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第52話:平穏な世界で幸せに生きる為の選択

 二度目の邂逅。




 今回は『はぐれメイド』としてはなく、雪乃真白として氷室涼真の前に立ちはだかる。




 もちろん『王家』に報告などしていない。




 今回の騒動で『王家』も『勇者様』の存在に感づくだろう。




 だが、その前に、どうしても雪乃は氷室涼真に会いたかった。




 会って確認したかった。




 前回のファミレスでは緊張と、覚えられていなかったショック、魔王の娘に対する怒りなど、等々まともに会話が出来なかった。




 前回の反省点を踏まえ雪乃は今回自分の正体も『王家』の思惑も全てぶちまけた上で、『理由は不明』だが()()()()()()()()『異世界から召喚』された『魔王』を共に打倒したいと考えていた。




 本来なら『適度に被害が出たタイミングで四大ギルドがモンスターを制圧し、ダンジョンボス化した魔王を雪乃真白が討伐、民衆の支持率をより強固なモノにせよ』と為されていた指示。




 雪乃はそれらを無視して、独自の配信チャンネルからゲリラ的に『真の勇者』として氷室涼真を世間に周知させるという思惑の下、独断で動くつもりだった。




 そんな大事な局面であるにも関わらず、やはり、隣には魔王の娘。




 召喚に巻き込まれただけの哀れな少女であれば温情の余地もあると、多少柔和な心を取り戻していた雪乃であったが、魔王の娘が見せる『女』としての姿に考えは一変。




 排除すべき対象と断定。そして訪れる決定的な瞬間。






 あろうことか、たかが『魔族』の分際で、勇者に討たれるためだけに存在するような種族の分際で、尊敬し、敬愛し、愛し尽くしている主人の、勇者様の、唇を。






 瞬間、ありとあらゆる理性が雪乃から消し飛んだ。




 自分の体への負担など一切躊躇わず、全能力を総動員して魔王の娘を排除するため、氷剣を全霊で振るった。




「——色々と思い返しては見ましたが。


 終わってしまえば呆気ないモノですね。あなたとわたくしでは純粋に潜ってきた死線が違います、分不相応にも彼の方の隣に立ってしまった当然の報いです」




 確かな手応えと、腹部に深く突き刺さった剣身を確認して、勝負の終わりを告げた雪乃は、瞬間目を見張った。




 赤い鮮血を口から溢し、ぐったりと前のめりに倒れ込むどう見ても生身の少女が、()()()()()()()()




 比喩ではなく、ボロボロと乾燥した土が脆く粉々に砕けていくように文字通り膝からひび割れ崩れていく。




「——っ! これも偽物!?」




 同時、崩れゆく少女の顔がゆらりと持ち上がり雪乃の焦燥をせせら笑うかのように小首を傾げた。




「【第十三階梯魔法:アモルファス・アビス】こっちだと超越級? あってる?」




 瞬間、世界が絶黒の闇に染まる。




 上下も左右もわからない漆黒にして常闇の空間。




 剣に突き刺さった少女はやがてサラサラとその姿を闇に消し、代わりとばかりに闇の空間の至る所から魔族の少女が闇色の魔力を拳に纏い、現れる。




 その数は、数十、数百と増え続け。




「【精神干渉魔法】!? いつの間にっ!


