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第33話:モフモフ褐色イケメン

 次第に大きくなる揺れ、それは地鳴りだ。




 舞衣や後輩、二人以上に経験が豊富なはずの地神ですら言葉を失う光景。




「な、な、に、何アレ何アレ何アレ!?


 ドラゴンがいっぱい? だけじゃないですよ!? オーガにホブゴブリン、トロールとか! なんで上級や超級ダンジョンのモンスターがこんな低級ダンジョンにうじゃうじゃっ!?」




「これは、海外で一度だけ最悪の被害をもたらしたというダンジョン特有の事案『スタンピード』!?


 まさか、それがこの低級ダンジョンで、しかも低級には本来出現するはずのないモンスターの軍勢——訳がわからない」




「そ、そんな事より! 逃げなきゃ! アレは流石に無理!!」




 津波のように押し寄せて来る『上級』『超級』と呼ばれるダンジョンに出現するはずのモンスター。




「逃げるって、あんなのに背中を見せて走れませんよぉ〜っ! 絶対追いつかれますって!」




「そんな事言っても! あんなの、どうやってやり過ごせってのよ!?」




 半泣きで追い縋る後輩に舞衣も正直泣き出したい心境をなんとか抑えて必死に現状での最適解を模索するが思考は焦りに塗りつぶされ、もう目先にまで迫ってきている悪夢の大群相手に成す術など全く浮かばない。




「——っ! 【アースウォオオーーール】」




 瞬間、二人を背に庇うように前へと出た地神がハンマーロッドを力強く地面に打ち付ける。




 今までで最大規模の土壁が地面から競り上がり、一時的に大軍の前へと立ちはだかった。




「一瞬程度しかもたない! 君たちは早く、逃げろ! クラン本部への緊急要請は既に出してある——これは一クランに負える事案ではない! 君たちは生きて外に、この情報をできるだけ早く伝えるんだ!」




 モンスターの大群が土壁と接触。




 数秒と持たずに大破していく壁を、一秒でも長くと地神は生み出し続けている。




「剛さん! それじゃあなたが死んでしまう! そんなのは、認められません!!」




 次第にその顔色が土気色に染まり、『魔法使用限界』を迎えている事が明白な地神に舞衣は語気を強めるが、地神は土壁の生成を止める事なく、




「氷室君の攻撃力に期待したい気持ちもありますが、〈モジュール〉が壊れてしまった今、君は最早か弱い女性でしかない。


 私は〈探索者(シーカー)〉です! この悪夢の光景を『地上』で再現するわけにはいかない! さあ早く!! 行くんだ!!」




「そんな! 剛さん」




「先輩っ! ウチらはウチらのやれる事を! 行きますよっ」




 後輩に手を引かれる舞衣の視界には、今までに見たこともないような婚約者の頼もしい背中。




 ただその光景は数秒と持たず、最後に渾身の土壁を作り終えた地神は前のめりに倒れ、




「——っ!? 剛さん!」




 そんな彼の命懸けの【魔法】を嘲笑うかのように壁を突き破って傾れ込む悪夢。




「させないっ!」




「——っ先輩! ダメっ!?」




 後輩の手を強引に振り払った舞衣は一目散に地神の元へと駆け寄り、その肩を抱いてその場を、




「あ——」




 その瞬間、自分の行動と決断が遅すぎた事に気が付く。




 迫り来る灼熱のブレスが舞衣の視界を真っ赤に染め上げていた。




「マイはオジキに似て後先考えんのぉ。ワシは嫌いじゃあねぇけど。  


 そいつも気張って漢みせたけぇ、この際一緒に守ったるわ」




 どこかで一瞬だけ聞いた事のある声に舞衣は一瞬肩を跳ねさせ、気がつけば視界に迫っていた燃え盛るブレスが巨大な岩の柱で堰き止められているのが見えた。




「ほわぁ〜超絶褐色イケメン、しかもケモ属性〜!!


