、剛さんも、えぇ……、やっぱちょっと無理かな〜」
ソフィアの眼光にちょっと悶えている『インテリメガネ』を見て露骨に顔を顰める舞衣。
うん、兄としても、ソレは辞めておきなさいとしか言えないな。
「お姉様の言う通り、集中する時間が作れれば何とかなりそう、だけど、それが今は難しい」
仕切り直すように舞衣へ応えたソフィアは先ほどから俺が睨み据えている白い靄の先を同じく見ながら、ゆっくりと俺の横に並び立った。
「アルバとシュナイムは舞衣達を頼む、ハメシュとシャロシュはこっちだ——。
デカブツのままで居てくれた方が数百倍やりやすかったんだがな、『デバガメ』さんよ」
俺の指示にその雰囲気を真剣なものへと切り替えた契約精霊達が動き、ソフィアもその手に〈魔王剣〉ブライトを『長槍』へと変化させ腰だめに構えを取った。
「来る——」
「ああ、正念場だ」
俺も〈聖剣〉ルクスと『炎剣』を両手に構えて魔力と神聖力を高めていく。
「ちょ、っと何あれ! スタンピード!?」
「もぅやだよぉ〜帰りたいぃいっ」
「くっ、同じスタンピードでもアレは、異質だ」
視線の先に現れた光景に目を見開いて唖然とする舞衣と同僚達。
力を隠す、とかもうそんな次元じゃないよな、今更遅いけども。
「はいは〜い、戦力外さんたちは大人しくボクの後ろから出てこないでねぇ〜」
「心配せんでえぇ、マイの事はワシが守ったるけぇ、おとなしゅうしとけや」
「仮にも副マスの私が、戦力外……」
「アルバっ、うん。わかった、信じるわ」
「アルバくぅ〜ん? ウチは? 可愛い後輩のエミちゃんを忘れてるぞっ?」
「たいぎい」
アルバとシュナイムが居ればあっちは大丈夫だろう。
ちょっと緊張感に欠けるのはいつものことだが。
改めて舞衣達を驚愕させた原因へと視線を向ける。
そこには視界を埋め尽くすモンスターの軍勢。
ただし、その一体一体は通常のモンスターとは異なり、薄黒い爛れた表皮に禍々しい魔力が渦巻いている。
目をわずかに細めてモンスターの軍勢の最後尾を見れば、俺たちと変わらないサイズにまで縮小した『デバガメ』の姿。
まるでモンスターの軍勢を操る、正しく一般的な『魔王』と言った様子で佇んでいる。
「スタンピード・ばーじょんヘルモードって感じぃ?
とりま開幕ブッパいっときますかぁ」
「図体ばかりが大柄ゆえ、勝てぬと踏んだのでありんしょうか? ちぃとは知恵を絞ったのでやんしょうが、浅はかなお考えとしか言えやせん」
「それなりに数を削ったら、【ゲート】を開くための時間が欲しい! シャロシュ、ハメシュ、リョウマ、お願い」
前に出た俺とシャロシュ、ハメシュの背に信頼の籠った声が届く。
「オケオケだよぉ、フィアちゃあんっ! あとあと〜マスタとのアレコレ、これ終わったら女子会やるからヨロ〜」
「……わっちも色々と聞きたいでありんすが、まずは目の前の敵と御方様のお役に立ちんしょう」
おおう、そうか、こいつらは『全部』知っちゃってるのか……微妙に気まずい。
が、そんな事は一先ず忘れ、今はソフィアの信頼に笑顔で応えておく。
「仰せとあらば、この身は剣となり盾となりましょうってな、私の麗しき姫君様」
「——っ、う、ん、ありがとう」
えっと、ちょっと肩の力を抜いてもらおうと大袈裟に応えてみたんだが、顔を真っ赤にして俯くほど可笑しかっただろうか?
「ノン、そう言うとこだよぉマスター」
「そう言うとこでありんす御方様」
「どう言うとこだよっ!」
猛進してくるモンスターの軍勢に向かい俺たちは異世界にいた時とさして変わらず、いつも通り突っ込んでいくのだった。