表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/70

第30話:ワンちゃんとエミちゃん

 いつもの軽い雰囲気がなりを潜め、表情を歪める後輩。




 地神の発言を流石に看過できないと舞衣は声をあげて後輩を庇うように一歩前へと歩み出た。




「彼女はアタシの後輩です! 出自なんて関係ない! 『苗字』を強調する意味がわかりません」




 地神の言わんとせん事に怒気を持って『婚約者』に向かって完全に対峙の姿勢を見せる舞衣。




「ふん、君も私の婚約者なら敵対勢力の『身内』なんて構っていないで、副マスターである私の隣に大人しく並び立っているのが、妻になるモノの『常識』なんじゃないのか?」




 新人や部下の前で強引に舞衣の腕を掴み『女』であることを強調するような言い回しを繰り返す地神に舞衣は酷く怒りを覚え、突き放すように地神から離れようと——。




「ワフ、ガウ」


「——っぐぅう!?」




 気がつけば足元に寄っていたアルバが容赦無く地神の足に牙を立てて噛みついた。




「いっ——は、離せっ! この、駄犬がっ! 【土魔法】起動! 『アースニードル』!」




 突然の出来事に取り乱した地神は痛みに苦悶の表情を浮かべながらも指に嵌めた『アイテムリング』から細長いハンマーロッド型の〈モジュール〉を取り出し、噛み付いているアルバに向けて容赦のない【魔法】を行使。




「【操炎魔法:焔の盾】」




 予想外の出来事の連続に一瞬対応の遅れた舞衣。




 アルバに迫る土の槍に思わず息を止めるが、瞬間介入する聞きなれた声に安堵。




 土の槍を真っ向から受け止めているのは燃え盛る炎の盾。




 いつの間にかアルバを抱き抱えた後輩は〈モジュール〉である小太刀を器用に片手で鞘に仕舞い、舞衣の隣へと涼しい顔で並び立った。




「いや、まじで余裕ない男ってダサ〜。ウチがクラン〈紅蓮獅子〉マスター緋獅子(ひじし)炎真(えんま)の妹なんて今更周知の事実ですし? で? っていう〜。 アルバくん、ありがとうっ! ウチの為に怒ってくれたんだよね?」




「ウォン、ウォン」


「え〜、先輩のため? ウチは入ってない?」




「ウォフ」


「マジか〜、それは結構ショックだわ〜」




 ワンコに色恋を求め出した不憫な後輩を横目に、キッと視線を鋭く地神を一瞥。




 鼻息を荒くして舞衣は叫んだ。




「地神副マスターに『ポーション』!」




 突然飛んできた命令に調査班の一人が肩を跳ねさせ、




「この場での全権限は『蛇喰マスター』より直接アタシが一任されている! 指示に従えっ! 調査班! ウチの『ワンちゃん』に噛まれた傷に『ポーション』を! 早く!」




 ビリビリと肌をひり付かせるような舞衣の気迫に調査班の一人が慌てて『ポーション』を準備しようと焦る。




 そんな光景を余所に、敢えて『ワンちゃん』と呼ばれたアルバの名称に、思わずその場にいた誰かがクスリと苦笑。




「な、なにを笑っている貴様ら! 氷室君! その駄犬は君の【従魔】だろう!? この責任はきっちりと——」




 憤る地神。




 一般の探索者では使用を躊躇う高価な『ポーション』を惜しみなく傷口に振り掛けながら傷を癒すその姿に、新人の赤崎がポロリと溢した。




「あ〜、痛いですよね『ワンちゃん』に噛まれると。オレも実家の『ポメラニアン』に噛まれたことあるんでわかります」




 どことなく広がる苦笑い。




 アルバのひと噛みは本来、人間の足など容易く噛みちぎる威力なのだが、そんなことは知る由もない周囲に対して、パッと見ハスキー犬に見えなくもない『地狼』はここぞとばかりに「クゥーン」と鳴いて見せる。




 そこへたまたま通りかかった別の〈探索者〉グループにいた女性陣から「ハスキー? え、可愛い〜」と黄色い声が飛び、更に微妙な空気が流れ始めた。




「いえいえ! 『ワンちゃん』に噛まれたら痛いです! 侮っていたら大怪我につながりかねませんよ! 早めの病院受診をお勧めします! ちなみにわたしは首筋を年上女性に噛まれたいです!」




 続くように真宮寺がよくわからない情報と共に広げた話題。




 地神の優秀な部下達も数名、肩が上下に震えている。




「な、なにを、笑っているんだ! やめろ! 私はこの凶暴な【従魔】に——」




「いや、ぶっちゃけっすね、探索者が犬に噛まれてポーションて、自分的には無しかなと思うっす」




「————っ、こ、このっ、新人の分際で!」




 トドメとばかりに真顔で投げ込んできた御門の一言。




 地神を除くほぼ全員が失笑した。




「ぷふっ——。コホン! え〜っと、このようにダンジョン内では予想外の怪我や事故が必ず起こる! 我々〈ブルーサーペント〉だからこそ『ポーション』を使用できるけど、通常は高価すぎて使い所をかなり選ぶ代物よ! 今回も数に限りはある! でき得る限り負傷は最小限に抑える立ち回りを!」




『はい! 氷室リーダー』


「ウォン!」




 仕切り直す舞衣。




 いつの間にか『新人班』の後ろに『調査班』も加わり整列してキビキビと返事。




「それではこれより研修と調査を開始する! 三階層までは調査班が新人について戦闘の支援! エミちゃんはアタシと一緒に最前衛! 今回『サポート』の副マスは後方にて配信担当! 以上、総員行動開始!」




『はいっ!』




「は〜い! 先輩かっくぅいい〜」


「ウォンウォーン!」




「——っ……チッ」




 苛立ちを全面に、この場は引く判断をしたのか地神は小さく舌打ちをして黙り込んだ。




 他の面々は舞衣指揮の下ダンジョン探索を開始したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