第54話:五行絶剣技・エレメンタル・アルティメット・ノヴァ
「喋れたのか——やり辛れぇな。ああ、よく知ってるよ。
お前の『姿』は俺の知っている『友』と同じだからな」
俺は寸前で止めてしまった剣の柄をグッと握り直した。
いつでもその首を断てるように。
だが、『魔王』の視線が静かに俺を捉えると、ついには塗り固めていた覚悟に僅かな綻びが生じ、
「……なるほど。我は貴様の『友』だったモノか。ふむ、今理解した……貴様はリョウマだな」
「! お前は、一体」
興じてしまった。
望まない別れを強制的に押し付けてきた『友』と同じ姿をしただけの『魔王』の言葉に耳を傾け、その言葉に聞き入り、心を揺らされてしまった。
「……友という存在は非常に興味深いが、やはり、我と貴様は戦う間柄らしい」
無造作に振るわれた〈魔王剣〉ブライトに〈聖剣〉ルクスが大きく弾かれ、愚かにも一瞬力を抜いていた俺はガラ空きの胴体という致命的な隙を晒す。
「——っくそ、なんなんだよ、おまえは!」
剣を握った両手ごとかち上げられ、ガラ空きのままの胴体にゼロ距離で生成された魔法陣から『闇色の巨剣』の切先。
寸前の所で弾性のある『水の盾』と最硬度の『地の盾』を合わせて生成、殺しきれなかった衝撃を全身で受けながら大きく距離を取らされた。
〈聖剣〉ルクスを油断なく構える。
案の定というか、定番な理不尽というか、『雷剣』で風穴があいた筈の胴体は瞬時に修復。
不可視の刃で切り刻んだ傷跡などまるで初めから無かったかのようだ。
俺は自分の周囲に豪速の『雷剣』、不可視の『風剣』を再び展開し、無壊の『地剣』、流転の『水剣』を加えて展開。
最後に滅却の『炎剣』を〈聖剣〉ルクスと併せ持ち、残りの四剣は浮遊させた状態で『魔王』に燃え盛る『炎剣』を一振り。
熱波と身を焦がす斬撃が飛び、だが、俺同様に『闇色の巨剣』を周囲に同数生み出した『魔王』はその内の一振りを灼熱の斬撃に真っ向からぶつけ、破壊的な魔力の衝突の後、巨剣は消失、同時に斬撃も消えた。
「……貴様の攻撃は相変わらず高火力なだけで芸がないなリョウマ。もっと技を磨いたほうがいい」
「ふぅ〜。よし、わかった。一旦落ち着こう。
まずはっきりさせとく、お前は『ベリアル』じゃない、それは間違いなく事実だ。『神聖力』を持つ俺にはお前の内側に奴の『魂』が存在しない事がバッチリ見えてる。そこで、疑問だ」
「……なぜ、我がリョウマという個人の情報を知り、貴様の『友』のような言葉を選び接してくるのか、であろう?」
抑揚のない声で語る『魔王』の言葉に俺はその場は何も言わず、ただ静かに魔力を高めながら『四柱の剣』を静謐に動かし、両の手に握る〈聖剣〉と『炎剣』が光と炎をさらに増す。
「この〈魔王剣〉ブライトから、流れ込んでくるのだ。
『魔王』という存在、勇者、リョウマ——、ソフィア。
そうだ、あの子は、この世界で元気に」
俺は、走っていた。
全開の魔力と筋力を総動員して、空を蹴り、瞬時に対応してきた『魔王』の作り出す『闇の巨剣』を先んじて『四柱の剣』が即時に相殺。
新たに真っ直ぐ走る俺と魔王の間、行手を阻むように生成された数十の『闇の巨剣』に向かって真っ直ぐに『炎剣』を投擲。
暴力的な熱波と爆炎が空間ごと巨剣を喰らい、俺は手に残った〈聖剣〉で炎と煙を断ち切り、更に加速。
「紛いもんが、これ以上、俺の心に踏み込んでくんじゃねぇよ!」
「……フ、やはり、貴様は我が見込んだ男だリョウマ! 娘を託すに相応しい!」
ぶちり、と頭の中で何か大事なものが切れた音がした。
俺は最高速に達した自身の勢いに合わせ真正面から神速の域に到達した〈聖剣〉を振り下ろし、
当然のように〈魔王剣〉ブライトで持って反応してきた『魔王』が神速の刃を真っ向から受け止める————。
寸前、俺は手からするりと〈聖剣〉ルクスを手放した。
宙に取り残された〈聖剣〉が『虚空』に消える。
剣を受ける姿勢のまま硬直した『魔王』の頭をがっしりと両手で掴んだ俺は、全身全霊の魔力と速度を最大限に込めた『膝蹴り』を美麗な『魔王』の顔面に躊躇なく叩き込んだ。
「ソフィアは責任もって俺が貰う! だがな、例え『本物』が目の前に居たとして、俺は死んでも『お父さん』なんてよばねぇからなっ!」
弾け飛ぶ『魔王』の体。
俺は再び『虚空』から〈聖剣〉ルクスを引き抜き、抜刀術のような作法で〈魔王剣〉ブライトを握る『魔王』の腕ごと瞬時に切り落とすと、後方へと吹き飛ぶ『魔王』の体と腕を完全に絶った。
黒い塵となる腕から溢れた〈魔王剣〉を回収し、今度は手放さないようにと、すぐに【アイテムボックス】へ収納。
これで、ソフィアへコイツを渡してやれる。
元々、形見として彼女に渡すつもりだったのだ。
回収できて本当によかった。
俺はホッと胸を撫で下ろし、アルバの『砂化』と戦闘による破壊の余波で最早『廃墟遺跡』のようなだだっ広い空間になりつつある〈ダンジョン〉の最奥まで吹き飛び壁面に体ごとめり込んだ『魔王』へと遠く目を細める。
「これで終わりじゃないってのはド定番だろ? 悪いが逃亡生活十数年、俺に容赦なんて言葉は残ってないぞ」
俺は『魔王』へと〈聖剣〉の鋒を向け、再度『五柱の剣』を周囲に展開。
やがてそれらは炎、雷、水、風、土へとその姿を純粋なエネルギーの塊へと変えていく。
一呼吸、周囲を確認。
問題ない、誰も、いない。
「技の名前を叫びながらラスボスを倒す!