 これはヨダレ必死の獲物ですね〜」




 場違いに緩んだ後輩の声に我を取り戻せば、混乱していた舞衣の目の前に立つ人影。




 どこか気怠げでいて、野生味を感じさせる鋭い眼光。




 褐色の肌に恐ろしく整った顔立ちはボサボサの黒と茶色が入り混じった髪でも品性を感じてしまう。何より特徴的なのは頭部に生えた髪と同色の尖った耳と腰で揺れている見慣れた尻尾。




「もしかして、アルバ?」




「ほおじゃ、こん姿はオジキの許可なしになれんけぇの」




「この声、蛇喰マスターと会った時にも聞こえた!! やっぱり本当にアルバなの!?」




「ほおじゃて、一先ずマイは後ろ下がっときんさいや——こっからはワシの喧嘩(オンステージ)じゃけぇ」




 気怠そうな雰囲気はそのままに肩を回すアルバ。




 舞衣は気付けば意識を失っていた地神をその手に抱いたまま呆然とアルバの後ろ姿を眺めることしか出来ず、咄嗟に「アタシも戦う」という言葉が脳裏を過ったが、言葉が喉を鳴らす前に事態は一変した。




「噛みころせぇ、土くれども」




 たった一言、アルバが呟いた。




 瞬間、ボコボコと地面から狼を模した土の獣が無数に姿を現す。




 それは唸り声など鳴らす事なく静かに動き出した。


 


 素早くモンスターの懐に入り込み、的確に喉笛を噛みちぎるという『作業』を淡々と繰り返していき、先ほどまでとは違う意味での『悪夢』がその場には広がりつつあった。




「すごい……」




「もふもふ、イケメン、強いオス。もうウチは堕ちる寸前ですね、はい」




 『上級』モンスターの内、熟練の〈探索者(シーカー)〉パーティーでも頭数四人揃えてやっとオーガ一匹相手できるかどうかという基準に当てはめれば、土の狼が駆け抜ける度オーガやトロールを次々と単体で仕留めて行っている現状は、舞衣の知る限り異常と判断するほかない。




 それでも圧倒的質量で土の狼を振り切り、憤怒の形相で牙を剥くドラゴンが三体。




「隆起せぇや、ズドンってな」




 アルバが手をひらりと翳す。




 三方向に突き上がった大樹の如き巨大な円錐状の大岩がなんとも呆気なく三体のドラゴンを串刺しに貫いた。




 だが、尚止むことのないモンスターの波。




 煩わしそうに舌打ちを一つ打ったアルバはゆっくりと一歩前進し両腕を大きく前方に振るう。




「おどれらぁ、まとめてひき肉じゃぁあ」




 瞬間、虚空に生み出されたのはその一つ一つが【土上級魔法:ストーンキャノン】で生み出した軽自動車ほどもある大岩を軽く凌駕する巨大な岩石群。




 それが舞衣の視界を一瞬で覆い尽くすとアルバの合図に従ってモンスターをまさしくすり潰していく。




 まさに圧倒的。




 この時初めて舞衣は兄である涼真が『異世界で勇者』だったという絵空事やソフィアが『魔王の娘』という事実を本当の意味で認め、彼女が『この世界の魔法が間違っている』と力説する意味を正しく理解できた気がした。




