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第28話:肉食獣エミちゃん

「——っ……」




「ど、どうしました!? マスター」




 突然アルバの前から後方に飛び退き、目に見てわかりやすく額に汗を浮かべていたマスターの蛇喰に慌てて駆け寄る地神。




 蛇喰は手のひらを向けて地神を制すると、改めてアルバをその瞳に映した。




「ふ、ふふ、僕が反射的に引くほどの『威圧』。氷室くん……正直に応えて欲しいんだけど、君はこの従——いや、『神霊様』をどこで?」




 アルバから片時も視線を離す事なく、余裕をなくした声色で尋ねた。




「え、神霊? あ、その、遠方から昨日帰ってきた兄から、『護衛』にと、譲り受けました」




 舞衣の言葉にピクリと反応した蛇喰はニッコリと笑みを浮かべ、




「素晴らしいお兄さんだね、正直に応えてくれてありがとう」




 言い終えた蛇喰はアルバに対し折り目正しく挨拶で持って視線を外し、地神を呼びつける。




「剛くん、今日の予定は全部キャンセルで。僕は『会わなきゃいけない人』が出来た——あとついでに、さっきの依頼だけど『謎の洪水』と『モンスターの異変、発生率急上昇』は同じダンジョンだよね?」




「は、はい。確かにそうですが、予定を全てキャンセルしてまで会う相手、とは」




 地神の話を聞き流しながら蛇喰はチラリと舞衣に視線を向けると、まさしく少年のような笑顔を向けて言い放った。




「氷室くん! 今日の新人遠征だけど、本来予定していた新人の中から更に選りすぐって人数を減らしてくれない? そんでもって遠征の目的にダンジョンの調査、出来れば最深部まで潜って異変の原因を突き止めてよ! リーダーと全権は氷室くん! サポートに剛くんが同行してね」




「へ? あ、アタシが調査遠征の全権? り、リーダー? 剛さん——地神副マスがサポート?」




 先ほどの『謎の声』からようやく現実に意識が戻ってきた所で一転。最早舞衣の心境は晴天が霹靂しまくっていた。




「マスター!? ちょっと待ってくれ! 私が彼女のサポート? そこは、どう合理的に考えても彼女が私のサポートにつくべきで、そもそも今日は私にも会合などの予定が!」




 蛇喰の言葉に困惑の極致を迎えていた舞衣だったが、いつもは何事にも冷静沈着な地神が慌てる様子に驚き、どこか内心で溜飲を下げている自分に、また驚く。




「剛くん? 僕の決定になにか不服が?」




 一瞬だった。




 蛇喰の纏う空気がガラリと変わる。




 まるで大蛇を前に身動きの取れない小動物になったような感覚に冷や汗を流していると、舞衣の視線の先。




 蛇喰の『威圧』をまともに受けた地神は顔面から血の気を失い、真っ青な顔でカチカチと顎を噛み鳴らしていた。




「い、いえ、ご指示に、従います」




「うん! 素直で宜しい。僕が君を副マスとして起用している理由はそういう素直な所だよ? 勘違いして、履き違えないようにね?」




 ポンポンと彼の腕に手の甲を当てながらすれ違い様に溢した声色は、成程、流石は〈紅蓮獅子〉と肩を並べる巨大〈クラン〉のマスター蛇喰蒼真その人なのだと理解できる程には凄みがあった。




「んじゃあ、僕はこの辺で。氷室くん! 〈ライフロ〉で可愛い感じの〈ダンジョン配信〉も期待してるからね〜」




 ひらひらと手を振りながらその場を後にする蛇喰の後ろ姿に、ようやく言葉の意味に理解が追いつき始めた舞衣。




「え、は、はい! 配信も、え!? 配信するんですかっ!?


 だ、だれが?」




「まぁ〜どう考えても先輩ですよねぇ〜、てか、ウチ的には副マスも推しメンだったんだけどな〜、ちょっとないわ〜」




 可愛い顔はクラン内でもトップクラスなのに何故か年中フリーの後輩が仮にも婚約者相手に毒づく声など今の舞衣にとっては些事だ。




「エミちゃん! は、配信って、ねぇ、手伝ってくれるよねっ!?ねぇ!?」




 ダンジョン配信とは、人気動画投稿サイト〈|Live Frontierライブフロンティア〉通称〈ライフロ〉におけるダンジョンをテーマにあらゆる目的で動画を配信する大人気ジャンルの一つ。




 そんな事は涼真と違い、普通に現代人の舞衣にとって常識であり勿論知識もあるし、なんなら最近推しの『ライバー』の配信は欠かさず視聴しているくらいだ。




 大手の〈クラン〉である〈ブルーサーペント〉が配信チャンネルを持っている事も当然理解しているし、所属〈探索者(シーカー)〉としてこちらも必ず視聴するようにしているわけだが。




「お兄さん紹介」


「絶対するから手伝って!」




「っしゃ! ウチは先輩のみかたですよ〜」




 再会したばかりの兄を超肉食系の後輩に即売り渡すのを躊躇しないくらいには舞衣にとって苦手で、出来れば永遠に『見る専』でいたいと願う程避けたい、というかありとあらゆる方法を駆使して避け続けてきた役割であったりもする。




「大体ウチの〈クラン〉には配信専門の部隊がいるじゃないっ! なんでよりによって配信!?調査のリーダーってだけで胃に穴が開きそうなのにっ」




 もう見えなくなったクランマスターに恨みの視線を送りつつ、舞衣は未だに冷や汗を拭っている一応まだ婚約者の地神に若干気まずい空気を覚える。




「あ〜ウチの配信チームはどっちかっていうと若い子達がキャピキャピっとクラン情報を発信する情報配信系ですからねぇ〜、ガチの現場には基本行かないんですよ。


 先輩は大出世じゃないですかぁ〜このまま婚約者様もごぼう抜きしちゃえばいいのでは? あはっ」




 ピクリと反応する地神から慌てて後輩を離し、アルバを伴って本部の中へと足を進める。




 なんとも性格の悪い後輩に兄を売り渡してしまったものだと一瞬反省するも、『配信』という難題を舞衣一人で対処しなければならない事態を回避できたと考えれば止むを得ない犠牲、むしろ二十代前半女子とお近づきになる機会を与えるのだから感謝くらいされても良いのではないか? 




 と思い至った舞衣であったが、この安易な『紹介』が後に凄惨な『修羅場』を生み出すことになるなど、この時の舞衣は予想だにしていなかったのだった。

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