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第48話:あの日、あの時、あの場所で

 恍惚とした表情を浮かべ過去に思いを馳せるように語らう雪乃の言葉に俺は困惑する。




 それは、俺の脳裏に過った幼い少女と目の前の彼女の姿が重なって見えたからだ。


 


 逆賊として追われる最中に気まぐれで救った身寄りのない子供。




 最終的に王国の間者に唆され俺に震える短剣を突きつけた、あの時の。




 ただ、あの子は……『ユキナ』は四歳前後の子供だった。




 俺にその考えを否定させる要因は単にあの日からまだ二十年も経ってないと言うこと。


 だが、言われてみれば彼女の顔つきや仕草、その言動に俺は少なくない既視感を覚えている。




「いや、あり得ないだろう! 指折り数えていた訳じゃないが、経っていたとしても精々数年——」




 彼女の言葉に動揺を誘われてしまった俺は愚かにも動きが止まってしまう。




 時間にして僅か2、3秒、だが戦闘中に途切れた数秒の意識は致命的な隙となる。




「今は再会の喜びよりも!!


 ——忌まわしき魔王の娘!そもそも、『魔王』さえいなければわたくしがありし日の『勇者様』に浅慮な刃を向けることなどっ! なかった!」




 無機質な瞳に宿る激情。




 膨れ上がった魔力が細剣の先に宿り、暴力的なほど荒々しい造形の氷刃がソフィアへと向けて飛来する。




「——っち」


「このくらいっ!」




 俺は意識をソフィアを守ることに切り替える、が先ほど突かれた意表が致命的な程に俺の行動を遅らせた。ソフィアは【魔力障壁】を即時展開、それじゃアレは防げない!




 身を翻し、ソフィアを背中で庇うように抱きしめ————。




「選手、こうたいじゃぁオジキィ! 『魔王』の相手は正直しんどいけぇのぉ。ソフィア嬢の援護はワシに任せぇや」




 真下から突如迫り上がった岩石の壁。




 ソフィアを抱いて背中越しに様子を見ればそこには地面に大穴を開けて飛び出してきた傷だらけのアルバ。




「マイと取り巻きは別ルートでワシの眷属が運んで逃しとるけぇ、オジキはあの厄介な『木偶』の相手じゃ」




 殺到する氷の刃を完璧に防ぎ切った頼れる契約精霊は親指を真下に向けて穴を指す。




「……」


「——魔王」




 そこには異世界で不本意な別れを一方的に押し付けてきたが、それでも憎めない旧友の姿をした『魔王』が宙に浮いてこちらをジッと見据えていた。




「やっぱり、アレはベリアルじゃない。同じ形をしただけの正しく『木偶』だな」




「悪趣味な人形——これを誰かが意図的にやったなら、私はそいつを許さない」




 俺に庇われた姿勢のまま腕を握りしめてくるソフィアの手。




 その力強さは彼女の怒りを俺の体に直接伝えてくる。




「……ふぅ、申し訳ありません少々取り乱しました。わたくしとしましては、主人様がそのまま下に行っていただくのは望むところです。むしろ、それこそわたくしの願い」




「お前の存在とか、なんでこっちに居るのか、とか、色々聞きたいことは山積みだが。もしお前が過去の俺を知る『人間』なのだとしたら、先の言葉は別に言わなくていいぞ。お前ら『王家』の考えそうな事は大体反吐が出る」




 俺は思わずソフィアを抱いた腕の力を込める。




 胸の内に直接感じる温かみ、チラリと視線を向ければ顔を赤くして俯く少女の素顔が見え、いや、今はそういう感じの空気ではないんじゃ。




「——っ! これは、今回のことはわたくしの独断です。『王家』は関係ありません!!


 やはり、魔王を倒すのは勇者でなければ、それは『わたくし』ではなくあなた様でなければならない!




 なぜなら、わたくしが傅くべきは憎き魔王を打ち滅ぼした『勇者様』であるべきだから———。




 だから、いい加減、()()()()()『勇者様』から離れろっ、この、異物がぁああ!!」




 何もない中空を足場のように蹴り付け距離を殺しにきた雪乃が氷により剣先の伸びた細剣を素早く振るう、当然のように動くアルバと俺、だがソフィアは俺たちを視線で制した。




 切れ長な双眸を細め、先ほど赤面していた少女とは別人ではないかと見紛うほど妖艶な雰囲気を纏ったソフィアは俺の腕の中からスッと細い腕をまっすぐに伸ばし、




「痴れ者。魔王の娘が愛でたモノを凡愚ごときが奪えると思うな——コレは、私のモノ」




 翳された手の平から、は何も起きず、代わりに雪乃の背後から伸びた漆黒の影がその肢体に巻きつき一時的に動きを拘束。




 伸ばされた白く細長い手は、やがて俺の頭を撫ですくように抱え込み、反対の手に掴まれた襟元が強く引かれる。




 強制的に交わった視線、その眼差しに俺はただ言葉を失うしかなかった。




 人外の美貌、妖艶という言葉すら霞みそうな魔性。




 不遜にも聞こえる物言いが今この時にあっては、その様でなければならないと思える。




 この世の全てが我が物でもあるかの様な艶然たる微笑み。




 彼女の眼差し一つで大凡の男はその美に魅了され、『所有』されることを自ら望むであろう。




 正しく『魔の王』たる傲慢な美貌。




 魔王の娘にのみ許された美しさがそこにはあった。




「私が私のモノと定めた瞬間から、あなたの入る余地などカケラもない」




 敵が目の前にあり、今にも憤怒の形相で影の拘束を引きちぎり始めている。


 そんな事など些事とばかりに俺の瞳だけを見据え、俺は抗い難いその魔性へと強引に引き摺り込まれていく。






「……ん」


「——っ!?」






 静かに触れた唇。






 湿った感触が触れた口先から広がる甘い刺激が俺の脳を痺れさせる。




「——っ!!!?よくもぉ、よくもぉおお!!わたくしの『勇者様』に、薄汚い魔族風情がぁあああ」




 激情に任せ、影を引きちぎった雪乃がその無機質な瞳に憤怒の炎を燃やし細剣を振り上げて突っ込む。




 だが、彼女は動じない。




 響き渡る甲高い音、そこは当然とばかりに氷に覆われた刃を岩石の拳で受けたアルバの姿、繰り広げられる氷剣と拳の応酬。




 彼女の視線は未だ熱く俺を見据えたまま。




「今度は、正々堂々お父様から私を奪って。勇者」


「——っ」




 離れた唇を愛おしむように細く白い指先が触れ、その手はやがて俺の胸を強く押した。




 軽い衝撃、直後に襲う浮遊感。




 脳の理解が追いつかない。


 感情の処理がままならない。


 


 俺は未だ残る甘い痺れの余韻に支配されたまま遠ざかっていく彼女の姿に両手を泳がせ、




「私のモノに手を出そうとした報い。死を以て以外の償いはありえない」




 迸る闇色の魔力の光を見つめながら俺は『魔王』の待つ下階への『穴』へと落下していった。

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