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第31話:きゃるプンぺろてへ!

 舞衣等がダンジョン探索を開始してから数時間。




 薄暗い遺跡のような場所が続くこの〈中央区ダンジョン〉では最下階である五層まで同じような景色が続いている。




 舞衣一行は時折襲いくるモンスターに難なく対処し、時には新人に経験を積ませる余裕を持ちながらも順調に、現在の三階層中間地点まで辿り着いていた。




「新人探索者の諸君! 後苦労様! ここはモンスターの出現しない『セーフティーエリア』だから、一先ず気を抜いていいわよ。


 調査班は各自休憩を交代で挟みつつ周辺警戒、問題なければここで野営の準備に入る!」




 舞衣のテキパキとしつつも明朗な指示にその場にいたほぼ全員が額の汗を拭いながら明るく返事を返す。




「——……っち、この程度の低級ダンジョンで野営? コスパが悪すぎる、こんな場所の調査はいかに時間をかけず、損耗を最小限に抑えるかが重要なはずだが? 暫定〈全権者〉殿?」




 最早『婚約者』としての体裁を保つ事もやめたのか、嫌味を隠そうともしない地神の物言いに舞衣は青筋を浮かべて、




「今回は新人も連れての——」




「今回は新人くんたちも連れての〜『遺跡型』調査ですよね〜?


『樹海型』『草原型』『湿地型』と不思議空間てんこ盛りの〈ダンジョン〉の中でも逆に数が少ない一見スタンダードな『遺跡型』は、どこを見ても変わり映えのしない景観、圧迫感のある通路、いつまでも明けることのない薄暗い空間。


『精神的な異常を起こしやすい』ダンジョンとして要注意!


 こまめな休息が必要なんですけど? 知らないんです? あ、新人相手にもう『パワハラ』?『モラハラ』? それとも、またウチに『セクハラ』ですか〜? 副マスこわーい」




「——っち!! 好きにしろ」


「短気こわーい」




 ある意味一番怖い後輩に冷や汗を拭いつつ、とても嫌味な笑みで庇ってくれたそのお尻をキュッとつまむ。




「ひゃうんっ!? 先輩? そのガチセクハラ止めてくださいって」




「ありがとうエミちゃん。でも折角作ってた『可愛い後輩キャラ』が皆んなの前でどんどん崩れていってるから、その辺りで、ね?」




 副マス相手に嫌味の応酬でむしろ勝ち越している後輩に周囲の視線は畏怖と一部羨望。






「エミちゃんって結構、エグいな……」


「俺、クラン内では結構推してたから、ちょっと辛い」


「はうわ! 良きです、わたしもアノ百合百合とした空間でお尻をぎゅっとされたいっ!」






 そんな眼差しに気がついた後輩はスッとキラキラの笑顔に張り替えた。




「もぉ〜副マスが意地悪ばっかり言うからぁ〜エミ、怖かったのぉ〜。きゃるるんっ!」




 きゃるるんって言っちゃってる。


 手遅れな後輩の背を静かに舞衣は撫で、程よく弛緩してきた空気にあって未だに刺々しく周囲に圧を発している、一応まだ婚約者の地神に視線を向ける。




「副マス……いえ、剛さん。


 アタシなんかがこの部隊の全権を渡されて、ましてやそのサポートまでさせてしまい申し訳なく思います。ただ、アタシは、婚約者であるまえに〈ブルーサーペント〉の〈探索者〉です。




 今は、私情よりもアタシを含めてクランの部下達を育てる場として現状を見守っていただけないでしょうか……アタシだって、本当はこんな責任の重い立場」




 毅然として最後まで言い切る。


 そんな心持ちで口を開いた舞衣、だが最後には昂った感情が抑えられずほんの少し弱さが顔をだす。




「——、……。すまない、氷室くん。私としたことが、必要以上に取り乱してしまったようだ」




 地神はアーマープレートの内側に着込んだシャツのネクタイを僅かに緩め、メガネを定位置に戻すと肩の力を抜くように深く呼吸をした。




「剛さん……」




 刺々しい雰囲気からどことなく寂しげな表情を纏った地神。




 舞衣はその顔つきに思わず憂いを抱いた。




「マスターに仕えて、私はそれなりに実績を出したつもりでいた、が、私にはあの人の考えが未だにわからない。


 と言うよりも、あの人との隔絶した実力差に私は矮小な自分を少しでも大きく見せようと必死だったのかもしれないな」




『蛇喰蒼真』という四大クランに次ぐ二翼の片割れを担う巨大クランのマスター。




 その右腕たる副マスターの責を担うと言うことは想像以上に凄まじい重圧が掛かるのかもしれない。




 まして、地神剛という人物は、確かに〈探索者〉として一流の実力者といって過言ではないが、彼を副マスターたらしめるのは『武力』ではなく、見た目通りと言えばわかりやすいが『知力』にあると言っていい。




 詰まるところ例えるなら彼は武官ではなく文官。




 そしてこの業界、巨大なクランを適正運営するための『頭脳』は必要不可欠であるにも関わらず、『武力主義』が根強いため地神のようなタイプは評価されにくい傾向にある。




〈ブルーサーペント〉というクランと聞いてやはり名前が出てくるのは間違いなく蛇喰蒼真であり、そこに地神剛という名前が出てくることは皆無といってもいい。




 地神の言葉に僅かではあるがその重荷や努力の片鱗を感じ取った舞衣は続く言葉が見つからず、




「あ〜また先輩にセクハラですかっ? エミたん怒っちゃいますよっ! きゃるプンぺろてへ!」




 方向性を見失っている後輩を目線で制し、なんとか地神にかける言葉を見つけようと探る。




「あの、剛さん——」




「ひじ——。コホン、エミ君、先ほどはすまなかった。周辺の警戒は私がしておくから君たちはしっかりと休息をとってくれ」




「……あ〜、普通に『緋獅子(ひじし)』って呼んでもらって大丈夫です〜、皆んな普通に呼んでるんで、いきなり名前に君呼びはちょっと」




「——、失敬。では彼女のサポートを頼むよ緋獅子君」




 若干複雑な空気になりはしたが〈モジュール〉を片手に『セーフティーエリア』を後にする地神の後ろ姿に最後まで自分の感情を言葉にできなかった舞衣はただその背中を見つめ。




「先輩、基本あー言うタイプは結婚した後にネチネチとモラハラが始まるタイプです。神経の細いメンズはオススメしないっす、マジで」




 やけに実感のこもった後輩のアドバイスは聞き流しつつ、気がつけば隣に控えているアルバの頭を軽く撫で、舞衣は野営の準備に加わるのだった。






「……グルルゥ——きな臭い匂いがするのぉ、ぶちたいぎぃ事にならんとええんじゃけどなぁ」






『地狼』は嗅ぎ取った匂いに鼻をヒクつかせ、気怠げな双眸を遠くなる男の後ろ姿へと向けたまま佇むのであった。




「アルバ〜、ご飯だよ〜」


「ゥウ〜ウォン! ウォオンッ!」




 振る尻尾の勢いで軽く旋風を起こしながら舞衣へと駆け寄る『地狼』の頭には、最早憂いなど微塵も存在していなかった。

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