第六話 復讐の誓い
翌日、ニュースはWARTの「輝かしい成果」を大々的に報じていた。時の総理大臣は、満足げな表情でカメラに向かって語る。
「我が国の精鋭、WART部隊の活躍により、凶悪なヒグマは速やかに駆除され多くの尊い命が救われました。これは、国民の安全を守るという我が政府の断固たる決意の表れであります!」
葬儀場の片隅。黒い喪服に身を包み、佐々木勇と凜の遺影に静かに手を合わせる。悲しみに打ちひしがれる佐々木と妻の姿がいた。
「神木…」ふいに佐々木が呟く。
「ありがとう…ヤツらを始末してくれて…敵をうってくれて…」
「お前は部隊に戻るのか?」陸は佐々木に尋ねる。
「あぁ、もう誰にもこんな思いを味あわせたくない。だからこの手でやらないと」
佐々木の目には強い決意が込められている。
「早死にするぞ…」
「…俺はもう死んだも同然だよ。死に神だ…アイツらごと一緒に地獄へひきずりこんでやる」
そういうと出棺に向かっていく。勇に救われた多くの児童たちが、涙ながらに2人の出棺を見送っている様子が映る。
人の命を救うために自らの命を厭わなかった小さな戦士の名は、人々の記憶に残り続けるだろう…
静かになった式場の帰り道、陸は田中に訪ねる。
「お前、なぜあの時、ついてきた?」
「…俺は…ただ強くなりたいだけだ。誰かを守れる人間になりたい。だから正直めっちゃ怖かったけど…もう逃げたくないって思った」
「…」
「それに…お前とだったら殻破れるかもって思ったんだ」
「お前…早死にするぞ」
「プッ…どんな口癖だよ?そもそも、それを言うなら神木、お前の方が先だろ」
陸はうっすらと笑みを浮かべた。
「はぁ…お前でも笑うことあんだな。ってか、なんでそこまでして遺体回収しようとするんだよ?」
陸はふいに立ち止まる。その瞳の奥には深く暗い闇が広がっている。
「…ヒグマは、殺した人間の体をどうすると思う?」
「え…?」
「バラバラにして見るも無惨な姿にするんだよ…だから俺はあの化け物に、懸命に生きてきた人たちの最期の尊厳まで踏みにじらせたくない。それだけだ」
脳裏に映るのは20年前、母の遺体を引きずっていく熊とそれに対し何も出来ず泣いていただけの自分。
「お前…過去に何があった…?」
「…」
何も言わず歩いて行く。
その頃、陸上自衛隊の研究施設では白衣を着た研究員・水野響子が、回収されたヒグマの組織サンプルを分析していた。
「信じられない…」
「水野さん、どうしました?」
そのモニターに映された驚愕の事実に目を見開いている。
「これ見て。この個体…戦闘による損傷とは別に、内臓組織に異常な細胞増殖の痕跡がある…まるで、外部から何らかの『促進因子』を投与されたかのような…」
「促進因子…」
「それとこれも…」
そこには謎の塩基配列、自然界ではありえない遺伝子パターンを示していた。
「!?…この熊ってまさか…?」
司令部では、月島がモニターを見ている。
部下が話しかける。「にしてもよく考えましたね。拳銃は“緊急避難行動”。小銃は“訓練中に流れ弾に当たった熊が死んだ”…熊に浴びせたの流れ弾って数じゃないでしょ…笑」
「警察庁はこっちの味方だから銃の発砲許可は割と下りるんだけど、環境省がね。動物への射撃は法律違反だって…普段ないがしろにされてるだけに主張が強くて…敵に回すと全国の演習場周りが後々面倒なのよ」
「縦割り行政ってのはややこしいですね。にしても…」
振り向いたモニターに『熊出没情報』の表示。地図には、熊の目撃情報を示すマーカーが、点々と南下しているのが分かる。その終着点は、まるで意思を持っているかのように、本州を指し示していた。
「やはりスピードが上がってますね。」
「冬眠に入る前に本州到達は絶対阻止しないと…」
その目線の先には北海道と本州をつなぐ青函トンネルが…
総理の言葉が、空虚に響く。
『…今回の事態を重く受け止め、政府はWART部隊のさらなる増強を検討しています。特に、これらの異常な熊が津軽海峡を越え、本州へ上陸する事態だけは絶対に阻止しなければなりません。これは、まさに国家的非常事態なのであります!』