第二十話 子熊は何を見た?
ダダダダン!
銃声が鳴り響いた!20式小銃から放たれた銃弾が母熊の体に叩き込まれ、悲鳴のような声を上げて崩れ落ちる。
「やめろ!佐々木、そいつはただの熊だ!!!」
だが恨みに取り憑かれた佐々木の耳には届かない。彼の生きているのに死んだような瞳に再び活力が戻りつつあるのが見て取れる…ふと自分が小学校で熊を殺した時に、感じた内臓から湧き上がる黒い渇望と快感を思い出す。
復讐が思考を乗っ取っているのだ。そして、こうなると彼は彼の正義が全てを支配する。
母親の亡骸のそばで怯え、震えている小熊に向けて、彼は無慈悲に再び銃を構えた。子熊の瞳は、恐怖と、そしてなぜ殺されるのか理解できないといった純粋な問いかけの色を浮かべている。まるで、許しを乞うように…。
「ムダな殺傷は禁止されている。銃を下げろ」
「フッ…当たったとてただの…流れ弾だ!」
佐々木は躊躇なく20式小銃の引き金を引いた。
ダダダダダダダン!
驚き母熊の影に潜り込んだ小熊の眉間を弾丸がすり抜けていく。運良く当たらなかったが小熊は眉間に傷を負い、血を流す。さらに躊躇無く撃ち込まれる銃弾は母熊の骸を無残に引き裂いた。
陸が、佐々木の腕を強引に押さえ込む。
「やめろ!」
「どけ、神木!こいつも所詮中身は獣だ!殺さなければ今度は人間を殺す!」
「…気持ちは分かる。だが…」
「分かるものか!こっちは家族を殺されたんだぞ…」
「俺も…熊に両親を殺されたんだ…」
「!!」
陸の言葉に、佐々木の銃口がわずかに揺れる。
「俺が小学生の頃、山で山菜を採りに行った時に目の前で殺された…しかも、その熊は俺の母親の胴体をズタズタに引き裂いて森の中に引きずって行った…」
目の前には銃弾の雨に血と肉の塊のようになった母熊の死体が横たわっている。そこに寄り添う小熊を見て、あの当時の自分を重ねた。
「神木…今の話、本当か?」
いつからそこにいたのか、田中は陸の話を立ち尽くして聞いていた。田中の中で、これまでの神木の神がかった闘いぶりと遺体を何が何でも守ろうとした執念がようやく一致したようだ。
「俺も同じなんだ…熊に復讐したいから隊に志願した。だけど…殺しても殺してもスッキリするどころか、あの日の光景が蘇ってきて心に取り憑くんだ。そして、改めて気づく。あぁ、戻ってこないんだな…亡くなった人たちはって…」
「…」
「佐々木…今その小熊を撃ったら、あんたの中の何かが本当に壊れてしまう」
「もう壊れてるよ…」
「いや、お前はまだ戻れる」…俺のようになってはダメだ。
かなり深く索敵に行ってたのかようやく合流した狩野は、子熊を一瞥するとほんの一瞬、眉をひそめた。その鋭い目が、何かを探るように子熊の姿を捉え、すぐに普段の老獪な表情に戻った。
「…こいつはただの子熊。母親も死んだ以上、どの道この森で生き残ることは不可能だ。不必要に殺せば山の神の怒りを買う」その声は妙に平坦で、どこか感情が読めなかった。まるで、感情を押し殺しているかのようだ。
佐々木は、陸と狩野の言葉に、そして子熊の怯えた瞳に、苦々しい表情で銃を下ろした。
「戻るぞ」
成果なく来た道を戻る隊員たち。誰もが無口で、重たい空気が漂う。佐々木のむき出しの復讐心…陸の過酷すぎる過去…WARTが抱える因縁が霧のように視界を覆い始めていた。そんな時だった…
「これ、見ろ」
「大きい」
そこにはコレまでとは比較にならない大きな足跡が…
「熊だな。体長5mはゆうに超えている…こんな熊見たことない」狩野はしげしげと見つめ、その行く先に目をやった。すると、佐々木はその先へと足早に進んでいく。
「佐々木、気をつけろ」
「…」
転々と続く足跡を追って、鬱蒼とした森の奥へと進む。だが、その行く先はぬかるみとなっており、足に泥がまとわり動きづらい。そして…
「足跡が途絶えている…?」
「はぁ…なんだよ」
田中は緊張の糸が切れたように声を上げ、来た道を戻ろうとした。だが…「待て」それを神木が制した。さらに狩野は身をかがめるよう促し、静かに周囲を見渡した。
「匂う」
風上から匂う生臭い腐臭…だがそれは微かだ。
「なんだよ。匂いなんてしねぇよ!」
「シッ!」
前にもあった、熊の知恵。足跡をわざと付けて折り返して途絶えさせ、来た道を戻ろうとする猟師を待ち構える作戦。
「これももしかして…」
とその瞬間!
「うわぁ!」
忠告を聞かず来た道を戻ろうとした田中はぬかるみに潜んだ穴に足を取られ、ズルッと豪快に身体を泥にとられた。
「くっそ!ってか、なんだ、この穴は?」
さっきまで通ってきた道中には、無かったはずの陥没穴が。しかもそれは落ち葉などで巧妙に隠されているようだった。
「どうなってる?」佐々木は、手を貸して田中の身体を起こす。
「いや~わりぃ。うっかりした」
一同の注意がそちらに向いた瞬間、
グアアァァアァ!
藪の中から熊が襲いかかってきた。




