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第20話:わっふ

「ソフィア先生っ! アタシに『空を飛ぶ異世界魔法』っ! 教えてください!」




〈マギチップ〉の仕組み、異世界との繋がりなど少なすぎる情報に俺とソフィアが頭を抱えていると、先ほどまで自分の世界に没入していた舞衣が、驚くべき変わり身でソフィアに頭を下げてきた。




 妹よ、プライドはいいのか?




「せん、せいなんて、そんな。舞衣お姉様には、私の知っている事全部教えたい、その代わり」




「……その、代わり?」




 どこかモジモジと珍しくしおらしい——ソフィアの眼光から殺気っ、いえ、なにも考えてません。




 やはり女の勘は侮れない。




 そんな『いつも通り可愛らしい』ソフィアの様子にゴクリと息を呑んで『条件』に備えようとする舞衣。




 そんなに構えなくてもいいと思うんだが。




「う、歌……この世界の歌とか、他にも色々……教えて欲しい、です」




「————っか、かわ、カハっ!?」




 恐らくだがソフィアの『可愛らしさ』に妹は深刻なダメージを受けている様子。




 吐血するほどだろうか?




 いや、可愛いというのは認めるが……あくまで兄的な目線で、だ。そう、兄的な。




 何故か小骨が喉に引っかかったような違和感を自分自身の心境に感じつつ二人のやり取りを眺め、




「あったりまえだよソフィアちゃんっ!? 可愛い、可愛すぎるぞこの子は本当にっ! お姉ちゃんが歌だけじゃなくて『女の子』としての楽しみ方っ! いっぱい教えてあげるからねっ!」




 ガバッと抱きつき頬ずりする妹。




 困惑しながらも満更でもない様子のソフィアに俺はどこか心がほっこりするのを感じ、ちょっと気持ちが高まってしまった。




「そうと決まれば、舞衣! まずはこの〈マギチップ〉に頼らない【身体強化】の取得——」




 ペキっと、手の中から嫌な音が響く。




 そういえば持っていた【身体強化魔法】の〈マギチップ〉だった物が、風に乗って手の平から散っていく。




「「「……」」」




 痛すぎる沈黙。




 軽々しくゴメンとも言えない雰囲気。




「三百万円——()()で、今すぐ用意してちょうだい? 今日から大事な『遠征業務』があるの、謝罪も謝意も不要、とにかく『それ』を買う、現金を、今すぐにっ!」




 一歩、一歩、修羅の如き形相でオーラを揺らめかせる妹が地面を踏み締め近づいてくる。




 異世界の『鬼神』よりも纏っているオーラが悍ましいっ!?




 な、なにか、ないか、何か!!




「わかった! ()()は無理なので! ()()をご準備しますっ!!」




「この後に及んで、そんな薄ら寒いオヤジギャグかましてるんじゃ——」




「ワフ」


「わふ?」




 悪鬼羅刹もかくやと言う舞衣の袖を引く一頭の獣。




 全体的に茶色と黒が入り混じった毛並みに野生的な顔立ち。




 その眼光はどこか気怠げな印象を与えるが、実力は折り紙つきだ。




『地狼』アルバ。




 五指に宿る契約精霊の一体にして数少ない男仲間であり、名前の通り『大地』を司る誇り高き狼——。




「もふもふのワンコっ!?」




 条件反射的にアルバへと抱きつく舞衣。




 現状、完全に獣と化しているアルバは、『大型犬』と言われても納得の佇まいではある。




 普通に尻尾振ってるしな、満更じゃないって事か。




 中身の性格さえ知らなければ妹の『愛犬』的な感じに、




『オジキ、ワシはオジキの妹のマイを守りゃあぁええんじゃの? カバチ垂れてきよる奴らぁ、タマ取ってもえぇんかいのぉ?』




 頭の中に響くのは気怠げだがドスの効いた迫力のある声。




 パッと見、黒と茶毛の変わった色味のシベリアンハスキーっぽく見えるのに、中身が台無しにするんだよな。




「ああ、頼む——。舞衣、こいつは俺の【契約精霊】でアルバ。今後お前の側でお前を守る側近だ」




 俺はアルバに直接返事を返しながら妹へとアルバを紹介する。




 ソフィアが静かに手を振ればアルバは尻尾で応えていた。




 幼い頃、多分一番ソフィアが懐いていた契約精霊がアルバだろう。




「契約? 精霊? いや、待って? 確かにアルバ君? は可愛い、物凄く可愛いし、私が飼っていいんなら大歓迎なんだけど……それとコレは別の」




「アルバ、舞衣に【身体強化・地霊の加護】を頼む」




「ワッフ」




 舞衣の全身を包む土色の淡い光。




 アルバの加護ならあんな『謎チップ』のチャチな強化なんて比べ物にならない。




「なにこれ——身体が、軽い?」




「舞衣お姉様、それはアルバがお姉様に掛けた【強化魔法】の一つ、特徴は……、ん、この岩を殴ってみて?」




 言いながらソフィアの目の前に突如として背丈ほどの岩石が隆起。




 唖然とする妹は困惑しながらも大人しく指示にしたがい、




「異世界魔法、ヤバ……殴るって、痛そうだけど。こう、かしら——」




 シュっと空気を割く音。




 瞬間、ソフィアの出現させた『岩石』が粉々に吹き飛んだ。




「へ? ナニコレ……」




 爆砕された『岩石』。その全てを【空間魔法】で捉え、涼しい顔で一粒たりとも残す事なくこの場から消し去ったソフィアの技量に俺は、妹ととは違う意味で「ナニソレ」となっていたが、




