第37話:ふり〜だむ!
「はいはい、わかってはいたけど——。
『アルデイン』に『ヴァルガン』ね。あっちの胸糞悪い国の名前掲げた『四大クラン』って、そーいうことだよね?
ハメシュ姉は『エセ勇者』と会ったんだっけ?」
「そうでありんす。勇者の方は『ヴァルデア』がクラン名に入っていんした」
「どちらにせよノン、ノン! マスターを嵌めて吊し上げた諸悪の根源がどうやってかわざわざコッチに来てくれちゃってんだからさぁあ? とりま問答無用でボコったらいいんじゃね?」
対話など必要ないとばかりに殺気を高めていく三柱の精霊に待ったをかけたのは理知的な薄灰髪の男——久遠寺刻。
「おおっと、可憐なレイディ達? 何か誤解をされているようですが、私たちはあなた方をお迎えにあがったのですよ? まずは、このような危険な場所ではなく私の——」
「いやあノンでしょうよ、どー考えても」
久遠寺が言い終える前に欠伸でもするような気軽さで放たれた極太の雷撃は一瞬で久遠寺を呑み込み、
「そもそも! 最初から魔法で攻撃しといて何がお迎え〜なの、かなっと」
シャロシュが動くと同時、シュナイムが操る『水の巨猫』がじゃれつくように巨大な前足で大剣を持つ男——焔羅刹を頭上から叩き潰す。
「わっちは雑魚の掃除でありんすか」
心底つまらなさそうに扇子を振るうハメシュ。
その度にボディースーツを着た集団が面白いように吹き飛ばされていた。
「お掃除完了でありんす」
「もう終わりか〜流石につまんないよねぇ〜」
「まあアタイらにコチラ側の『人間』が勝てる要素なんて、一ミリも……」
「いやはや、中々に刺激的なお嬢様方だ。私としては歓迎すべき苛烈さではありますがね」
本来なら割り込むはずのない声、直様反応したシャロシュが先ほどよりもさらに強力な雷撃を三閃、久遠寺の頭上へ落とし、シュナイムの『水の巨猫』が容赦無く追撃の前足を振るう。
「剣聖様の熱気をあれしきの冷や水で冷ませると思うたかぁあ!」
久遠寺が無事という想定外な事実に一瞬意識を持って行かれたシャロシュとシュナイムは背後から真横に振り抜かれようとしている大剣への反応が遅れ、
「タフな男は嫌いじゃありんせんが、おたく様は好みじゃござんせん」
剛腕によって振り抜かれた大剣は疾風の如く割り込んできたハメシュの扇子によってきっちりと受け止められる。
「力比べか! 望むところダァああ」
「望みんせんし、致しんせん」
大剣の軌道を風の風圧で逸らしたハメシュは瞬時に相手の懐へと飛び込み、掌底に圧縮させていた暴風を叩き込む。
吹き飛んだ焔に追い討ちを掛けるべくその姿がその場から掻き消えた。
「……ねぇ、あいつどんなマジック使ってるわけ?」
「ん〜空間系? 【魔力障壁】程度じゃアタイらの攻撃防ぐとか無理ゲーだしぃ」
そこには理知的で、ある意味嫌味のない『笑顔』を絶やさず浮かべた久遠寺が怪我どころか埃一つついていない様相で佇んでいた。
「派手好きな鳥頭は引っ込んでて、ボクが叩けばとりあえず何が起きてるかはわかるでしょ」
シュナイムの意思により動き出す『水の巨猫』がその巨体に似合わない俊敏さで前足の二連撃を久遠寺に再び繰り出す、
「ああ、失敬。私、猫アレルギーなもので」
巨猫の前足が久遠寺に触れようとした瞬間、その前足が最初から無かったかのように消失した。
「決まり! 空間系だねコイツ!」
「……」
割と短絡的な青い猫耳少女が早々に相手の能力を判断し攻撃を仕掛ける。
シャロシュはこの機を敢えて俯瞰するために動かない。
「おや、私のお相手は青髪の素敵なお嬢さんですか? そちらのプラチナブロンドのお美しいお嬢さんもよければ一緒にいかがです?」
「ノン、アタイ優男系むり〜、お兄さんソース顔なの余計ノン、ノンですわ〜男は断然醤油っしょ」
呑気な会話を繰り出しながらも、相手は『水猫』シュナイムという元の世界では『気まぐれの大瀑布』として天変地異の一つに数えられるほど恐れられた『大洪水の青い猫』。
伝説に等しい精霊が繰り出す怒涛の鉄砲水を躱すでもなく、防ぐでもなく、ただ消し去りながらシャロシュとの会話に興じている。
「こいつ! ムカつく! 空間ごと溺死しちゃいなよ!」
焦れたシュナイムがそこら中に飛び散った『水』だけでなく、大地の震えと共に道路の至る所から突如噴き出した大量の『水』を操作し、凄まじい水量が久遠寺を覆い尽くしていく。
「あ〜、姿が見えなくなるのは悪手っすよバカ猫ちゃん」
シャロシュの呆れ声にシュナイムが苛立ちの視線を飛ばした瞬間、
「その通りです」
目の前で蠢く超量の『水』による球状の牢獄など意に返すことなくシュナイムの眼前に瞬間現れた久遠寺の鋭い蹴りがシュナイムの脇腹を捉える。
「は!? ふざけ——」
焔とは対照的に細長い足から繰り出されたとは思えない威力で彼方へと吹き飛ばされたシュナイムの姿にちらりと目を細めたシャロシュは目の前の久遠寺へと静かに向き直る。
「おや、青髪のお嬢さんがやられたというのに随分と冷静でいらっしゃる。お仲間では?」
「ノン、アレはただの同類で契約主が一緒なだけの腐れ縁って感じだわ」
「? それを世間一般的にお仲間、というのでは無いのでしょうか?」
「一般常識とかに囚われないアタイだからこそ、ふり〜だむ!
ノンフリーダムな世界なんざいっそぶっ壊しちゃえばいいってね?」