第三十九話 最後の対決
全員がじりじりとその巨体を追い詰めていく。全ての感覚器を奪われたその巨体は、初めて恐怖を感じたように身動きを止めた。
全員が跳弾を受けないように、一列に並ぶと銃身をそちらに向けた。
合図は一瞬。
3…2…1…
と、その時、田中の震える指が金属音を鳴らした。
一瞬の間に熊は猛突進してきた!
「ひるまな!今だ!!」
激しい閃光が隧道内を照らす。今まさにコチラに猛突進する黒い巨体が見え隠れする。
そこに何百発という弾が向けられる。
グ…ガアアアァァァッ! グオオオッ!
ガンマは隊員達の眼前あとわずかという場所で、巨体を揺すって苦悶の咆哮を上げる。その黒曜石のような瞳が、苦痛と戸惑いで濁る。
「今だ! 食らいやがれ、化け物!」
田中が2発の弾を立て続けにガンマの口元、眼球にと撃ち込む!
その動きが鈍った一瞬の隙。陸は、疾風のように駆け出すとサンダーを突き刺すが、冬期に向け脂を蓄えたその体には致命傷は負わせられない。
だが、陸はかまわずその危険な爪の攻撃をかわしながら、一打!もう一打!と猛攻を加えて、熊の巨体を押しやる。
そして、足下があるレールに乗った瞬間に無線で月島に吠えた!
「今です!」
すると、保守用のブレーカーが再び入れられ、青函トンネルの電源が一気に復旧する。すると熊の踏んでいた保守用高圧電流ケーブルから火花を散らしながら、ガンマの巨体に電気を流れ込む。
ギ…ギャアアアアアアアァァァァァァーーーーーッ!!!!!!!!
凄まじい閃光と轟音。トンネル全体が振動し、空気が焦げる匂いが鼻をつく。ガンマの巨体を、数万ボルトの電流が貫いた。漆黒の体毛は逆立ち、焼け焦げ、バチバチと音を立てて火花を散らす。
ガンマは全身を激しく痙攣させ、人間には決して真似できない、この世のものとは思えない断末魔の叫びを上げた。それは怒りか、苦痛か、あるいは裏切られた悲鳴か。
やがて、その巨大な体は力を失い、水煙を上げながらゆっくりと横倒しになり、完全に動かなくなった。
トンネル内に、静寂が訪れた。耳鳴りのような高周波音の残響と、鼻を突く焦げ臭い匂いだけが、現実感をかろうじて繋ぎ止めていた。
田中は、荒い息をつきながら立ち上がり、倒れたガンマの傍らでそれを見下ろす。
「終わった…?」
「あぁ…多分…そう願う」
「陸さん、田中さん…ご無事で…本当に…よかった…」
風間も、ふらつきながら駆け寄ってきた。彼の顔は煤で汚れ、疲労困憊していたが、その穏やかな目には、任務を遂行した安堵と、仲間への気遣いが浮かんでいた。彼のドローンは、最後の1機も役目を終えて床に落下していた。
陸は、トンネルの遥か先、出口から差し込む微かな光に目をやった。
再び入った無線から声が聞こえる。月島だ。
「ありがとう。これで最後になると思う。あなたたちがいる限り、この国は安心だと思う」
月島団長はそう言い残すと連行されていく。彼女の内部告発は、既に世間を騒がせていた。何かを変えるきっかけになるのだろうか。
その数日後。そんな安堵の空気が漂う青函トンネルの北海道側とは反対側、本州側で衝撃の事実が明らかになっていた。
それは、監視カメラに写っていた映像に…
「小熊です。なぜか完全に封鎖されていたはずの青函トンネルから子熊が出てきていたんです」
「まさか。ガンマは目くらまし。本当の目的がコイツの本州上陸だとしたら…」
「しかも、この子熊の眉間の傷って、森での特定個体ベータ討伐の際に、隊員が撃った通常種の母グマの子熊じゃないですか?」
「すぐに周囲に落ちている毛からDNAをとって調べろ!」
そう、実はあの佐々木が殺した通常種の母熊、その子になぜか血の繋がらない特定個体の遺伝子をもつ子熊が混ざっていたのだ。
その映像を見た水野は呟く。
「おそらく。これは別の種で言う“たく乱”。遺伝的繋がりがない熊を育てさせられていたのかも」
「熊がたく卵?」
「おそらく特定個体は脳の発達のために、余計に生育に時間が掛かるのよ。ちょうど人間のように。しかも特定個体は繁殖力が強い分、子どもが多くなるので全てを一人で養いきれない。それで適応術として、小熊には本当の子を殺して、その子に成り代わって育ててもらうことを学習した可能性がある」
「悪魔みたいな話じゃないですか…」
「えぇ、悪魔よ。こいつらは…」
「それが本州に一匹潜り込んだとして、でも繁殖は不可能では?ヒグマとツキノワグマでは交配は不可能ですし」
「言い切れるかしら?既に生物学的にあり得ない事はたくさん起きているのよ」
青森の奥深い森、眉間には傷をたたえた子熊は森の中に消えていく。