「と、とにかく。アルバが居れば舞衣の〈マギチップ〉以上に強力な【身体強化】が施してもらえる。問題は職場? に連れて行っても——」




【身体強化】厳密には【加護】を受けた身体能力でガバッとアルバを抱き上げた舞衣。




 わっふ、と前足を抱かれた腕から投げ出す形で俺の前に顔を並べる妹とアルバ。




「お兄ちゃん、いや、お兄様っ!! ありがとうっ! そしてこれからヨロシクねアルバ君っ! 




 いや〜憧れてたんだよね【従魔隷属魔法】を使った〈使い魔系の探索者(シーカー)〉!!




 昔からワンちゃんが飼いたくても家が大変で飼えず、大人になったらなったで、そんな時間もお金もなくて飼えず!




 それなら、と〈使い魔系の探索者(シーカー)〉を目指そうと一瞬思ったりしたけど、希少魔法すぎて値段的にとても買えずっ! それがついに! ついに念願の『使い魔』さらに『もふもふワンコ』っ! 


 


 これ以上ないくらいのプレゼントだよっ! お兄ちゃんっ‼︎」




 物凄く喜んでくれたみたいで何より。




 い、勢いが、妹はいいがアルバの顔が近い——あ、顔舐めるなよっ!?




 お前は『ワンコ』じゃなくて『狼』というか普通に『人』の姿を知ってるんだぞ俺は!




 焦る俺、興奮する妹、眺めるソフィア。




 なんとも平和的な光景ではあるが、




「あ、もうこんな時間! じゃあアルバ君、早速出勤するよっ!」




「ウォン」




 慌ただしく騒いだ後でドッと駆け出す妹と契約精霊の後ろ姿を唖然と眺めるしか出来ない俺。




「あ、舞衣! 強化ありの状態でその武器はっ——」




「おにぃちゃーん! ちゃんと〈探索者(シーカー)協会〉で〈ライセンス〉の取得するんだよっ! あ、ソフィアちゃんは『戸籍』が出来るまではちょっと我慢してねっ! いってきまぁ〜す」




 俺の声をかき消して舞衣の大声が家中に響き渡る。




 あーあ、強化状態の速度にもう順応して。




 俺の周りの女性陣は何でこうも才能に溢れているのだろうか。




「……ったく、大人なんだか子供なんだか」




「ふふ、アルバが居ればお姉様は大丈夫。昨日の男の人が気になる?」




「それは——」




 そんな事はない、と言いたいところだが正直、めちゃくちゃ気になって眠れなくすらある。




 二十年という隔たりはそう簡単に埋められない。




 いくら美人の大人に成長していても俺の中の舞衣は未だに五歳の頃の面影を残した幼い妹のままなのだ。




「さて……ソフィアの言う通りアルバが居れば万が一何かあっても舞衣のことは心配ない、俺たちの予定は」




 感傷に浸りそうになる頭を無理やり振って現実の話題に引き戻す。




 舞衣が去り際に言った通り俺は今後の為にも〈探索者(シーカー)〉として生計を立てることを決めている。




 俺に戦う以外の特技なんてないしな……。




 それに、この変質した現代の状況を把握するにしても〈探索者(シーカー)〉として〈ダンジョン〉に関わっていく事は必要だと考えている。




「私は、勇者のお父様が戸籍? という身分証を準備してくれる間暇だから、今日はお母様に料理を教わる予定!」




 満面の笑み。




 この子が少しでも『日常』を楽しんでくれるならなにより。母さんには感謝だな。




「戸籍ね〜、あの堅物公務員の父さんが『ソフィアちゃんの為なら戸籍の一つや二つ』ってどんだけソフィアに甘いんだよ」




 役所勤めで真面目が取り柄みたいな人柄の父はこの二十年でそれなりのポストに頑張って就いたらしく、『異世界』からの来訪に『ビザ』など用意できないソフィアの身分問題に大手を振って協力してくれる事になった。




 最悪魔法でなんとか、とも考えていたが現代に【魔法】が存在してしまっている以上、【精神干渉系魔法】などで無理をするより、父さんに任せたほうが安全で確実だと判断。




「素敵なお父様。勇者の真面目な性格にも納得」




「生真面目すぎて逃亡生活送らされてたら世話ないけどな」




「今のは減点。罰として今晩は料理一品抜き」




「それは……すいませんでした」




「うん、素直で真面目なのが勇者の良いところ」




 僅かな談笑。




 こんな穏やかに朝を迎えられる日が、来るなんてな。




 この穏やかな平穏を守る為にも、『異世界』からの不穏なしがらみは早いうちに断ち切ってしまおうか。


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