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第0話:泣け、叫べ、そして死ね!!

 世の中ってのは理不尽だ。




 これは俺の経験が間違いなく物語っている。




 俺の人生を理不尽と言わず何を理不尽と言うのか。




「追え!今日こそ逆賊勇者の首を打ち取れぇえ!」


『おぉおおお————っ』




 一人疾走する俺の後方にはたった一人の三十路折り返しを迎えた男を追いかける数百の騎兵。




「——鬱陶しいな! シュナイム、頼んだ」




『えぇ〜こんな可愛さの塊で世界に愛されてやまない美少女のボクにあんなムッサい連中おしつけるのって、どうかと思うよリョウマちん』




 必死こいて走る俺の肩に突然現れた異世界でも類を見ない薄青色の猫。




「言ってる場合か! 俺は、目の前の、敵で忙しい!」




 一体何人掛かりでたった一人を襲うつもりなのか、待ち伏せによる伏兵が見通しの悪い木々の影から速度的に休止できない俺の動きにタイミングを合わせ、ギロチンの如く正面から首を狙った大剣が両側から迫る。




『もぉ〜繊細な女心がわからないかなぁ〜、はぁ〜あ、ソフィアちゃんも可哀想に』




 肩から聞こえる呑気なため息など聞き流し、俺は首筋に迫る凶刃をスケートリンクで披露するイナバウアーなみの上体逸らしで躱し、起き上がる反動のまま両側に短剣を投擲、両サイドの敵が眉間から血を流し同時に倒れ込む。




 気がつけば空中に舞い上がっていた薄青色の猫が前足を地上に向けて振るう。




 その仕草は確かに可愛らしいがその後起きる現象に可愛らしさなど皆無だ。


 


 突如天空から降り注ぐ滝のような質量の『水』が後方から迫っていた大群を押し流し濁流となった水の流れは人の命など塵芥のように呑み込んでいく。同時に弾けた水飛沫が雨粒のようにあたり一面へと降り注いだ。




「やりすぎだっ、それが可愛いを自称する奴の攻撃かよ!まったく——っち」




 木々の広がる森を駆け抜け、その都度奇襲をかけてくる兵達に向けて使い捨てるように短剣を取り出しては投げ、仕留めていった先。




 木々の開けた場所には杖を構え魔法式を展開させた集団。




「放てっ! 森ごと焼き払っても構わん! 逆賊勇者を仕留めよ!」




 真っ直ぐに飛んでくる炎の塊が無造作に俺の周囲へと着弾し辺りの木々を燃やす。




「もういい加減ほっといてくんないかねぇ! どんだけ俺に執着すんだよあの王族ども!」




 退路を断つように炎の牢獄が俺を囲み、




『ノン!そもそもこの程度でマスターを仕留められると思ってるあたり超ウケる。学習しないってそんだよねぇ〜? マスターには、シャロシュたんが翼を授けるよぉ〜! ゆう〜きゃんフライ!ノン、フリーダム! ノン!ライフっしょ』




 煩わしい声が脳内でガンガンと響く。




 同時に俺の背中には黄金色の雷光がそのまま形を成したような荒々しい翼が二対顕現した。




 勢いよく上空へと舞い上がった俺を追いかけるように風や土塊、炎と様々な魔法が飛来。




『わっちの御方様に何をいたしんす? 無礼でありんしょう』




 どこか艶のある声が剛風と共に響き、翡翠色の色彩を伴った風の障壁が全ての魔法をかき消した。




「ハメシュ、サンキュー。シャロシュは雷借りるぞっと」




【アイテムボックス】から取り出すのは、その辺の上級竜から剥ぎ取った素材で作った無骨だが頑丈な片刃の大剣。




 勇者の聖剣なんてコイツらには勿体なくて使う気にすらならない。




 片刃大剣に背中の『雷翼』が纏わりつき、浮力を失った俺は自由落下に任せて落雷のごとく上段に振り上げた片刃の大剣を真っ直ぐに地面へと振り下ろした。




 鳴り響く雷鳴、爆砕する地面。




 雷は唸る大蛇のように爆ぜた地面に足元を掬われ、また呑み込まれた魔法兵の集団を舐め尽くしてその命を消し炭へと変え、森だった場所はもはや隕石が衝突した荒地の様相を呈す。




