第39話:ジュウゴさん
夜の街を颯爽と走り抜ける真っ赤なハチロク——をコーナギリギリの攻め込みで抜き去っていく俺の母が運転する平凡な普通乗用車。
道中、パッシングから始まるカーチェイスやらなんやらと、それなりに濃厚なドラマを経験した俺とソフィアは当初の想定より数段早く目的地付近へと辿り着いた。
「はい、到着! 母さんたちはここまでだけど……やることがあるんでしょ? 美味しい朝ごはん作って待っておくから、ちゃんと無事に帰ってくるのよ」
唸るドリフトからの急停車、タイヤの焦げる匂いを漂わせた車内で通常モードに切り替えた母の激励を受けた俺とソフィアは二人とも両手で口を押さえたまま高速で頷き、
「涼真、父さんからも——」
最早父の言葉を聞く余裕など微塵も残っていなかった俺たちは一瞬で扉を開けその場から走り去る。
同時に駆け込んだ物陰で一旦お互い距離を取った。
「「オロロロロ————」」
閑話休題
「何とか現場にたどり着いたな——うぷ」
「うん、モンスターが沢山……〈探索者〉だけじゃ対応が厳しい——ぐぷ」
俺とソフィアは胸の内から込み上げてくるモノをグッと堪え状況を俯瞰する。
スタンピードが発生した中央区ダンションを中心に五キロ圏内は緊急避難勧告が発令、平時ならば夜の街頭に照らされた静かなオフィス街も避難を始めた人々でごった返している。
俺とソフィアが現在いるのは一般人の立ち入りが制限された区域のギリギリ外側。
「夜の都内に跋扈するモンスター、どこのB級映画だよって話だが……現実なんだよな」
「? よくわからないけど急ごう。逃げ遅れた人たちもいるかもしれない、何よりお姉様が心配」
「……そうだな、急ごう」
逃げ遅れた『人』か。
元来魔族であるソフィアにとって、例え世界は違えど『人間』であることに変わりはないはず。
そこんとこしっかり割り切れてる彼女よりも、がっつり引きずっている俺の方が余程子供なのかもしれない。
『KEEPOUT』と書かれた黄色いテープを超えて駆け出したソフィアに俺も続く。
一般人に見られたらヤバい速度で街中を駆け抜ける俺たちだが、今は周囲に人はいないので気にせず動ける。
俺はより状況を把握するため手頃なビルの屋上へと飛び、なんなくついてきたソフィアに頷きを一つ返すと状況を観察。
「リョウマ、あそこ、モンスターの進軍が一番激しい場所、何とか耐えてるけど厳しそう」
「小柄なモンスターが間を抜けていってるな……。よし、とりあえずあそこに向かうか」
ソフィアが指し示したのはダンジョンからまっすぐ伸びた大通り。
どのみちダンジョンへ向かうなら一番手っ取り早い道のりでもある。
ビルの屋上から飛び降りようとしたソフィアの足が一歩踏み出そうとした直前で止まる。
「ソフィア? 一体——」
彼女が一点に見つめるのはモンスターの大群を超えた先にあるダンジョンのある場所。
「なんで——これって〈魔王剣〉、だけじゃない、お父様?」
「っ間違いない。この魔力、ベリアルの——それにあのモンスターが湧き出ている魔法は、【ゲート】」
【ゲート】の魔法が使えるのは魔族の中でもたった一人を除いて他にいない。
ここにきてまさかの事態に俺たちの思考が一瞬止まりかけ、
「ひ、ひぃい! なんだよこのデカブツ、なんで早ぇえんだよ!」
「バッカ野郎! 喋ってる暇あったら逃げろ!」
「おっふ、おっふ! ど、童貞のまま死ぬのだけは、嫌だ!」
聞き覚えのある声が下の方から聞こえ俺たちが同時に真下を見る。
そこにはこの世界に戻ってきて最初に遭遇した〈探索者〉シンジ、ユウタ、ケンゴのチンピラ三人組がトロールとオーガ、複数のホブゴブリンから逃げ惑っている最中であった。
「あいつら——」
特段強い思い入れも、いい出会いだったってわけでもないが、顔見知りである以上ここで放置するのも寝覚めが悪い。
「ここでまた恩を売っとくのも悪くはないか」
「まって、仲間が来たみたい」
ソフィアの言葉に再度様子を伺うと、三人を追いかけていたホブゴブリンの一匹が横合いから叩き込まれた拳と同時に起こった爆発で派手に吹き飛んだ。
「おうテメェら生きてるか、ああ?」
「「「ジュウゴさん!?」」」
「オメェらもよ、〈クラン〉ヘルズゴートの看板背負ってんなら、ピーピー泣き叫んでねぇで男決めろや、ああ?」
「「「う、うっす」」」
いつぞやの、ソフィアに絡んできたスキンヘッドの大男と数名の取り巻きが助けに入った事でなんとか窮地を脱せた三人だが、逆に彼らと共に残りのモンスターと向き合う羽目になってしまったようだった。
しばらく真上から無言で観察しているソフィアに釣られて俺も動けずにいると、最初はなんとか善戦していたゴロツキ集団も、トロールの一撃をまともに食らったジュウゴが後方へ飛ばされた事で一気に前衛が崩壊し窮地に追い込まれてしまった。
「……行ってくる」
「は? え、ソフィア?」
トン、と軽やかに中空へと躍り出たソフィアはそのまま自由落下に任せて真下へと急降下、慌てて俺も後を追った。