第二十二話 特別演習区域
陸の身体は放物線を描きベータに向かって飛んでいく。
と、同時に引き金を引いた。
ダン!ダン!ダン!
3発の弾丸は全てベータの胸元の一点に吸い込まれていく!
グワァァァアアアア!うめき声を上げて暴れるベータ…
「やったか!?」
「まだだ!!」
ぬかるみに着地した陸は、手に持っていたナイフをさらにその急所へ投げ込んだ。だがベータはギリギリでそれをかわすと、茂みの中に飛び込んでいった。
「弾丸3発食らって死なねぇってどんなバケもんだよ」
嘆く田中に、狩野は呟く。
「この時期の熊は冬眠に向けて脂を蓄えているから防御力が高い。にしても異常すぎるが」
すぐさまその後を追おうとする陸だが、目の前ではリーダを失い、突然、烏合の衆となった熊たちが大暴れしていて隊員の命が危険にさらされていた。これでは戦線離脱する余裕はない。
「全員集中力を途絶えさせるな!!」
結局、10分ほどの戦闘の末に半分を処分、残り半分は逃走した。
「助かった…?」
「あぁ…なんとか…」
司令部でボディカメラとドローン映像で一部始終を見ていた月島は、隊員や狩野の無事にホッと胸をなで下ろすと同時に、ベータの動きに衝撃を受けていた。
「明らかに動きが違う。アルファほど他の熊への統率力はないけど、相手を罠にはめるための狡猾さと執着心が増している…特定個体は知性が高い分、人間のように個性が強く出るのかもしれないけど…神木二曹!とにかく一度帰還を。作戦を練り直しましょう」
「了解!」
陸はそう返すと、ふと狩野の方を見やる。すると、その顔は驚きと興奮で紅潮している。
「なんだ、今のは…?50年以上、熊撃ちしてきてあんなヤツ一度も見たことない…とにかく後を追わないと」
そう言うと銃を担いでベータのあとを追おうとする。
「狩野さん!帰還命令が出ました。一度戻りましょう」
「お前らは戻れ。あいつが向かった方向には俺の故郷、新別がある…その前に駆除しないと」
「新別は、政府が指定した特別演習区域の外です。避難勧告も出ていますし、今は立ち入り禁止です…」
「そのナントカ区域って何だよ?誰が決めた?」
「…」
「お役所は勝手に線を引いて終わりかも知れないがな、その線から漏れた場所にも何十年と営んできた家や暮らしがあんだ!」
「…」
「なぁ、後生だ。頼む!行かせてくれ!」
その目には、狩野がこれまで見せたことのない焦りと、故郷への強い想いが滲んでいた。だがいくらお願いされても、演習区域のさらに外は今や熊の巣窟だ。軽装備ではあまりに危険すぎる…
「とにかく今は無理です。どうか堪えてください…」
「…くそっ!」
陸のような大男に邪魔されては先へ進むのはさすがに無理と思ったのか、狩野はやけに素直に諦めた
その後も司令部に戻るまで、度々熊の奇襲を受けて負傷者は続出。WARTはかなりの被害を受けることとなった。
そして、その日の夜、陸は今日知った熊の生態について詳しく話を聞こうと狩野の元を訪れた。だが声をかけるが返事はない…
「狩野さん…?」
覗いてみるとその部屋はもぬけの殻となっていた。