『アタイは〜マスターこそやり過ぎだと思うんだけど?ノン、ラベージだよ』


『わっちもコレはシャロシュに賛同でありんす』




 敵の姿など文字どうり跡形もなく消しとばしてしまったらしい俺は脳内で響く苦言に居心地の悪さを感じながら誤魔化すように、気持ちを切り替えて前を向く。




「今日は一段と執拗な襲撃だったな……」




 手の中に残る慣れ過ぎて麻痺してしまった嫌な感触を握り締め、俺は先を急ぐ。




「夕刻前には着きたいな、()()()()()()()が俺の供物に首を長くし過ぎているだろうから」




 壊滅した森を抜け、切り立った崖を滑り降りながら目的地である『廃村』にて静かな日々を送っているであろう『魔王』と『娘』の姿を思い浮かべ、地を蹴る足に力を入れた。




 崖を下り切った先。




 そこに広がっていた光景に俺は眉間を寄せ、強く舌を打った。




 まさに戦争を思わせる布陣で待ち構えている兵装の軍団。




 今日は本当に、俺をイラつかせやがる!




「いいぜ、酒盛り前の大盤振る舞いだぁ! アルバ! エハド!」




 俺の呼びかけに応じて地面から盛り上がるように現れ、俺を跨らせた土色の巨大な狼と付き従うように生み出された土の獣が数千頭。




『今日は景気がえぇのぉオジキィ! ワシも丁度暴れたい気分じゃけぇ、丁度ええ』




 突き進む土の獣が布陣していた大群とぶつかり、()()()()()の馬鹿げた戦争が幕を開ける。




「悪いが速攻で終わらせてもらう! いい加減滅びやがれ! ヴァルデア王国のクズ王家っ!」




 土色の巨浪に跨り、大群を蹴散らしながら盛大に駆け抜ける俺は土の魔法で作り出した長槍を振り回し地面へと突き刺す! 




 瞬間波打つ地面、先ほどまでの盤石な大地は見る影もなく、あたり数キロが泥沼へと変貌。兵どもの身動きを完全に封じた。






「生憎と、情け容赦をお前ら『人間』にかけるつもりは毛頭ないんでな」






 身動きの取れない兵どもにトドメを刺しながら沼地を駆け抜けた巨浪。




 だが、それを見越していたと言わんばかりに囲い込む人の波が沼地と化した大地を取り囲むように現れた。




 その数は数万を超えているようにさえ思えた。




「ここで奴を殺さなければ、我々人間は常に脅威に晒され続ける!」


「魔族と結託し、人間を裏切った悪魔を殺せぇええ!!」


「魔法部隊! 弓部隊! 遠方から狙撃開始! いくら彼奴が恐ろしい化け物でも、数万の魔法と矢から逃れる術はあるまい!」




 沼地にハマって身動きの取れない味方の兵など最初から捨て駒であるかのように完全包囲から放たれた数万の魔法と矢の豪雨が、絶望に染まる元味方の兵たちと、ただ静かにその光景を人ごとのように眺めていた俺へと降り注ぐ。




 心からの嘆息。




 あまりに愚劣な『人間』の在り方にもう溜め息以外出てこない。




 なにより、()()()()()()()()()()()()()()()俺は武器を全て納め、巨浪から降りたった。




『フハハハ! 無知蒙昧な愚物どもが妾と主人殿に、埃を降らせてなんとする!』




 少し幼く聞こえる少女の声があたりに響き渡る。




 瞬間、迫っていた数万の魔法と矢の豪雨が()()した。




 文字どうり、水だろうが土塊だろうが火だろうが俺を起点に広がった超高温の熱波の前に等しく蒸発した。




「エハド、今日は本気でやっていいぞ」




『——っ! 心得た! 主人殿の契約精霊、『炎虎』たる妾の全霊を持って、遍く全てを灰燼とし、無に帰そう。灯蛾の如く……燃え尽きろ!』




 どこかで聞いたような懐かしい台詞を吐きながら響いた少女の声。




 そんな気の抜けた声と台詞からは想像できない凄惨な地獄が俺の眼前に広がっている。




 例えるならそれは、俺の周囲三百六十度に発生した『炎の津波』だ。


 


 赤と黒の正しく業火と呼ぶに相応しい禍々しさを伴った終焉を思わせる炎の津波が人間も大地も大気すらも呑み込み、この世から消し去っていく。




 エハドが満足して姿を消す頃には、俺が立っている場所だけをポッカリと残し、無慈悲に結晶化した死の大地だけが永遠と広がっていた。




「さてと、行くか」




 酒と干し肉、偶然手に入ったチーズの入った袋を小脇に抱え、俺は歩き始めた。




 この理不尽な世界でただ一人残った唯一の友が待つ『廃村』へと向かって。

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