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第十一話 恐怖が壊すもの

“苫小牧市内で熊が出没中。住民は屋内に出ないでください”


先日のあの製紙工場での闘いの日、市の中心部では恐ろしい事態が起きていた。町外れの港湾地帯に多くの隊員が割かれて、警備が手薄になったのを見計らったように苫小牧市中心部に群れをなして押し寄せた別の熊の群れ。まるで陽動作戦の見本のように、警察は為す術もなくあっという間に市内は占拠された。


WARTのメンバーも踵を返しすぐさまそちらの対応にあたったが、神木陸の戦線離脱の影響は大きく全てが後手に回っていた。



「連日、熊のニュースばっかりですね」


病室でハードなリハビリに挑む陸に、看護師が飽き飽きしたとばかりに呟いた。あの工場での一件を境にどこか他人事だった国民の熊害への関心は一気に高まり、連日、熊関連のニュースがテレビを賑わしている。


そして今や日本はおろか世界のメディアが苫小牧に集まってきていた。




それとタイミングを同じくして、苫小牧市内では、深夜の住宅街での威嚇、特定の家の所有物の破壊、公共施設への侵入と…熊による「恐怖」を撒き散らす事件が激化。すると瞬く間にSNSには恐怖体験や目撃情報、そして根拠のないデマが溢れかえるようになった。


”熊が人間を選んで襲っている"


”香水を付けると命を狙われやすい。香水付けてるヤツは死ね”


”隣の家が自炊をやめない!熊をおびき寄せるからやめて!”


”猟師に殺された熊の子が仕返しに来たんだ。猟友会、責任取れ!”


”農家の農作物を狙ってきている。だから農家が問題”




メディアはこれら根も葉もない情報を必死で否定するが、それが逆に政府の陰謀論を書き立てるネット配信者の餌食になった。


”政府はこの熊を使って人減らしをしようとしている”


”自衛隊の活躍をショーアップして防衛費を増やすための作戦だ!”


”北海道は封鎖!物流もストップ!絶対本州に来させないで!”


道内および日本中が、恐怖によって分断され、都市機能が麻痺していく。その結果、住民は家に閉じこもり経済は停滞。物流もストップし、今や生活必需品は自衛隊による配給が頼りだ。


熊はその腕力だけでなく、人々の間に蔓延する恐怖と怒りで社会全体を疑心暗鬼に陥らせ、内側から崩壊させていた。



その根源にあるのは皮肉にも、人が持つ知性の象徴こと”想像力だ…想像力がかき立てる”目に見えない恐怖””心に湧き上がる幻影”はそこに実体がないだけに際限なく膨らみ、会話の糸口を奪い、人と人、人と社会を分断する。



その頃、WART団長・月島七海は東京の首相官邸へ呼び出されていた。


官僚たちは資料を手に淡々と状況を報告している。


「昨今の熊害により、北海道への観光客は激変。それ以外の経済活動が麻痺しており、経済的な打撃は今の時点で1200億円にのぼっています。」


「さらに苫小牧は北海道全体の物流の拠点となっており、トラックドライバーなどが出勤拒否するなどして生活必需品の流通も停滞し始めております。つきましては買い占めも…」


「さらに道外への避難を目的として、フェリーや航空便に加え、青函トンネルを利用する新幹線にも予約が殺到しています…」


「青函トンネル?早く封鎖しろよ、本州に来たらどうする?」


「ですが、青函トンネルは道外と農産品の40%、宅配便の30%を担っておりコレを止めると…」


「そんな事言ってる場合か!」


そのやりとりを手でやめろとサインを送る人物が…彼こそが日本国総理大臣だ。彼は防衛副大臣を手招きすると、睨みつけるように覗き込む。


「これでは肝いりの経済対策も水の泡だよ。郷田くん、たかが熊に何をそんなに手こずっている?」


郷田は頭をペコペコさせている。


「それについては担当者から説明を。月島くん。」


「はい。今出没している熊ですが、ただの熊ではないかも知れません…」



そういうと月島は手元のタブレットである地図を示した。


「この熊はある意思を持ったような動きを見せています」


「意思!?」

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