 くっ——わたくしは、この程度、この程度の苦境で」




 雪乃は崩れゆく偽物の少女の言葉を打ち消すように切り刻んで消し去り、自身の周囲に数百を超える氷柱を生成しながら氷を纏った剣を構え、大きく振りかぶった。




「精神干渉系の【魔法】は、大抵の場合、『強く抗う心』で打開できるものです!!」




『意外と脳筋、やれるものならやってみるといい』




 数千に届こうかという少女の口が一斉に同じセリフを語り、雪乃目掛けて殺到する。




「わたくしの覚悟と、積み重ねてきた悔恨をなめるなぁああっ!!」




 圧倒的数の暴力に対し、全方位に放った氷柱で一時的に空間を作り出した雪乃は周囲に巨大な分厚い壁を無差別に生成。




 その壁を使い敵の行動を誘導、時に盾にしながら少女達を斬り伏せ、貫き、時に氷の壁を動かし押し潰していく。




 死屍累々と積み重なっては闇に溶けていく少女の骸。




 だが、魔王の娘は倒した側から次々と闇から生まれては最早満身創痍の雪乃へとその拳を情け容赦なく振るってくる。




 ついには捌ききれなかった一撃が腹部を貫き、一瞬の隙を埋め尽くすように少女達の拳が雪乃を四方八方から打ち据えていく。




「わた、く、しは、こん、な——あなた、なんかに、勇者、様を」




 雪乃の意識は暗闇の中に埋もれ消えていった。








 ***








 遺跡のような造りの〈ダンジョン〉。




 元は通路の道中だったその場所は床に大穴が開き、壁はぶち抜かれ隣り合う通路同士が繋がり、最早通路としての原型を留めてはいなかった。




「——っはぁ、はぁ。ちょっと、危なかった」




 額から大粒の汗を滴らせ、伸ばされた細剣に()()()()()()()()()でソフィアは荒い呼吸を繰り返していた。




「ほんにお嬢は無理しよる。ただ、この嬢ちゃんも尋常じゃないのぉ。ワシら二人掛かりで動き止めるんがやっとじゃった。ほいで? ()()()()?」




 ゆっくりとした動きでソフィアの隣に立ち、脇腹を貫通している細剣を慎重に抜き取っていくアルバ。




「——っぐぅう。痛っ!!


 うん、かなりしんどかったけど。大体の事は把握出来た。


 この子が誰で、あっちの世界の『人間』が、どうやってこっちの世界に来たのかも」




 くぐもった声を漏らし、何とか痛みを堪えていたソフィアも最後は我慢できずに小さく叫んだ。




 慌てて出血する傷口に【治癒魔法】を行使し、やっとの思いで一息ついたソフィアは改めて、刺突を繰り出した体勢のまま両手両足を土で出来た『ソフィア』に抑えられ硬直し、気を失っている雪乃の姿を視界に入れる。




「アルバ、ちょっと自分の人形を直視するのとかキツいから、コレ消して? 拘束は代わりに私やるから」




 鏡でも見ているかの様に自分と瓜二つな土の人形複数体が無表情で一人の少女の足や胴体へと追い縋るように拘束している姿は、ソフィア的にかなりキツいものがあった。




「ほぉか? 中々かわええ——」


「コロスよ?」




「……ほおじゃの、もう必要、ないけぇの」




 粛々と『ソフィア人形』を土に戻し始めたアルバを横目に、ソフィアは雪乃の全身を【影魔法】でキツめに拘束していく。




「最高階位の精神系魔法じゃ、もうその嬢ちゃんがまともに目を覚ますことはないけぇ。トドメ、刺してやった方がええんじゃないかいのぉ」




「……」




 アルバの言葉に沈黙で応えるソフィアは静かに雪乃を見据えていた。




 精神干渉系の【闇魔法:アモルファス・アビス】は対象に強烈な幻覚と催眠効果を与え、まるで走馬灯を回想するかのように、その者を構成する人生の大きな出来事、経験、強い感情などを強制的に引き出す。




 術者はそれを追体験することも、記憶を改変しその者の人間性を変えてしまうような事も出来てしまう闇系統最上位の恐ろしい効果を持つ【魔法】である。




「その嬢ちゃんの過去見て、絆されたんじゃったら、ワシがトドメ——」




 やる気の感じられないながらも鋭さを併せ持つ眼光が雪乃を捉え、ソフィアはスッとアルバの前に手を出して制した。




 パチンと指を鳴らす。




 瞬間、雪乃の苦痛に歪んだ表情が僅かに緩んだ。




「……それで、ほんにええんか?」




「良い。お父様は、私に『幸せになるため、勇者と共に平穏な世界で生きろ』と言った。ここで彼女を手にかけるのは、多分『平穏な世界で幸せに生きる』人生の選択じゃない、と思う」




「……ほぉか。ほんなら、ええんじゃけどな」




 アルバはどこか苦い物を齧ったような表情で静かに溢し、ソフィアは特にそんな様子を気に掛ける事もなく、その場から歩き始める。




「リョウマは多分大丈夫なはず、まずはお姉様のところに案内して! その後アルバは、エハドのフォローに行かないと」




「ぁああぁ〜、ほんにあの小娘は……。仕方ないのぉ」




 盛大なため息を一つ溢しながらも、肩を竦めたアルバにソフィアはなんとも言えない微苦笑を湛える。




 意識を切り替え真剣な面持ちになったソフィアは自分にできる最善の行動を思いながら動き出すのであった。



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