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第二十九話 生き残った意味

ズボ!


…なんとか気力を振り絞ってナイフを一振り天へと差し込むと、小さな穴から月明かりが差し込んだ。それと同時にキンと凍り付いた空気が流れ込む。


どれほどの時間、雪を削り続けていたのだろう。視界も無い中、自分に掛かる体重だけを頼りに上へ上へと向かって雪崩からの脱出を果たした。


「田中!!!」


すると静まりかえった森の奥、かすかな音が聞こえてくる。それを頼りに近づくと、陸は上からその場所を削り始めた。


「田中!!!」


「ぅ……ぉ………」


間違いない!ココにいる、何度も何度もナイフを振りかざし、30分ほどでようやく田中を掘り出した。


「ぷはぁ…空気うめぇ!!酸欠になるかと思った」


腕を掴み、田中を引き上げるとようやく冷静に周りを見渡した。GPSで見る限り、かなりの距離を流されてきたらしい。佐々木らは無事だろうか…


すると、さっきまで身体を動かしていたため汗まみれの身体に、新雪を巻き込んだ凍てつく寒風が吹き込み急激に体温を奪っていく。



「とにかく今日活動するのは無理だ。寝床作んねぇと」


陸と田中は、やむなく彼らは近くの岩陰に風を避け、携行していたスコップで雪洞を掘り、ビバークすることにした。狭い雪洞の中、互いの体温だけが頼りだ。レーションを口にするが、味はほとんど感じない。重い沈黙が支配する中、不意に田中が口を開いた。


その声は、微かに震えていた。


「あいつら無事かな?」


「…?」


「佐々木たちだよ」


「雪崩についてはおそらく無事だろう。流された時点で俺たちとは100mほど間隔があったからな」


「…にしても雪崩ってのは本当抵抗する間もなく流されんだな」


「あぁ、流されてみないと分からんことも多いな」


「津波ってのもこんな感じだったんだろうか?」


「…?」


「俺さ…中学生の時、東日本大震災にあってさ」


「…」


田中は、俯いたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。津波が町を飲み込む中、彼は必死で逃げた。すぐ隣で、助けを求める友人の声が聞こえた。一緒に逃げていた一人が、その声に応えて助けに戻った。だが、彼は振り返ることができなかった。背後から迫る恐怖に駆られ、ただ自分の命を守るために走り続けた。そして…彼だけが生き残った。


「俺は…守れなかった…すぐそこにいたのに…気づいてたのに…見殺しにしちまったんだ…!」


陸は、幼い頃、目の前で両親を熊に奪われた記憶を思い出した。目の前で父が、母が、無残に殺される中、何もできなかった無力感を…。


いつしか田中の声は嗚咽に変わっていた。


「俺だけが生き残っちまった…一番自分のことしか考えてなかった俺が…神様はなんで俺だけ生き残らせたんだって…ずっと…」


「…」


「あぁ…つまんねぇ話、聞かせちまったな。寒さで頭が働いてねぇのかも」


田中をずっと生き残った事を苛んでいた。陸は静かに呟いた。


「それでもお前は誰かを救いたいと願った。自分がこの世に生き残った理由を見つけようとした。…神様にとってみたら、少なくとも俺なんかより、よっぽど生き残らせる理由がある」


田中は拳をポンと陸に胸元に当てた。


「でも俺はお前ほど強くない」


「誰かを守るのにチカラは関係ない。守りたいと、強く、強く願う心が、人を強くするから」


「あぁ…そうか…そうだよな!神木…俺、やるよ。絶対に、守り抜いてみせる」


月明かりに照らさ涙を拭う田中のらしくない顔を間近に見ながら、陸は自分の言葉を反芻した。


『守りたいと願う心が強くする』


…たしかにそうあって欲しいと願う。だけど少なくともそれは自分には当てはまらない…自分にみなぎる力の源泉は、恨みと復讐だから。


ふと小熊を撃ち殺そうとした佐々木の顔を思い出す。あの時、自分のような人間がどんな顔をしているのか初めて客観的に見たような気がする…果たして自分は神様に生かされる資格はあるのだろうか?


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