これは男の浪漫だっ! いくぞっ!【五行絶剣技・エレメンタル・アルティメット・ノヴ——】」
「リョウマ?」
「お兄ちゃん?」
「え、先輩のお兄さん? どこ、どこっすか?」
「ん、んん! 待て、君たち。今お兄さんは、その、とても大切な、男にとってはとても大切なアレの最中なのだ、もう少し、時間をおいてだな」
堪えた、技名を出し切る前に、俺は堪えた。
「危ないから、離れてろ! 【オラァア!】」
どこまで、聞かれているかはわからない。
だが、この俺が持ち得る最高火力を持ってすれば『無かったこと』に出来るはずだっ!
収束した五色のエネルギーが〈聖剣〉の一振りによって生じた極光の刃と共に打ち出され、一見鮮やかな極大の破壊が『魔王』へと直撃し世界を眩い彩光で塗りつぶす!
ついでに俺の数秒前の『失態』も鮮やかに、塗りつぶしてくれ!
「す、すさまじい【魔法】だ。氷室くん、君のお兄さんは——」
「お、お兄ちゃん、いまの、【魔法】、なの? と言うより、『ナニ』に向けてあんなトンデモ魔法使ったのよ!?
なんか壁も床も跡形もなく消し飛んでるんだけど? と言うか、普通に空中で浮いちゃってる私たちもどうかと思うんだけどね!?」
最大威力の魔法を前に絶句する面々、中でも妹の舞衣と、こ、婚約——クソメガネはあまりの驚きに愕然とし、妹は驚きに呑まれながらもちゃんと言いたいことはしっかりと叫んでいた。
流石は俺の妹、ひ弱そうなインテリメガネ君とは胆力が違う。
それに、ちゃんと技の威力に驚き、『無かった事』になっているようだ。
改めて周囲の様子に目を向ければ、文字通り、〈ダンジョン〉の壁面をごっそりと数層分崩壊させ、床も抉った崩壊の光は更に下の階層までも露出させてしまっている。
当然、俺たちには現在『足場』と言う物は存在せず、突然現れたソフィアと妹達一行もソフィアの【魔法】によって宙に浮いている状態だ。
「ん〜凄まじいですねぇ、お兄さん。
名付けるなら【アブソリュート・ゼロ】的な?」
「うん、中々のセンス。
でも、あの技は破壊と美しさを兼ね備えた優美な『崩壊』、それらを踏まえた上で名付けるなら【メビウス・アポカリプス】と言うのが私の意見」
「おお、ソフィアちゃん中々やりますね〜! じゃあこう言うのは——」
「エミも良い視点。ふむふむ、それもアリ」
内心ホッとしていれば、聞こえてくる不穏な会話。
ソフィアと意気投合しているのは妹の同僚だろうか?
特徴的な赤毛に吊り目はどこかで見たような? ただ纏う雰囲気は美人というより、可愛らしいという印象の方が強いまだ二十代前半であろう女性。
それよりも、気になるのはなぜ先ほどの『技』に対する名前を考え出し合って盛り上がっているのか、出来ればその辺の話題は強烈な爆光で塗りつぶし消し飛ばしてしまいたかったのだが。
「それより、お前達はなんでこの場所に? ここは危険だから早く外に避難を」
俺が問いかけようとしたまさにその時、
『ォオオォ————』
この世のものとは思えない重低音な呻き声が〈ダンジョン〉内に響き渡る。
「な、なにこの音!? 声!?」
「く、氷室くん大丈夫か! 本当に、この低級ダンジョンで一体なにが起きてるというんだ」
「——チィッ!! この魔力の膨張。
いよいよ真正の化け物にでもなったか、『魔王』」
呻き声に竦み上がる妹を守るように抱き寄せるクソメガネ、と下階で膨れる威圧感に対して舌を打った俺は〈聖剣〉を手に、眼下を睨み据え——。
「でもさ、ちょっとアレはないよね〜」
「うん。リョウマの事はなるべく肯定してあげたいけど、アレは」
「「五行絶剣技・エレメンタル・アルティメット・ノヴァ、はちょっとね」」
「————っ!?」
緊迫感溢れる空気の中、公開処刑が執行された。