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第六話 作戦実行

 海が着替えてランニングに出かけたのを見届けると、私も出発する準備を行った。部屋を出るとジェニファーが待っていた。そして、恭しく頭を下げる。出発前にジェニファーと会えた事は僥倖だ。心がとても温かくなる。


 彼女は、私たち姉弟が道明寺家の養子になってから、ずっと世話をしてくれた恩人の一人だ。私たちにとっては姉の様な存在だ。いつも穏やかで、柔らかな笑みを讃える彼女に、私はいつも癒されて来た。助けられて来た。だから、頼ってしまう。


「麻沙子さん。今日の予定は頭に入っているかしら?」

「はい、お嬢様。本日は午前中に研究所にて職員と打合せ、午後は新幹線で大阪へ移動しホテルにチェックイン。十九時から学会理事の大城誠様を含め、監事の村田信二様、他三名の代議員方々と懇談会となっております」

「バッチリよ。それでは、今日はよろしくお願いね」

「お任せ下さい。お嬢様の代役、完璧に果たしてみせます」

「ありがとう。いつも、申し訳ないわ」

「いいえ。この程度であれば、いつでもお言いつけ下さい」


 この任務は、私の人となりを良く知っているジェニファーにしか出来ないと思っている。そして私は、この日の為にジェニファーへ『開発中の新薬』や『医薬の知識』等を話して聞かせた。

 

 ジェニファーの理解度は、私の部下と比べても引けを取らない程に高かった。恐らく、こんな時も想定して常に準備をしていたのだろう。とても優秀だ。私の研究室に欲しい位だ。


 ジェニファーならば、十二分に私の代わりを勤めてくれるだろう。変身用の薬を含めて必要な物は持った。準備は万端だ。そして私は家を出てテレビ局に向かった。

 まだ日が昇ってない時間だ、リニアは動いていない。必然的にタクシーで移動する事になる。残念な事に、今回は製薬会社の業務では無いため経費では落とせない。こんな事ならば、何か手軽な移動技術でも発明していれば良かったと思う。

 

 局から少し離れた場所でタクシーを降りる。そして『身長変えちゃうぞ完全版』と『性別かえちゃうぞパーフェクト』、それに『声だって変えちゃうぞフッフー』や『コスプレしちゃうぞエキサイティン』等を飲んで男性へと変身する。


 目指した人物像は没個性。言い換えれば社会に埋没しがちな、目立たない人物だ。中肉中背で有り、決して目立つ容姿では無い。身長も平均的であれば、中肉中背の体形。一見して特徴の無い人物が望ましい。


 作戦実行中の私は、他人に覚えられていない事が重要なのだ。そこに居たはずなのに、居なかったようにも感じる。それが理想だ。それでこそ作戦がスムーズに行く。


 変身後に私は、従業員用の出入り口から局に入る。そして、早速業務を開始する。


 業務においては、ロールプレイも重要になってくる。没個性を目指すのだから、役に立ちすぎてはいけない。失敗続きで目立ってもいけない。いつの間にかそこに居て、いつの間にか業務を終えていて、次の業務に移る。それが私の求められるロールプレイだ。


 局での私の立場は、アシスタントディレクターというやつだ。いわゆる雑用だ。企画会議であれば資料作成から、会議室の手配や下準備、飲み物などの手配までもが業務の範囲内だ。ロケや収録ならばもっとやる事が多い。

 だから、いてもいなくてもわからなくなる。飲み物の手配もするから、薬を混ぜやすくなる。


 後は、パワハラ上司などの迷惑系な奴らに捉まって、顔を覚えられないようにすれば良いだけだ。そこが結構重要だったりする。少し心配なところだ。でも、私ならやれる。この日の為に、ありとあらゆるパターンのシミュレートをして来たんだから。


 怒鳴りつけられたら、俯き気味で「はい」とだけ言って業務をこなす。決して怒鳴りつけた奴に『すっぽんぽんにしちゃうぞ』を飲ませてはいけない。そんな所で使って、問題を起こす訳にはいかないのだ。

 

 早朝は報道番組の仕事、それが終わったら午前のバラエティー番組の仕事と休みなく業務を行う。目が回りそうだし、夜まで体力が持つかどうかわからない。こんな事になるなら、当該番組が始まる前に局入りして、薬を混ぜるだけ混ぜて局を出れば良かった。


 何で、こんな早朝から局入りしたかと言えば、答えは簡単だ。テレビ局の内側を見てみたかったから。それに尽きる。


 でも、中身を見ると大した事は無い。寧ろ、見るべき所が無い。平気で頭を叩くのは、体育会系だからなのか? それとも、某偉そうなタレントの真似なのか?

 どちらにしても問題ある体質だ。これでは、パワハラ防止法などは有って無いようなものだ。


 そして、没個性を目指したからだけでは無かろう。私一人が抜けても誰も気が付かない。これ自体も問題だ。ガバナンスがガバガバなのは、某テレビ局だけでは有るまい。「人の振り見て我が身を正せ」とはよく言ったものだ。


 結局、体力が持たずに昼頃にはテレビ局を抜け出した。そして、儀蔵隆夫が局入りする予定時間に合わせて、私も局に戻った。そこからは、予定通りだった。

 他のアシスタントディレクターに紛れて、番組の準備に奔走する。その間に、儀蔵が局入りする。儀蔵を控室に案内するのは、私が率先した。薬の改良が充分だったなら、この時点で私は局から逃げても良かった。でも、試験版の効果は飲んでから直ぐに発揮される。だから、本番中の飲み物に混ぜなくてはならない。これがどう転がるかが、作戦の面白い所だ。


 海にも話したが、失敗したなら次に活かせば良いだけだ。薬を改良して、次のチャンスを待つ。テレビの生放送なんてチャンスは二度と巡って来ないだろうが、儀蔵が露出する事なんて幾らでも有る。例えば街頭演説とかな。


 そして、生放送が始まった。司会者が番組の趣旨を説明しゲストを紹介していく。『これからの日本』というテーマに政治家と評論家に分かれて議論が白熱していく。『口角泡を飛ばす』というやつだな。さぞかし喉が渇くだろうな。


 司会の女子アナが慌てている。同じく司会のタレントは、少し呆れた表情を浮かべている。どうやって止めようか考えているのか? その時にカンペで指示が出る。「巻いて」と。


 この瞬間を待っていた。用意していた飲み物に儀蔵が口を付ける。それから直ぐに、儀蔵の服が薄っすらと透けていく。予定と違ったのは、薬の効果がそこで終わってしまった事だ。


 それでも効果は充分だった。出演していた他の議員や評論家達が驚きの声を上げる。何が起きたのかわからない儀蔵は、急に立ち上がる。スケスケになったナニが露わになる。流石と思ったのはカメラマンの技術だ。一瞬だが写り込んでしまった儀蔵のナニを映さない様に、カメラを司会者へ向けた。


 場内が騒然とする、司会者のアナウンサーがしどろもどろになって状況を説明している。タレントや評論家たちは、状況が把握出来ずに大口を開けている。やがて、生放送は一旦コマーシャルになった。


 作戦の第一弾は終了だ。もうテレビ局には用が無い。未だ騒ぎが収まらない場内を後にする。そして、従業員用の出入口を潜る。後は、変装用の薬をもう一度飲んで先程とは別の男性になり、簡易ホテルで一晩を過ごすだけで良い。


 ホテルにチェックインした後に、念の為にスマートフォンでテレビを点けた。生放送は中止となったようで、コマーシャルが流れていた。ネットでは、お祭り騒ぎの様に儀蔵のナニが拡散されていた。

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