第61話:【便宜上アトミックメテオ・ウォーターエクスプロード・ファイヤーボルト】
にやりと悪い笑みを浮かべた『雷鳥』がこちらを見る。
嫌な予感しかしないシュナイムはそ〜っと視線を外しかけて、
「シュナイムちゃあんっ! お姉さんの本領を発揮する時がきたぉ?」
「い、いや、ちょっと、さっきのはノリというか、ボクはただ、アンタに対抗しただけ——」
問答無用と、腕を掴み飛び上がるシャロシュに引きづられ空中高く舞い上がる。
「シュウ君、あの『メテオ』化した『一応便宜上ファイヤーボール』を【風の障壁】でコーティングしちゃってぇ〜」
「承知でありんす」
シャロシュに続くように舞い上がったハメシュが特に疑問をはさむ事もなく指示に従う。
「ネコちゃあんはぁ、中の【便宜上メテオファイヤーボール】に触れないでシュウ君の障壁を覆うように【水の障壁】でコーティング! あと、デッカいネコちゃあんも出しちゃって〜」
「ふぇ? わ、わかった! わかったよぉ! やればいいんでしょっ!」
普段はふざけた鳥頭だが、一度真面目に指揮をとり始めたシャロシュのことは、ちょっとだけ苦手なシュナイム。
一応、認めてはいるのだ。
生来の性格からそうは見えないが五柱の中でもシャロシュの賢さは頭ひとつ飛び抜けている、と。
涼真と作戦を組み立て、全員に指示を出し、まとめる。
そんな彼女の姿を、尊敬したり、嫉妬したり。
まるで『人間』みたいな感情を抱いてしまう自分が嫌いで、そのやっかみを本人に直接ぶつけてあしらわれたり。
「……やっぱり、ボクは、オマエが嫌いだよ」
「ん〜? なになに?」
「なんでもない! ホラっこれでいいんだろ? 次はっ? どうするのさ!」
八つ当たり気味に言い返しながら、指示通り【水の障壁】を展開後【水の巨猫】を生み出した。
「素直でよろしぃ! ネコちゃあんは、そっちのほがくぁわいいよぉ?」
くしゃくしゃと不意打ちに頭を撫でられ、途端に込み上げてくる言いようのない羞恥。
「なっ! ちょ、なにしてっ!」
「はいはい、ネコちゃあんもアタイの可愛い妹ちゃあんだよ」
「は!? なんで、ボクがっ! あ、アンタの妹なんか……」
「むふふ、うい奴め! よし、じゃあ全員【巨猫】ちゃあんに乗って、【巨猫】ちゃあんは【便宜上メテオ・アトミック・ファイヤーボール】に乗っちゃって!」
「なんか、だんだん名前が改変されて物騒になってない!?」
「気にしないっ! 詠唱と技名はノリとインスピレーションだよ!」
「絶対違うからっ!」
全員がシャロシュの指示にまとまり【巨猫】に騎乗、猛スピードで落下を続ける【便宜上メテオ・アトミック・ファイヤーボール】? に展開した【水の障壁】に【巨猫】を捕まらせた。
「アル君! もう少しモンスターを一箇所にまとめたい! なんとかしてっ!」
「アルちんにだけ指示が雑っ!?」
「おぉ、ええどぉ」
「ええのかっ!!」
そんな雑指示に面倒くさそうな表情で頷いたアルバが地面を一部砂化、蠢くモンスターたちを蟻地獄のように一箇所へ集めていく。
「オケオケっ! んじゃ、『フィアちゃあん? 座標を端末に送ったよ〜【ゲート】ヨロ〜』っしゃぁああ!
このまま突っ込んじゃってぇの、ダメ押しにバリっと火力追加で点火、威力増し増し【便宜上アトミックメテオ・ウォーターエクスプロード・ファイヤーボルト】をブッ込むぜ!」
「全部乗せっ!? あとソフィアちゃんと繋がってたの!? それに、【ゲート】って!?
