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第十四話 熊の王

混乱と絶望の極みの中、別の方からも悲鳴が上がる。ステージ上に「王」が姿を現した。明らかに他の者より大きな身体…


「特定個体アルファ…?」


それは月島の分析によって名付けられた個体群。ヒグマの中でも、知能が高い個体群を亜種と呼び、その中でも特に大きく知性が高い個体をアルファと名付けた。普段、熊は群れをなすことはないはずだが、アルファの元では、その下に亜種、さらに下に通常種が従うというヒエラルキーが形作られる傾向がある。そして、この群れの中では、熊の動き全体がまるで明確な意思を持っているかのように狡猾になる。




アルファは、他の熊たちを睥睨し、冷徹な知性を宿した瞳で眼下の惨状を見下ろしている。その姿は、絶対的な捕食者であり、同時に、この恐怖劇の演出家そのものだった。


「…来たか…!」


田中はサンダーをフルチャージして構え、アルファを睨みつける。




モニター室に戻った月島に官邸から連絡が入る。それに耳を傾ける彼女の目には強い意志が見える。


「首相、願いを聞き入れて頂き感謝します」


そういうとWARTへ指示を送るためにマイクをとる。




“全隊員に告ぐ!これより実弾使用を許可する!何が何でも市民を守り抜き、悪夢を終わらせなさい!”


「よし!」


幸いにも逃げ延びた市民は体育館の一か所に集まっていた。田中ほか隊員たちは、小銃を構えてアルファへと一斉射撃を放つ。だがアルファはその巨体に似つかわしくない速度で身体をくねらせ銃弾を避けると、他の熊を巧みに操りWART隊員を分断し消耗させていく。


「あぁ…」「ちゃんとやれよ!」まるで野球で三振をとられたかのような間抜けな嘆き声が館内に響く。


老人や子どもも含む避難者を守りながらではまともに攻撃もできない。体育館という閉鎖空間は、熊たちにとって有利な狩場と化していく。



だが不思議な事にヤツらはアルファが現れてから避難者を殺害する事はなかった。それは大人しくなったというのとは真逆、まるで自分たちの恐ろしさを彼らの記憶にすり込み拡散させることが目的のよう…。その恐怖に歪む人間たちの様子を、いつからいたのか興味深げにかわいい小熊が見つめている…その違和感がよりこの状況の奇怪さを浮き立たせた。




司令部で月島と共にモニターを見ていた水野は呟く。


「アルファのあの動き…やはり人間のような知性があるとしか…」


その手元の資料には『ARHGAP11B 人間の大脳新皮質の拡大に関与する遺伝子』と書かれている。この遺伝子は2020年にヨーロッパと日本のチームが発見した人間固有の遺伝子で、非霊長類であるマーモセットに挿入したところ脳の神経細胞が肥大化。これにより人間が高度な知性を得る上で重要な遺伝子であるとされる。それがアルファ群からも発見されたのだ。


「人間固有の遺伝子が熊から見つかるなんて…そんな事、自然界であり得ない…?だとしたら、誰が何の目的でこんな事を…?」


「えぇ、神への冒涜としか思えませんね」


月島の顔に焦りがより浮かび上がる。




そうこうしているうちに隊員たちは次々と負傷し、弾薬も尽きかけていく。


「やっぱりコイツら、普通の熊じゃねぇ。まるで意思をもつ兵士と向き合っているようだ…」


そんな絶望的な状況でドローンで中継していた風間はある異変に気づく。


「団長!こいつ…さっきからドローンの方を気にする気がするんですが…」



司令部の月島は、その言葉を受けて改めてモニターをチェックする。そう言われて見ると、ドローンに対して強い警戒心を抱いているようにも見える。


水野は考えた「それほど視力は良くないはずだけど…もしかしてコイツらが気にしているのって……なるほどやっぱり熊の本能からは逃れられていないようね」


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