第四話 悪魔との対面
”許可する”…その言葉を聞くや陸は校舎の方へ走り出す。
「おい!俺も行く…」
田中は、その後ろ姿を追いかけようとするがその瞬間なぜか足が止まった。熊に襲われた仲間たちや男性教師の亡骸…もし自分もそうなったら…初めて遭遇したまだ生暖かい恐怖に呼吸が荒れる。
「危険だ…お前は残れ」
陸はその様子を一瞥すると今度こそ駆けだしていった。
「…」
俺はずっと臆病なままなのか…仲間がやられても何も守れない弱虫だ…かつて大切な”誰か”を守れなかった自分の姿がフラッシュバックする。
違う!…俺は誰かの命を救うために自衛隊に入ったんだ。強い意志と共に銃を構え直し、足を蹴り出した。
「待て!俺も同行する!」猛ダッシュで陸を追いかける。
「お前一人で行かせるわけにいかねぇ!これは佐々木の敵討ちだ!」
陸はやれやれといった顔をしながらもその決意を無言で受け入れた。
司令部では月島がその様子に気が気でなかった。なにせ相手は腕の一振りで人間の胴体を八つ裂きにする怪物だ。しかも自衛隊員は人を相手にする訓練を受けているが、熊に対しては練度は低い。
だが郷田副大臣をはじめとするお偉方はまるでコロシアムでも見るように、高みの見物を決め込んでいる。
陸と田中は再び、静まり返った校舎の中へと足を踏み入れた。廊下には二人の足音だけが響く。だが探せどやはり熊のような影も、佐々木の子どもたちの姿もない。
「どうなってやがる…」
すると田中が点々と続く血の跡を見つける。
「神木、これ…」
「おかしい…さっきまでこんなものなかったはずだが…」
「まさか?佐々木の子どもたちの?」
神木は頷いてこれを追跡する。神経を研ぎ澄まし、一歩、また一歩と進む。そして美術室の前を通りかかった時、ふとその血痕の先に一人の少女を見つけた。駆け寄ると、その名札には“ささきりん”と書いてある。
田中は絶句する。「佐々木の娘…?」
陸は彼女の呼吸を確認する。もはや息はないよう…その瞼を優しく撫でて目を閉じさせと、その亡骸を背負おって連れ帰ろうとする。
「お前、徹底してんな」
一方、司令部にてボディカメラから送られるその様子を見ていた月島は、違和感を覚える。
「校舎の館内図を!」
…そもそも、さっきまであれだけ校舎内を探したはずなのに熊も少女も見つからなかった…なのに今度はわざとらしく付けられた血の跡…まさかこの熊…?
”周囲を警戒!熊が近くに潜んでる可能性がある”
「熊が?」
言われたとおり周囲を見渡すと、廊下の向こうの方、暗がりの奥に小さな人影のようなものが見えた。
「ん?」
その人影は少年ほどの背丈で、ふらりふらりと力なくこちらに歩いてくる。
「あれは!?おーい!」
田中はその姿に見覚えがあるようだ。無事を喜ぶように声をあげる。
「君…勇くんだろ!佐々木勇くん!?俺だよ、田中!」
だが彼は返事をしない…
「そうだよな、怖かったよな…俺だよ、覚えてないか?お父さんとは工科学校の同期で…」
田中が呼びかけながら近づこうとしたその瞬間、月島が叫ぶ。
“気をつけて、これはヤツの罠!”
「え?」
足を止めると、少年の背後からヌッと暗闇にまぎれて巨大な黒い塊が現れた。
「!!!!」
それは三頭目のヒグマであった。その口には、ぐったりとした佐々木勇の体が咥えられていた。既に息はない。
あぁ、見つかっちゃった…そう言いたげな目でこちらを見つめる。
“ヒグマの鋭敏な嗅覚と聴覚を考えれば、既に自分たちの動きは筒抜けだったはず、だからこの熊は最初グルグルと回遊できる校舎の構造を利用して、こちらの動きに合わせて鉢合わせないようにしていたの。そして、今度はわざと遭遇するように仕向けた”
「わざと遭遇するように…?」
「不意打ちであなたたちを殺すためよ」
実際に、ヒグマはわざと足跡を逆に遡って藪の中に潜み、追ってきた猟師を襲う例がある。それほど頭が良いのだが…にしても知能が高すぎる。
陸と田中はとっさに20式小銃を構える。
「てめぇ…!!!!隠れんぼは終わりだ!熊のクセに余計な知恵付けやがって…」
だがヒグマは怖れる様子もなく陸と田中を真正面から見据えた。その目は、生きるのに必死な捕食者のそれではない、ただ面白半分に命を弄ぶ悪意のようなものが宿っていた。まるで二人を嘲笑うかのように、咥えた勇の亡骸を、おもちゃのように左右にぶらぶらと揺らす。
「くそっ!佐々木の息子に手を出すな」
するとヒグマはこれ見よがしに口にくわえた少年の亡骸を飽きたとばかりに、無造作に廊下の隅へと放り投げた。