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第35話:ナイト・オブ・ファイヤー

 ソフィアが部屋に駆け込み、必死の様子で見せられた契約精霊達の理解不能な配信動画に俺は何も言えず、額に滲む嫌な汗をゆっくりと拭う。




 大変も何もこいつらのこの感じは平常時と何ら変わらないと思うのだが。




「違うの! 二人、じゃなくもないけど、二人の周りを見て!」




 非常に見たくはないがソフィアの必死な様子に再び映像を見る。




 よく見れば、二人とも平然と宙に浮かんで口論している? 自由が過ぎやしないかお前ら。




 ピキピキと額に広がるアンガーを何とかマネジメントした俺は、一先ずソフィアに言われるまま周囲の様子を映像越しに観察。






『はっ! アホ鳥の力なんかなくてもボクの可愛さは全世界を魅了するね! 時間の問題さ! そうだよね? みんな』




 シュナイムがあざとく振り向きざまに甘ったるい声で眼下へと声をかける。




『『『全世界はお嬢の足元にひれ伏しやす! お嬢可愛い! お嬢尊い! 猫耳は至高』』』




 黒服の軍団が野太い声を張り上げて大通りの車道を埋め尽くしていた。




『反社集めてイキっちゃってるのマジウケる〜。アタイらも見せつけるよ!今こそリアルに顕現せしネット民の真の姿を解放せよ!!』




 両手を広げたシャロシュの背に黄金色の厳しい翼が稲光を伴って大きく広げられた。




『『『ち、力が! 溢れる! これが、真のワイらか』』』




 黒服集団とは対照的に個性あふれる集団が奇妙な言動と動きを繰り返しながら対峙。




『一般人に全力バフかけるなんて何考えてんのさ、バカ鳥!』




『ノンノン! 彼らは崇高な目的のために集まった我が同志! それにパンピーじゃなくて一応全員シーカーだしい、大丈夫っしょ』




 それぞれの軍勢は一触即発の様相で睨み合いを続け、シュナイムとシャロシュがそれぞれの手のひらに水の塊と雷を纏わせた。






 俺は、静かに瞼を閉じて宙に映し出されている画面からゆっくりと視線を外しソフィアへと向ける。




「……アイツらは俺の知っている契約精霊じゃない。きっと野良精霊だ。だから俺には関係ない、無関係だ! 俺は悪くないっ!」




 映像の前に首を振ってイヤイヤと現実を拒絶する。




 何をやってんだあのバカ共は!?




  普通に空中戦を都心のど真ん中で、しかも謎の軍勢引き連れあって戦わせてる状況って何?




 誰だよあんな傍迷惑な契約精霊を現代に持ち込んだの‼︎


 本当に!!申し訳ございません!




 ただ責任とかは本人達に取らせてください!


 見た目以上に長生きなんで、自分のことは自分で出来る年齢ですので!




「もう! リョウマ! 違う! もっと映像の奥、あのダンジョンの入り口が写ってる所」


「え、映像の? 奥?」




 この衝撃以外存在しない映像の中にこれ以上何が——。




「! おい、これは……モンスターか?」




「うん! ダンジョンから出てきたのかも? それなりに強い個体が多い、現代の人たちの技量であのモンスター達を対処するのは難しい」




 アホな争いを繰り広げる二人の映像、その奥に偶然映り込んでいたのはシンジ達と共に潜ったダンジョン——つまり、舞衣とアルバが現在潜っているはずの場所で、




「フレイムドラゴンにオーガ、トロール、サイクロプス……どれも『中級』クラスのモンスターだが、だからこそおかしい。アルバがいて、あの程度のモンスターがあんな数生きて地上に出てこられる訳がない」




