第41話:蛇と獅子
ダンジョンへ向かう一本道、最前線から打ち漏れたモンスターを撃破しながら突き進む事数分。
目前に迫ってきたスタンピードの最前線には猛威を振るうモンスターと必死にその波を抑え込む〈探索者〉がひしめき合っていた。
「大物はできる限りまとまって当たれ! 決して前に出過ぎるな!」
「回復用の物資には限りがある! 幸いモンスターに【再生】持ちはいない! ヒットアンドアウェイを繰り返せ! 深追いはするな!」
「増援の探索者はまだか⁉︎ ここが突破されたら一瞬で街はめちゃくちゃだぞ!」
「四大クランはなぜ動かない!?」
モンスターの咆哮に混じって飛び交う指示と掛け声、久しく忘れていた戦場の感覚が肌をひりつかせる——。
中指に唯一残っている指輪が赤く明滅。
待て、ステイ、お前が出るほどの規模じゃない。
つまらなさそうに沈んでいく光にホッと胸を撫で下ろす。
『炎虎』を解放すればそれこそスタンピードなんて一瞬で片がつく、が、被害規模はスタンピードなど比ではないまでに深刻な物となるだろう。
『人間』にたいする感情が著しく希薄なものになってしまっているとはいえ、流石に日本の中心地が文字通り火の海に沈む様を見たいとは思わない。
「ソフィア、ここからはなるべく目立たずに前線を邪魔しないようダンジョンへ向かう」
「うん、わかった」
俺たちがこの場で獅子奮迅の活躍を見せれば短時間でモンスターを押し返す事も可能だろう。
ただ、問題の根っこである『ベリアル』とその魔法【ゲート】を塞がない限り解決には至らない。
なによりこの場で目立ちすぎれば今後の生活に支障を来たす恐れもある。
「帰還した現代でゆったりスローライフ、を邪魔されたくはないんでね」
俺たちは気配を消してあちこちで戦闘が繰り広げられているまさに戦場を駆け抜け、
「ドラゴンのブレスが来るぞ! 複数だ! 一度引け! 【障壁魔法】を全力で展開しろ!」
躍り出た空間にはまさにブレスを放とうとしているドラゴンが三体。
探索者が後方に引いた事で俺とソフィアだけがポツンと最前線に居残る形となってしまった。
「ああ〜、これは……」
「リョウマ、仕方がない! 一先ずこのトカゲたちの口を塞ぐのが先」
「だよな」
俺はその辺で適当に拾ったロングソード型の〈ウェポンモジュール〉とやらを腰溜めに構え、ソフィアが【魔法】を発動しようとした瞬間。
「はは! また会ったね! おじさんっ!」
「うぉお! えらい別嬪なネェちゃんつれとるやんけぇ、おっさん! ワイに紹介したってぇな」
俺たちの両脇から躍り出てきたのは試験場で見かけた美しい蒼穹の槍を手にした青髪に牙のような紫の前髪を揺らす、見た目は少年の青年? と、燃え盛るような赤い髪に獰猛な笑みを浮かべ、二本の刀を振りかぶった長身の青年。
「な、おまえらは」
「む——邪魔」
俺とソフィアの前に飛び出した二人の青年が邪魔で【魔法】を発動できなかったソフィアの機嫌が急速に悪くなっていく様子など気がつくはずもない二人。
競い合うようにドラゴンへ向けて攻撃を繰り出す。
「僕が纏めてヤるから駄獅子は引っ込んでなよ!」
「なんやとこのボンクラ蛇が! ワイが仕留めんねん! おどれが引っ込めやボケ」
ギャーギャーと喚き散らす二人の目前で臨界点を超えたブレスがドラゴンの口から放たれる。
「邪魔なんだよ!」
「邪魔やボケが!」
息がぴったりと揃った二人の槍と刀が冷気と熱気、それぞれに相反する力を解放。
「【操氷魔法:氷蛇突牙】僕の蛇が氷死させる方が早いさ!」
突き出された槍の穂先から一直線に放たれた蛇を模った氷の魔法がご丁寧に並んでいたドラゴンの顎を食い突き破り三体纏めてブレスを放つための口ごと凍りつかされた。
「【操炎魔法:炎獅子乱れ爪突】!! ど阿呆!ワイの炎で消し炭になるんが早いわ」
二刀から繰り出される高速の突きに合わせて放たれるまさしく獅子の爪を思わせる鋭利な炎は同じ炎に対して無効にも等しい耐性を持つフレイムドラゴンの鱗を貫通し内部から火柱を立ち上らせた。
瞬く間に三体のドラゴンを凍らせ文字通り消し炭にした青年二人の登場に〈探索者〉たちは大いに勢いづく。
「二強だ! 四大クランに続く二強! 〈ブルーサーペント〉と〈紅蓮獅子〉が来てくれた!」
「しかもマスターが二人とも最前線に出てくるなんて! これでイケる! 勝てるぞ!」
「この勢いでモンスターどもを蹴散らせぇえ!」
士気を取り戻した〈探索者〉達がモンスターの波を押し返し始め、
「ちょい待てやぁ、今からこの場はワイら〈紅蓮獅子〉の仕切りや! ウチのもんに従って動いてもらうで?」
「はぁ? 何言っちゃってんの? そもそも最初に調査依頼を受けてたのは〈ブルーサーペント〉なんだけど? 僕のところの〈探索者〉もまだ潜ってるし、ここはウチが仕切るべきだろ?」
「なんや、おどれのトコんもんが不甲斐ない言い訳かいな! 仕方なしにワイらがケツ拭いてやんねんからガキタレは甘えときぃ」
「なんだとこの木偶の坊が」
「ああ?イテこますぞクソボケ」
モンスターと〈探索者〉がぶつかり、魔法が入り乱れ剣撃と爪や牙の応酬が繰り広げられる只中で再び歪み合い始めた。
「ああいう奴らは放置に限る、シュナイムとシャロシュみたいなもんだ」
「! なるほど。そういえば、似てるかも」
とりあえず悪目立ちを避けられたことだけ感謝して俺たちは先を急ぐべく再び気配を消す。
「ちょーっと待ってくんない、おじさん」
「せや、ここの仕切りは一先ず棚上げ。
おっさんとそこの別嬪さんはどこ行こうとしてんねん」
ドラゴン三体を同時に討伐してみせた二人の実力は異世界基準で見たとしても相応に高い。
相手取ったとして負けるとは微塵も感じないが相応に時間はかかる。
ここはある程度譲歩して話を聞いてやった方がいいかもしれないな。