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第53話:魔王

 全身を包み込む浮遊感。




 意識さえもどこか朦朧としているようにすら思える。




 俺はソフィアに押し出され、アルバが開けた大穴から現在落下している最中だ。




 正直なところ、落下してるとか、なんなら今から『友』の姿をしたナニカと壮絶なバトルを繰り広げるとか割りかしどうでもよかったりする。




 そんな事よりも、今、俺の心は、現在進行形で味わっている体の浮遊以上の『浮遊感』に浮かされている気がした。




「……」




 唇を覆うように片手を添え、なんとなく気恥ずかしさから顎を掴んでみる。




「……キス、だよな、アレ」




 人生初、とまでは言わない。




 そのくらいの経験、異世界で逃亡生活を送る前には一度だけだが、あった。




 思い出すと、それはそれで苦い物が胸から込み上げてくるのでわざわざ引き出す事もないのだが、まあ、一応経験なし、というわけじゃない。




 苦しい言い訳でしかなかった。




「……」




 ソフィアは可愛い。




 いや、可憐で美人、純粋な瞳に時折宿る知的な雰囲気を考えると美麗とも表現できるだろうか。




 怒った時の冷徹な雰囲気は『冷艶(れいえん)』と表現してもいいかもしれない。




 掛け値なく、ソフィアという『女性』を俺は称賛出来るし、その魅力を語れと言われれば徹夜じゃ効かないほどには言葉を尽くせるだろう。




 それほどまでに『彼女』は魅力的なのだ。




 そして認めるしかない。俺は今、完全に浮かれていると。




 そんなソフィアが相手として俺を望み、一途な想いを寄せてくれている。




 世の男性にとってこれ以上の至福が存在するだろうか?


 否、あり得ない。




 ソフィアに想いを寄せるような輩はそれこそ満天の星にも渡るだろう。




 だが、彼女が想い望む相手はこの世に一人、そんな栄えある『名誉爵位』叙勲以上の対象に俺が選ばれたと、つまり、苦節三十五年。




 平たく言えば『結婚を前提にした彼女』が俺に出来ようとしている。




 こんなにも咽び泣いて歓喜すべき事態に待ったをかける『理性』。




 やはり、ポイントとして出てくるのは『年齢差』だろうか。




 本人は気にしていない様子だが、俺にとっては妹よりもさらに若い『彼女』、というのはどうしても罪悪感を持ってしまう。




 なにより胸の奥につっかえて離れないのが『友』。


 つまりはソフィアが魔王の娘であるという事実。




「つまりだ、お前が全部悪いってことだよ。ベリアル」


「……」




 夜をそのまま閉じ込めたような宵闇の魔剣を手に、傾国の美女と言って差し支えない程に整った容姿を持つ美丈夫。




 長い黒紫の髪が魔力によってフワリと揺れ動き、感情を映さない冷徹な双眸は静かに俺を見据えている。




 たしかに、見た目、魔力、並々ならぬ存在感。




 どれをとっても目の前の存在が『魔王』であると物語っている。




「だけど、違うんだよな——。


 お前にはアイツの『魂』ってのがないんだよ」




 〈聖剣〉ルクスを抜き、宙に浮いた状態で俺は【風】を身に纏う。




 未だ空中で動く様子のない『魔王』に対し挨拶がわりとばかりに空を駆けて疾風の勢いで肉薄。




 左斜めから逆袈裟をお見舞いする。




「……」




「当然、防ぐよな。だがアイツならこんな余裕を俺に与えてはくれないぞ?」




 〈聖剣〉ルクスの刃を〈魔王剣〉ブライトがしっかりと受け止め、俺はそのまま【風】を操り何もない宙を足場に逆立つような角度で『魔王』の顔面に蹴りを数度打ち込む。




「……」




 その悉くを空いた片方の手で的確に捌きながらも俺へ向けた視線は固定されたまま、俺はせめぎ合っている聖剣をあえて引き、身体を宙で捻って半回転、蹴りを受けていた側の腕に向かって遠慮なしの遠心力の乗った横薙ぎを放つ。




 剣で受けるのはリスクと取ったのか後方へと大きく下がって俺の攻撃を避けた『魔王』。




 攻撃後の姿勢のままで隙を晒している俺に手のひらを向けると十の魔法陣が瞬時に構築。




 幅四メートルはあるであろう『闇色の巨剣』が矢のような速度で飛来する。




 俺は【暴風】を巻き起こしその場から距離を取ると、同じように手をかざし同数、同規模の【雷剣】を虚空に生み出し『闇色の巨剣』へとぶつけ相殺させた。




「接近戦は剣で、距離が開けば魔法で、か。つまらねぇ戦い方だな。やっぱりお前は『ベリアル』とは全く違う紛い物だ」




 最大風力で空中を疾駆。




 同時に俺は豪速の【雷剣】と不可視の【風剣】を周囲に展開して浮遊させた。




 放つのは〈聖剣〉ルクスに光を纏わせ疾風の勢いを乗せた刺突。




『魔王』はそこに〈魔王剣〉を合わせて当然のように軌道を逸らそうとして、だが、その間合いは誤認だ。




 纏った光の刃は〈聖剣〉本来の長さよりも長く、〈魔王剣〉よりも先にその鋒が『魔王』の左肩を捉えていた。




「本物なら、この程度じゃ通じないぞ!」




 刹那、雷鳴を置き去りに凶悪な閃光が走り『魔王』の背後から背中を貫く。




「……っ」




 立て続けに襲うのは不可視の刃。




 『魔王』に防御する間など与えず、その全身に太刀傷を刻み、




「これ以上、俺の友を侮辱すんじゃねぇ。胸糞悪いんだよっ!」




 できうる限り最小の動きで半歩間合いの内側に入り込んだ俺は『神聖力』を最大限高め、偽物の首を断ち切る——。






「……、貴様は、我を知っているのか」






「——っ!」




 振り翳した刃が首筋の薄皮を裂く寸前の所で俺は動きを止めてしまった。

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