 誇張なしにアルバは強い。




 五柱の内一番かと聞かれれば其々に個性が尖りすぎているせいで決め辛いが、物理での肉弾戦においては群を抜いている。




 異世界基準で見る『中級』程度のスタンピード、アルバだけで殲滅することも出来るだろう。




「映像で見る限り数百体はいるか? これじゃ街中もパニックに陥っているだろう」




「うん、今〈ダンジョン協会〉が正式に『緊急クエスト』を発令したみたい。リョウマ、どうする?」




 正直な所、俺に『困っている人間を助ける』とか『人々を救いたい』なんて高尚な思いや動機は一欠片も有りはしない。




 それは世界を跨ごうと変わらない事実。




 俺の『人間』に対する感情は異世界で砕かれ、絶望に染まりきっている。




 現世と異世界とでは同じ『人間』ではない、と割り切るつもりもない。




 ただシンプルに、俺は、もう知らない誰かの為、大義や平和なんてものの為に剣を振るつもりはない。ただ、手の中に収まる『大切な存在』さえ守れれば、それでいい。




 当然、ソフィアもその辺りきちんと理解した上で聞いているのだ『舞衣を助けに行かないのか?』と。




「あいつの体裁とか気にしてる場合じゃないかもな。サクッと行って、迷惑がられたらその時はその時だ」


「うん! 私も、舞衣お姉様を助けに行きたい」




 力強く拳を握りしめるソフィア。




 俺はその様子に今までにない感情を抱いていた。


 自分にとって大切な人間を大切な相手が想ってくれる。それは存外心地いい物なんだな。




「一先ず方針は決まった……あとは、移動手段だが——」




 諍い中のバカ二人に呼びかけてはみたが反応は無し。




 頼りのハメシュも巻き込まれているのか無反応——。




 というより、何か強力な力の影響を受けて俺の声が届いていない?




「私も【風魔法】だけであの場所までの距離を飛ぶのは難しい。『電車』はダメなの?」




「あ〜終電、もあるがこういった災害事の場合、運行を見合わせる場合が多いんだよな」


 


 一拍おいて俺はこれ以上選択肢がないことに頭を振り、渋々ではあるが決断を下そうとして、




「仕方ない……気は進まないが『エハド』を起こして——」


「それは、待とう? リョウマ……まだ、その時じゃない、と思うの。きっと他にいい方法が」




 大抵のことには動じないソフィアの顔色が明らかに悪い。




 まあ、気持ちはわかる。契約精霊最後の一柱は安易に触れられる存在ではないのだ。


 癖の強さも、その在り方自体も。




「わかった。そうだな、俺が早まった。ただ、そうなると他に手段は——」




 その時、唐突に開かれる部屋のドア。




 何か一昔前のポージングで立っている、少しだけ若返った熟年夫婦。




「話は聞かせてもらった」


「リョウマ、ソフィアちゃん。母さん達に任せておきなさい」




 両親だった。




「「……」」




 なんとなく、言葉を失う俺とソフィアは、ただ無碍にもできず、




「あ〜、その、今から行く場所は危ないんだよ」


「そうです! お父様とお母様が怪我でもされたら、私、悲しいので」




「「ソフィアちゃん」」




 息子の心配よりもソフィアの嘘偽りない憂いの表情に感涙する両親。




 大切な人同士思い合う温かさに気がついた俺だが、今はなんとも複雑な心境ではある。




「なに、心配いらないさ! 今の状況はニュースで騒がれているからな、中央区の手前まで送り届けてやる」




 チャリっとカッコよさげに指にかけた車のキーを弄ぶ父の姿にちょっとだけ感動を覚えた俺。




「父さん、悪い。じゃあ、現地までよろしく頼む。母さんは危ないから家で——」


「運転は母さんだがな!」


「お父さん、ペーパーなのよ〜」




 じゃあ最初からカッコつけてでてくんなやーい。


 何となく想像はできていた件だったが。俺の両親ってこんなんだったかな。


「……え、と、お父様、とても面白いお方で、お母様は何でも出来てすごい」




 ほら、あまりの居た堪れなさに本気でフォローしようとしているソフィアまで空回ってる。




「あ〜、ソフィア。気にしなくていい、こういう空気のときはそっとしておくのも優しさだ」




 なんとも緩い空気のまま、粛々と準備をして俺たちは普通に自家用車で現地へと向かうのだった。




「……母さん、私も教習所に通い直そうか?」


「え? やめてください勿体無い。あなた、ただでさえとんでもなく運転が下手なんだから」




「「「……」」」




 その後颯爽と車に乗り込み出発した母さんのドライブテクは頭文字にDを付けたくなるほど攻め攻めのドリフトで夜の街に(ナイト・)火を吹いていたり(オブ・ファイヤー)、したのだった。

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