『……』




 舞衣と後輩が何も言えない程の光景と惨状。




 相手がモンスターでなければ辺りは血の海と化し阿鼻叫喚と呼ぶに相応しい光景が広がっていたのだろうが、現在は血の海ではなく真っ黒な塵の海が広がっている。




 放たれた巨石が轟音を伴って周囲を破壊し尽くした後の奇妙な静寂。




 その場には気怠げな褐色の男だけが一人立ち尽くしていて、




「おわった、の?」


「助かったでしょ、コレは流石に——」




 共に目の前のあり得ない光景を目撃していた後輩と二人向き合って頷きあう。




 未だ緊張に震える手を互いに握り合い無事を確かめるようにホッと胸を撫で下ろそうとしたその時。




「まだじゃ——こりゃ思うとったよりもぶち厄介じゃのぅ」




 真下を睨むアルバ。




 意味深な言葉にゴクリと舞衣は喉を鳴らしてその視線を追いかける。




「この下に、なにがあるの?」


「えぇ〜っ!まだなんかあるんですっ!? 無理、無理む〜り〜っ!」




 場をなご増すためなのか素なのか子供が駄々をこねるように首を振る後輩を無視し、舞衣はアルバを見つめた。




「……」




 アルバは無言のままそっと地面に手を置いた。




 瞬間、アルバと舞衣達が立っている足場だけを残すように地面がサラサラと砂漠のような形状になり真下へと砂の粒となった()()()()()




「——っきゃ」




「な、なな、なんですかコレっ! って下、先輩!下下下!」




 舞衣の立っている足場は不思議な浮遊感を伴って宙に浮いたまま、周囲の地面だけが跡形もなく消え去った異様な光景。




 絶句している舞衣を引っ張るように真下へとその視線を誘導する後輩に従い視線を動かした先。




「——っ!」




 思わず口元を押さえた舞衣は眼下に広がる光景に絶叫をあげなかった自分を最大限賞賛してあげたい気持ちでいっぱいだった。




「さっきの数なんて比じゃないわよ……なんなの、この数、スタンピードなんて生優しいものじゃないわこんなの」




 眼下に広がるのは一匹だけでも凶悪極まりない『上級』『超級』クラスのモンスターがうじゃうじゃと地面にひしめき合う異常極まりない光景。




「先輩、先輩! なんか、浮かんできますよ!? え、人? ——っ! 綺麗……」




 またしても騒がしく、ただこの異常な事態に遭っては冷静さを取り戻させてくれる後輩の声が途中でぴたりと止む。




 やがて何か場違いなセリフを吐いていた後輩の固定された視線を追いかければ、そこにはアルバと対峙するように地下からふわりと浮かび空中に佇んでいる人物が一人。




「確かに、綺麗な顔……」


「あんな美形、見たことないです」




 風に靡く長い黒紫の妖艶な髪、青白くすら見える陶磁器の様な素肌。




 なによりもその容姿は人外とも言うべき美を纏い、それでいて美女ではなく美丈夫であると言う不条理。




 全身を覆う漆黒の鎧と、まるで夜を閉じ込めたような宵闇色の剣を携えていなければ、傾国の美女とすら表現したい程の『美』がそこにはあった。




 舞衣と後輩を一瞬で釘付けにしてしまった美丈夫はその紫色をした水晶のような瞳で静かにアルバを見据え、アルバもゆっくりとその口を開く。




「……なんで、おどれがここにおるんじゃあぁ! 魔王っ!!」




「……」




 アルバの叫び声にびくりと反応しつつもその言葉を反芻する。




「魔王? 魔王って……ソフィアちゃんの」




 魔王と呼ばれた美丈夫はアルバにも舞衣の言葉にも反応することなく手にした剣を静かにモンスターのひしめき合う地面へと向け、




「っ! わりゃぁ、やらせるかいやぁあっ!」




 一瞬で彼我の距離をゼロにしたアルバ、だが同時に一瞬でアルバから遠く離れた位置に転移でもしたかのように移動した魔王は夜色の剣先から黒いナニカを打ち出し、




「うそ、あんなにいたモンスターが、消えた?」




「なるほど! 超絶イケメン様は実は味方でした説?」




 そんな後輩の期待を裏切るように怒りの形相でアルバは告げた。




「ド阿呆、今のは『ゲート』じゃ……今頃地上はモンスターで溢れかえっとるど」




 アルバの言葉に舞衣はただ愕然とその言葉を処理できずにいたのだった。

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