第46話:年齢=大人ではないのかもしれない
赤崎の話によればこれより先の地下三層で突如ドラゴンが発生。
緊急事態として舞衣の指示により彼ら新人を含む『調査部隊』が先行して撤退、現地には舞衣を含む三人が留まっている、と。
「舞衣以外の人間がいるのは厄介だな……力を隠して『魔王』の相手は流石に難しい」
「……それは同意。それに舞衣お姉様にも直ぐに避難してもらったほうがいい。『魔王』が本気でリョウマと戦ったらこのダンジョンの何処にいても安全な場所なんて多分ない」
俺の『魔王』という言い回しに自然と乗っかるソフィア。
彼女も気がついていたか。
確証はないが、娘である彼女も同じ意見ならほぼ間違いない。
理屈は不明なわけだが。
俺とソフィアは先ほどまでの砕けた雰囲気を一変させ真剣な視線を交わし合う。
俺も無駄にふざけ合っていた訳ではないのだ。
真下から感じるアルバの魔力とぶつかるもう一つの『魔力』。
俺はその気配の違和感をダンジョン内に足を踏み入れた時から感じ、ソフィアの反応を遠回しに伺ってみていた訳だが、無用な心配だったな。
この子は強い。俺の想像なんかよりも遥かに。
ただ、その『強さ』が俺は時折無性に危うくも感じてしまう。
「よし、じゃあ改めて行くか」
「その前に、ん」
俺はその場に個性的な新人三人を含む〈ブルーサーペント〉の面々を残して先を急ごうとして、ソフィアにゲートの外を目線で促される。
一瞬何のことか?と首を捻ったが、ハッと思い出した俺はソフィアの言わんとせんことを何となく察し、一応だが助言しておく。
「あ〜、えっとだな。先に言っておくがダンジョンの外は絶賛スタンピードの真っ只中で、下手したらダンジョン内の『ゲート』付近に留まっていたほうが安全かもしれないぞ」
「「「え?」」」
俺の言葉の意味が理解できない様子でポカンと疑問符を浮かべる三人。
説明しなきゃダメだろうか? 俺的にはそこまでコイツらに面倒をかけてやる義理もない訳だが。
「リョウマ、お姉様との今後もちゃんと考えて? リョウマの気持ちは理解できるけど、選択肢が両極すぎると今後この世界でリョウマが生きにくくなる、それは、私の望む未来じゃない」
「選択が両極、か……」
確かに、コイツらは妹の職場関係者、だからせめてもの助言と後付けだが雑魚モンスターを蹴散らした事で恩を売った。
それだけ『人間である彼ら』に施せば十分、と割り切った訳だが。
「……リョウマには、もう少しこの世界での時間が必要。今は私に任せて」
「ん、お、おう」
ソフィアは聡明な光をそのアメジストのような瞳に宿して俺を見つめる。
彼女に『強くある事』を強要しているのは、俺、でもあるのだろうか。
それは、嫌だな。
俺は彼女にこの世界で平穏に笑って過ごしてほしい、そのためであれば何でもする。
この『人間』しかいない世界で彼女が平穏に生きるには『人間』に馴染み、溶け込んで、その感性の中で生きなければならない。
そのためなら俺は『我慢』できるし、人間を救うことも、逆に彼女を理不尽に陥れる存在が現れれば『殺すこと』に対しても一切の躊躇いを持たない。
俺は、俺の何を用いたとしてもソフィアを幸せにしなければならないのだ。
それが『友』と交わした最後の約束なのだから。
「……バカ」
俺の顔を横目に、ソフィアは小声で何事かを呟いた。
ソフィアは俺から視線を切り替えると三人に外の状況を的確に説明。
その後、ドラゴンのブレスくらいなら余裕で耐えれる【結界】を全員に施した上で『魔道具の効果』だと言って異世界産の適当な装飾品を手渡していた。
「ダンジョンに留まるのも危険。とにかく、直ぐスタンピードのエリアから離れる。効果が切れる前に全員で走って、わかった?」
「「「はい」」」
ソフィアの説明に対し真剣に頷いた三人は未だ意識を失っているものも多い『調査班』の面々を起こし、状況を説明し始めた。
俺のように雑な助言ではなく完璧とも言える対応に妙な居心地の悪さと言いようのない罪悪感を覚える。
「……、すまない。俺の考えが、足りなかった」
「気にしない。リョウマは私の最善を考えてくれている。それだけで十分。リョウマの足りないところは私が補う」
嗚呼、敵わないな、畜生。
ソフィアの頼り甲斐のある言葉に込み上げるのは喜びのような不甲斐なさのような複雑で名状し難いなにか。
「——よし、切り替えた!
舞衣達の問題は、一先ず状況を確認して判断しよう」
今は不必要な葛藤だと切り捨て次の行動に俺は思考を切り替え、
「うん、舞衣お姉様のところに急ごう」
俺とソフィアはその場を駆け出したのだった。