なにをどーするつもりなんだよぉおおっ!!?」
シャロシュの【雷撃】を『核』に継ぎ足され、先ほどよりも速度が増す。
名前もより凶悪そうな、最早元がなんなのか訳がわからない【便宜上アトミックメテオ・ウォーターエクスプロード・ファイヤーボルト】は真っ直ぐアルバの作り出した『蟻地獄』目掛けて突き進む。
正直このまま巻き込まれて死んじゃうのでは? と疑いを抱いてしまっているシュナイムは祈るような心地でぎゅっと目を瞑った。
「『今だよ、フィアちゃん!』【ゲート】オーーープンっ!」
シャロシュの掛け声に恐る恐る目を開いてみれば『蟻地獄』だった場所に突如開いた闇色の巨大な『穴』。
『穴』はモンスターを丸ごと呑み込み、勢いのままシュナイムたちのしがみ付いている【便宜上アトミックメテオ・ウォーターエクスプロード・ファイヤーボルト】も『闇色の穴』へと突き進む。
「これって、『魔王』の【ゲート】じゃん……」
呆気に取られていたシュナイムの思考を置き去りにモンスターを一部巻き込みながら真っ直ぐに【ゲート】を通過した【便宜上アトミックメテオ・ウォーターエクスプロード・ファイヤーボルト】。
果たして、移り変わる景色は『遺跡』のような空間。
しかし、そこはシュナイムも一度目にした〈ダンジョン〉の原型など無く、底の見えない『奈落』のような有様だった。
暗く底の見えない〈ダンジョン〉の『穴』に【ゲート】から雪崩れ落ちていくモンスター達を追うようにシュナイムが目を細めれば、薄暗い空間を照らす『陽光』。
誰あろうシュナイム達の主人である涼真が〈聖剣〉を手にナニカと戦っている。
そこに並び立つのは『夜の輝き』を全身に纏ったソフィアの姿。
そこへ唐突に現れたシュナイム達と【便宜上アトミックメテオ・ウォーターエクスプロード・ファイヤーボルト】。
一応、エハドが放った究極レベルの【ファイヤーボール】だったモノはその外郭を硬質な岩石で覆われ、内部は超高温の赤黒い炎と混じるように凶悪な雷が暴れ狂う。
それをハメシュの風とシュナイの水でコーティングした、『これ以上ないほどに凶悪かつ絶望と死を凝縮した元ファイヤーボール』によって照らされた〈ダンジョン〉。
涼真とソフィアの姿がより鮮明になり、涼真の持つ〈聖剣〉の鋒が向く『相手』の姿がシュナイム達の目にも飛び込んできた。
目算でも全長二十メートルはありそうな巨躯。
原型としては一応人型を留めているが黒く爛れた表皮は所々に穴が空き、澱んだ濃密な『魔力』が漏れでている。
見るからに過剰な『力』をその内に止めることができず肥大化し、内側から自壊しかけている『化け物』。
生き物としての在り方を冒涜するかのような姿の『化け物』は顔の半分を占める醜い牙の並んだ大口で【ゲート】から落ちてきたモンスターを捕食。
涼真とソフィアに斬り落とされたであろう身体中に生えた大小様々な異形の腕や触手のようなものを瞬時に再生させている。
「うわ、グロ……何アレ、モンスター?」
シュナイムの呟きをハメシュが拾う。
「アレは、『デーモン系最上位種』。
わっちらの世界で言う『神話災害級ユニークモンスター:アビス・デヴォラー』の、成れの果て、でありんす。大方『魔王』の力を取り込んだ影響でああなったんでありんしょう」
理路整然としたハメシュの説明に思わず「へぇ〜」と尊敬の声を漏らすシュナイム。
「……一応、わっちらは世界を管理する側だった精霊。このくらいの知識——」
「なんでもいいっしょ! とにかく、標的捕捉っ! 接敵までのカウント〜ダウンっ!」
更に説明を続けようとしたハメシュの声を塗りつぶすようにシュナイムが叫ぶ。
陽気なカウントダウンが奈落と化したダンジョンに響き始めたタイミングでシュナイムは『巨猫』を操りその場を離脱。
『もう何と呼んでいいのかわからない、一応元はファイヤーボールだったはずのナニカ』の被害規模が未知数すぎるため、途中で涼真とソフィア、隅の方で震えていた涼真の妹と一緒にいた『人間』をついでに回収し、できる限り離れる。
「猫ちゃあんっ! 纏ってる『水』の温度下げて下げてっ下げまくって〜」
「ふぇ? わ、わかった!」
いきなりの指示に何のことか訳がわからないまま言われた通り『例のナニカ』を覆っている水の温度を出来うる限りシュナイムは下げ。
「おい、ありゃ、何だ? というかシャロシュお前まさか、水蒸気爆発的な事——」
涼真が僅かに焦った声色でシャロシュに詰めよるが、なんか変なスイッチが入っている『雷鳥』はケタケタ笑うだけで答えは得られず。
結果どうであったとしても時、既に遅し。
「フゥウ〜! いっけぇえええ【水蒸気臨界圧縮爆裂隕石】‼︎」
「名前がちょっと纏まって、より凶悪さがましてるぅうう!?」
——着弾。
音にならない轟音が鼓膜を突き破り、『奈落』が全て破滅の白に染まった。