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第51話:雪乃真白

 ユキナが雪乃真白として『クラン』の旗印とされたのは十二の歳。




 もともと、いつか役に立つかもしれないコマ扱い程度であった雪乃は、その平凡で凹凸の少ない顔立ちと、偶然にも高かった『魔法適正』により、『王家』の主導する『現代科学と魔法学』の融合と題した人体強化プログラムという『実験体』として選ばれた。




 また不運にもこの実験始まって以来の『成功体』となり、もっとも名乗ることを厭われた『白銀の勇者』という称号を与えられ、クラン〈ヴァルデアのレガリア〉を代表する〈探索者(シーカー)〉として世に出された。




 雪乃真白にとっては、その全てがどうでも良く、見える景色は常に虚で、移り変わっても世界は未だ白く塗りつぶされていた。








 あの日、ユキナにとって温もりの全てだと思っていた『彼』が『叛逆の勇者』であると聞かされた。




 氷室涼真が魔王と結託し人類に反旗を翻したせいで、ユキナの村は滅び、両親は兄弟は、惨殺されたのだと。




 そうして名も知らない男に手渡された【魔法】の付与された短剣で、ユキナは寝ている勇者の首筋にその刃を突き立て。








 あれから二十年。




 召喚時期のズレにより一方的に年齢を重ねてしまった雪乃は大人になった思考で短くも暖かなあの日々を思い返しては酷い嫌悪と吐き気に襲われた。




 自分の滑稽な罪を子供の浅慮だとは割り切れない。




 だからと言って『魔王』という存在は憎い。




 だが、あの心優しい勇者様が果たして、本当に人族へ暴虐を尽くしたと言うのだろうか?




 そもそも、村を襲った魔族は勇者様となんら関係なく、村への被害が甚大だった原因は、数体の魔族相手に過剰な戦力と必要以上の【魔法】を行使した王国の軍によるものだったではないか。




 思い返すほど、その違和感は大きく歪に広がり雪乃の心を苛み続け、晴れない心は永遠と雪乃の中にしんしんと冷たい雪を降り積もらせ続ける。




 そんないつもと変わらない茫漠(ぼうばく)とした日々。




 都内中央区で観測された『空間の揺らぎ』とその後区内の低級ダンジョン内で起こった『謎の洪水』という異変調査。




 本来クランの代表である雪乃が動くことではないのだが、いつも以上に気分の優れなかった雪乃は気晴らし程度のつもりで自ら調査に出向いた。




『白銀の勇者』であることを隠すための変装を兼ねて、歪んだ憧憬と叶わない願望をミックスした結果生まれた『本来の主人からはぐれ迷走を続けるメイド』というよくわからない心境を体現した『メイドコス』という趣味に興じる雪乃。




 有名人となってしまった『雪乃真白』ではなく、『はぐれメイド』として仕事の片手間にフラフラと街を練り歩く事を日課としていた。




 まるでいつの日かの光景を探し歩くように、まさしく主人からはぐれたメイドが帰るべき主人の存在を探すように。




 だがその瞬間はあまりにも呆気なく、唐突に、劇的に訪れた。




 件のダンジョンへと向かった矢先、その入り口から姿を現した『彼』の姿。見間違うはずもない。




 その姿は雪乃の知る時代の勇者様となんら変わらないのだから。




 二十年、自身の浅はかさを悔やみ、嘆き、恨み続けた。




 いっそ【召喚反転魔法】の贄として死ねていれば。




 実験の最中に命を落としていれば。




 全身を苛み続ける苦痛とも決別するために自ら命を断つことも考えた。




 でも、出来なかった。




 なぜならわかっていたから。




 勇者の帰還をトリガーにした【召喚反転魔法】だ、いずれその本人が現代に帰ってくることは確定事項。




 雪乃という一人の少女が想い、苛まれ、夢見続ける、いつの日か必ず再会できるというあまりにも一方的で偏り過ぎた『約束』のようなもの。




 もう一度会いたい。




 会って、この身も心も凍えきった雪乃——ユキナ・ブランをもう一度あの陽光で照らし、その暖かい手で額を拭って欲しい。




 そんな思いが、現代で氷室涼真を見た瞬間、弾けた。




 果たして、次の瞬間には別の意味で凍りついた。




 氷室涼真、()()()()()()に追従するように歩く二人の少女。




 一人は薄青の髪に『猫の獣人』を思わせる出立ちの小柄な少女であり、こちらに関してはさして問題ではない。




『水猫シュナイム』勇者を勇者たらしめる『神域の精霊』であり、彼の力の一部のようなものだ。




 問題は、彼女ではなく図々しくも氷室涼真の隣を歩く、白髪から毛先に行くにつれ紫になる長い髪を揺らす一人の女。




 雪乃も初めて見るが、情報にはあった。




『魔王に娘あり』と。




 そして、一目見るなり雪乃は確信した、間違いなく彼女が『魔王の娘』であると。




 いっそ病的なほどに白い肌、特徴的な髪色、何より漏れ出る魔力のなんと禍々しい事だろうか。




 なぜ、勇者様が魔王の娘と共に『現代』へと帰還したのか。




『正規の帰還』を果たしたと言うことは、『魔王』を『王家』の思惑通り討ち果たしたという事に他ならない。




 なのに何故あんなにも親しげなのか。




 なによりも、何故、まだ、『魔族』と関わりを持っているのか。




 凍え冷め切った心を、いままで感じたこともないような灼熱の激情が支配する。




 氷室涼真の痕跡は見つけ次第『王家』へと報告することが厳命されている。




『王家』からの指示が下るまでは絶対に接触するな、とも。




 だが、今は雪乃真白ではなく、『はぐれメイド』なのだ。




 二十年間反省と後悔を繰り返した。


 主人の帰還を待ち望み続けたユキナ・ブランなのだ。




 自身の心に言い聞かせ、雪乃は自分もたまに利用するハンバーグの美味しいファミレスへと足を踏み入れたのだった。

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