第38話:サブカルの対価
バチバチと周囲に迸る雷光。
久遠寺から笑顔が消え、その表情が真剣なものへと変わっていく。
「恐ろしい、恐ろしく苛烈な思考ですねお嬢さん。特にあなたのような『存在』は『現代』において非常に危険極まりない——故に、私たち『四大クラン』の管理下に入っていただきますよ?」
「今、シャロちゃん言わなかったけ〜? ノンフリーダムなんてお断りぃ〜、っとここから開幕ブッパしたいところなんだけどぉ? アタイからも質問オケ?」
「? ええ、構いませんよ? 平和的な対話はむしろ私の望むところ、特に素敵な女性と会話する時間より貴重で優先すべき事項などありません」
「ふふ、だる〜い」
基本的にまどろっこしい言い回しとキザな口調に虫唾を走らせるタイプのシャロシュは笑っていない瞳で微笑みながら一先ず久遠寺の軽口を受け流す。
「てかさ? なんでオタクら〈ウェポンモジュール〉使ってないわけ? でも普通に【魔法】使ってる感じもしないんだよねえ? 何その力? お〜しぃ〜え〜て?」
「おっとこれはいきなり確信をついてきますね? 流石です。おっしゃる通り私たちは世間一般的な方々とは違い【魔法】の使用に〈モジュール〉を必要としません——と、これ以上はクランの規定上お話しすることが——」
「ああ、もういいよお、無駄話あざます」
にこりと口の前でブイの字を作るシャロシュ。
瞬間、激しい剣戟の音と共に背中から砲弾のような勢いで吹き飛んでくる大男の姿。
「なっ、焔——ぐっ!?」
咄嗟に腕を構えてガードの姿勢を取った久遠寺ではあるが、大人の、しかも大剣を振り回すほどの巨躯を持つ大男が高速で飛来するという常軌を逸した質量と衝撃にその場からたまらず吹き飛ばされる。
「あれれぇ〜おかしいなぁ〜? お兄さん、なんでも『なかった事』にできるはずなのに、なぁんで今の攻撃は『なかった事』にしなかったのぉ?」
嫌味な笑みを浮かべながら黒縁メガネをすかさず装着。
聞くだけで無関係な人間ですら額に青筋が浮かびそうな声色で久遠寺を煽るシャロシュ、そこに焔を吹き飛ばしたハメシュが降り立つ。
「電磁力で誘引しなんしたか。相変わらず器用でありんすな」
着物に皺一つ作らずに涼しげな顔で状況を俯瞰したハメシュに一瞬ジト目で返すシャロシュ。
「シュウくんネタバレ禁止! で? あの暑苦しいブサメンはどうだったんすか?」
「? ああ、わっちとしては顔だけ見れば全然アリ、でありんしたが。強さが足りんせん。それに剣聖というには剣技が……どちらかといえば盾職でありんしょうか?」
そんな心底どうでもいい情報に肩をすくめたシャロシュ。
軽く無いダメージを負ったように見えた久遠寺と焔のほうへ視線を向け、
「屈辱! 屈辱ですよこれは! 女性相手に一方的な暴力はあまり使いたくありませんが!」
「ぐっふぅ! 久々に良い一撃をもらった! 我の剣技は受けて斬る! 互いに傷つき合うからこそ燃える!燃える! 熱くなる!」
受けたダメージが『無かった事』のように土埃すらつていない様子の久遠寺と対照的にボロボロだが久遠寺よりも活力に満ちている焔。
ちょっとばかしめんどくさい相手だと警戒レベルを見積り直すシャロシュは急速に迫ってくる気配を感じ、舌打ちと同時に頬を歪めた。
「今回だけは合わせてやりますよ〜ばか猫ちゃあん——超強力な磁場でもお兄さんの『能力』は発動するかなぁ? 逃げ遅れたらお陀仏だぜ?」
指をパチンと弾くシャロシュ、とくにこの動作が必要なわけでは無いが何となく気に入ってしまったので今後も多様していくつもりである。
同時に久遠寺と焔を囲うように配置された雷球が互いに干渉、景色が歪むほどの力場が発生。
「——っこれは、ですがこの程度——」
「ぐぉおお! こいつはキツイなっ! 脳みそまで沸騰するように熱いっ!」
