第55話:ニードルっ!ニードル、ニードルゥウウ!!
遡る事、ソフィアが雪乃真白を激闘の末、打倒した直後。
ソフィアはアルバの誘導に従いダンジョン内部を駆け回っていた。
「お姉様達はまだ? 早くしないと、ダンジョン内も危険になる!」
「そがいな事ぁ、わかっとる! ただワシの眷属にも『とにかく危険から逃げる』としか命令しとらんけぇダンジョン内を動き回りよるんじゃ」
道中現れるスライムやゴブリンなどのモンスターはアルバの威圧だけで近寄ってすらこれないが、
「ルォォオオオ——」
「っち! ぶちたいぎぃ奴がでよったのォ!」
「カース・ドラゴン! 〈ダンジョン〉に出てくるモンスターのレベルが段々上がってる」
中には異世界基準で『上級』と分類されるモンスターも出現するようになっていた。
アルバの実力からすれば『カース・ドラゴン』など大した強さではないのだが、『上級』以上と分類されるモンスターの厄介さとは、その強さが単純な『肉体強度』や『火力』だけでは測れない点にある。
ソフィアとアルバの前方に突如、闇から溶け落ちるようにして姿を現した巨躯。
大凡『竜』というカテゴリーから離れすぎた異形の化け物はグズグズに溶けかけた表皮から吹き出す瘴気で大気を汚し、まばらに牙の並んだ悍ましい顎から呪詛——こちらの言葉でいうなら様々な『デバフ』効果を発症させるブレスを大量に撒き散らす。
【闇系統魔法】への『無効化耐性』に、超級の『身体再生能力』。
つまり物理で殴るアルバと【闇系統魔法】に絞って『高階位』の【魔法】を修めているソフィアにとっては、すこぶる相性の悪い相手と言える。
「まぁ、ほおじゃけぇ、どぉしたっちゅぅ話じゃけどなぁ!」
「当然!アルバ、私があわせる!」
カース・ドラゴンが巨大な顎から呪詛のブレスを吐き出す直前、アルバが力強くその拳を地面へと撃ち受けた。
中心から真っ直ぐにひび割れる大地はカース・ドラゴン以上に巨大な『大地の顎』をその足元に広げた。
歪な翼で宙に回避しようとしたカース・ドラゴンの巨躯を周囲から漆黒の影が絡め取り、黒い薔薇のように伸びた棘が全身を串刺しにする。
直後、圧倒的質量の『大地』が両側から迫りカース・ドラゴンを押しつぶした。
「終わり! 急ごうっ!」
「わぁーっとるわい!」
このレベルのモンスターが舞衣達を襲えば、アルバの眷属では太刀打ちできない。
ソフィアは再び走る。
曲がりくねったダンジョンをアルバが壁ごと突き破りながら最短距離を突き進み、やがて辿り着いたのは奇しくも『モンスターハウス』といってチンピラ三人組に案内されたゴブリンが多量に出現する大部屋のような作りの空間。
「舞衣お姉様っ!」
「——っその声って、もしかしてソフィアちゃん!?」
ソフィアが辿り着いた先で待ち受けていたのは大量のゴブリン、ではなく。
「アークデーモンっ! なんて数」
「こうも群がられたら、ちぃとしんどいどぉ!」
異世界基準で中級のモンスターであるアークデーモン。
魔法耐性は高いが単体の強さはソフィアやアルバからすれば瞬殺の領域にある、が、現在そのアークデーモンがざっと見回すだけでも数百体。
舞衣とその同僚を中心にアルバの眷属が作ったであろう岩石の囲いに群がり、眷属の『獣』が必死に応戦しているが数の勢いに押され、間もなくその姿をただの土塊に変えられるだろうという現状。
目の前に群がるアークデーモンの集団。
ソフィアは『闇色の長槍』をその手に生み出し、手当たり次第薙ぎ払っていく。
同時に展開した『影の薔薇』で視界に収まる限りの個体を縛り付け、その鋭利に伸びた棘がモンスターを一斉に塵へと変える。
アルバも細く鋭い大量の岩石を地面から生成してはアークデーモン達を瞬殺していくが、
「殺った側から湧いてきよるっ! なんならぁコイツら!」
「ここは、たしかモンスターハウスと呼ばれていた……つまり、今は際限なくアークデーモンが湧き出てくる部屋」
それ自体は大した問題ではない。
アルバとソフィアの実力があれば、何百体のアークデーモンが現れようとものの数ではないのだ。
だが、今、現在はその限りではない。
「っく! しつこいのよ! なんで『ゴブリンのモンスターハウス』に上級個体のモンスターが湧くわけっ!?」
『地霊の加護』を発揮させた舞衣が『眷属の獣』の防衛を抜いて囲いに迫るアークデーモンを素手で殴り飛ばす。
加護の扱いが不安定なせいで後方に吹き飛ばすことは出来ても消滅させるほどの威力は出せていない。
「もう、ほんと無理! 無理ですよ先輩ぃいいっ! 【ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤアアアジャベリン!】帰りたぃい! 帰って推しのイケボでいやされたぃい」
涙目でよくわからない奇声を上げながらも舞衣の隣に立つ女性が低級だが安定した火力の連続【魔法】で舞衣の殴り飛ばしたアークデーモンに集中砲火する。
「——っ、女性に、いや部下に守られるだけの上司など『副マス』の名折れだっ!【アースニードル、ニードル、ニードルニードルニードル!】ッはぁ、はぁ」
メガネを曇らせた男性が燃え盛る絶命寸前のアークデーモンに向かってがむしゃらに技を連打する子供のように【魔法】を行使。
トドメを指した後で大きく肩を揺らして荒い息を吐いていた。