焔は苦悶に表情を歪めながらも雷球に向かって大剣を振い、久遠寺は余裕のない表情でシャロシュを睨みながら魔力を高める。
その視線にシャロシュは上空へと視線を誘導、つられた久遠寺は空を見上げて絶句する。
「コロス!コロスコロスコロスッ! ボクを、たかだか人間の小僧が! 可愛さの代名詞であるボクを蹴って服を汚した? 許されるわけないだろそんな事っ!?」
空に海がある。
そんな馬鹿げた表現が今は相応しい。
巨猫にまたがり可愛さの欠片もない表情で久遠寺を激情の籠った眼光で射るシュナイムが文字通り、大波に乗って真下へと急降下してきた。
「————っく、あなた方を多少侮っていたようだ、この報いは必ずっ」
街一つ呑み込むほど大質量の水圧が矮小な人間を無慈悲に押しつぶす。直前で空中に舞い上がったシャロシュとハメシュは憤るシュナイムに肩を竦め、
「もういねーっすよあいつら。——にしても【時空系】の【魔法】とかチート盛りすぎじゃね? 流石にアタイでも時間かかるっつーの。まあ、負けないけど」
「わっちが相手した男もわっちの【風ノ刃】を全身で受けても斬れんせんざんした。シュナイム、その水はもったいないでありんすから、一旦わっちがお預かりしんす」
ハメシュが言うと同時、直撃の寸前で大波が空中へと飛沫となって舞い上がり巨大な見えない何かに誘われるように指向性を持って一箇所に集まると渦巻く風が空中で停滞する『渦潮』という何とも奇怪な状況を作り出す。
「っぁあああ! ムカつくっ!本当にムカつくよあの男っ! 普通こんなに可愛くて可憐で尊い女の子を足蹴にする? あいつ頭おかしいんじゃないの?」
状況を理解して頭を切り替えたシュナイムが巨猫の真上で地団駄を踏む。
シャロシュは一先ずそれを全無視して上空を見上げながら静かに目を細めた。
「モンスターのスタンピードとか『アレ』に比べたらまだノンハード、むしろ激ヨワイージーモードだと思うんっすよね〜」
シャロシュの見つめる先、雲を切り裂き凄まじい速度で空気の壁をぶち破りながら上昇していく真っ赤な物体——。
「うぁ、マジ? 『エハド』出てきてんじゃんっ!?」
「あの娘にしたら、よくぞ我慢したほうでありんしょう」
上昇していた『赤い物体』はちょうどモンスターが溢れかえっている上空で静止、瞬間、とてつもない熱波が上空で発生、周囲数キロの雲が一斉に掻き消えた。
「……人間はどうでもいいけど、マスターの故郷が蒸発してなくなるのはノンだねえ〜。人類圏がまさしく核以上の炎に包まれて世紀末ひゃっは〜が量産される未来はノン、この時代の人間は『サブカル』という生きがいをアタイにくれたんで〜、その分くらいは守ってあげちゃおうかな?」
めんどくさい、という気持ちは変わらないが致し方ないとも思い荒々しい翼を羽ばたかせ飛翔していくシャロシュにシュナイムとハメシュも続く。
「まあね、ボクの可愛いを理解して推し活布教してくれるアイツらはまだ見所がある人間だもん、ライブやるステージとか観客を無くされても困るしね」
「わっちは御方様と『温泉混浴回』を経験するまではこの国を守り抜くと決めてありんす」
「シュウくんは普通に男湯だかんね?」
「リョウマちんと混浴デートかぁ〜、まあ、ボク的にはありだけど?」
三柱とも思いの方向性は違えど『氷室涼真』の契約精霊として彼の居場所を守りたいという思いは一緒であり、空の彼方で赤黒い破滅の光を立ち上らせている『炎虎』もまた同じ思いなのだろう、とはシャロシュも理解している。
「ただ、その熱量が重すぎっていうか……【殲滅級魔法】いちいちぶっ放されてたら会話もままならないんっすよねえ〜」
五柱のなかで一番常識があるタイプを自負している身分としては、あの張り切り過ぎる拗らせ契約精霊のフォローも仕事のうちだと嘆息し、現地へと飛ぶのであった。