第五十三話 NPO法人の吸収
「もう出てきて良いですよ、香坂さん」
呼ばれたので、僕は物陰から出て海君たちに近付いた。それにしても海君は凄いね。僕と一緒に隠れてたって言うのに、足音も立てずに理事へ近付いて拘束したんだからさ。
「それにしても、香坂。お前は、こういう事に関してさっぱりだな」
「仕方ないよ、翠嵐ちゃん。僕は荒事は苦手なんだ」
「何を甘えた事を言っている。荒事が苦手なのは海も同じだ。寧ろ、お前よりよっぽど平和主義だ」
「まぁ、それはそうかも知れないけど……」
「お前は海に教えを請うと良い」
「そ、そうだね。それも有りかもね」
「海よ。香坂を鍛えてやれ」
「う~ん。それなら香坂さん。一緒に道場に通います?」
「そうだね。そうしよっかな?」
それよりもだ。一瞬だから見落としそうになったけど、理事の体から何かが抜けるのが見えた。あれが宇宙人の正体なんだろうね。そうすると何だろうね? 宇宙人と幽霊って同じ様な存在なのかな? 良く分からないけど。
ただ、他の理事にも憑りついてたからね。あっちがどうなっているか気になるよね。気になると言えば、薬の効果についてもだね。薬は憑りついた方と憑りつかれた方のどっちに効いてたんだろうね?
前回の『裸の王様大作戦』では、薬が効果を発揮した途端に宇宙人が肉体から離れたからね。多分、びっくりして憑依が解けたって言うのが正解の様な気がするんだ。だとすれば、今回の場合とは比較にならないよね。
それにしても宇宙人って、どういう存在なんだろうね? 不思議だよね。『裸の王様大作戦』の時は、憑依が解けた後は人が変わった様になってたからさ。多分、精神だけでは無くて思考も支配していたんだろうね。だから、憑依が解けると性格が変わった様になったんだろうし。
そうなると、今回はどんな変化が起こるのかな?
元の性格に戻るのかな? それで、自分が知らない間に犯罪を犯していた事を知って、良く分からないまま悔恨の念に押しつぶされそうになるのかな? それだと、今回の薬『洗脳を解いちゃうぞ』に関しては、効果がどっちに作用していたかは分からないよね?
だって、理事の人たちは元々が『善行を行おうとする人たちの集まり』だしね。あの薬が無くったって、寄付をするのが当然だって思うんだろうしね。そうなると、効果を確かめられないね。まぁ、確かめる方法も無いんだけど。
もし、翠嵐ちゃんにもこれが見えていたら、凄く興奮していただろうね。だってさ、翠嵐ちゃんは根っからの科学者なんだから。こういう現象を科学的に証明する為に、躍起になるだろうね。
そもそもさ、幽霊と宇宙人が同じ様な存在だと仮定するなら、宇宙人って言うのは僕ら人間とは違う次元の存在って事にならない? それとも、その推論自体が間違っているのかな? それだと、僕が『次元が違う存在を捉えられる事』がおかしくなるからね。だって、僕は霊が見えるだけの一般人なんだから。
まぁ、推論自体なら幾らでも出来るけど、確定するには根拠が足りないよね。でも、翠嵐ちゃんなら直ぐに証明しちゃう様な気がするよ。だって天才なんだし。
そうすれば、地球を間違った方向に変えようとしている悪の権化も、簡単に倒しちゃえるかも知れないね。だって、首相や各国の大統領に憑りついているのも、宇宙人なんだよね。あれは、ただの幽霊とは違った存在だと思うよ。
まぁ、何処がどう違うか説明しろって言われても難しいんだけどさ。だから、翠嵐ちゃんにも信じて貰える自信は無いんだよ。
だって、翠嵐ちゃんは幽霊をオカルト的な存在だと軽視しているんだよ。説明は出来なくても存在はしてるんだから。
僕以外にも居ないかな? 何となくそこに居るって感じるだけじゃなくて、ちゃんと見えている人がさ。探せば組織の中にも居ると思うんだよな。そうすれば、翠嵐ちゃんを説得する方法だって有るはずなんだよ。
「先ずは、香坂を鍛える事から始めないとな。海、お前に任せるぞ」
「うん。分かったよ、姉さん」
不味い方向に話が進んでいる。別に体を鍛えるのが嫌いって訳じゃ無いし、護身術を身に着けるのが嫌って訳じゃない。でも、僕には似合わないと思うんだよな。だって、僕は頭脳派だからさ。
「あっ! そうだ! 総帥からの命令を思い出した!」
「総帥から?」
「そうだよ翠嵐ちゃん! 副総帥からもだよ! 捕まった理事のその後も見届けろってね」
「それは、諜報部隊の役割だ! お前の役目じゃない!」
「違うよ、翠嵐ちゃん! 僕はその補助をする様に言われてたんだ!」
「嘘を言うな! おい、ちょっと待て!」
僕は翠嵐ちゃんの制止を振り切って走り出した。本当に道場とやらに連れて行かれたら、たまったもんじゃない。それに、興味も有るからね。他の理事から宇宙人が離れているのかどうかをね。
頭脳派と言っても、運動音痴って訳じゃないからね。走るのは早いからね。逃げ足とも言われるかも知れないけど、それは勝手に言わせておけば良いんじゃないかな。
僕はとにかく走った。走って走って、ギリギリで追い付いた。丁度、理事たちがパトカーに乗せられている瞬間を見る事が出来た。
そこで見たのは違和感じゃ無かった。宇宙人は既に居なかった。多分、逮捕された事で体を見放したのかな? もう先が無いと理解したのかな?
そうなると、薬が作用したのは人間本体で、憑依していた側には理性が残っていた事になるけど。でも、確証を得るには根拠が薄いな。
取り合えず、見たかったのはこれだけだし、後は諜報部隊に任せようか。逮捕されたなら、僕らは手出しが出来ないしね。それに、色々と面倒な手続き関係は総裁と副総裁がやってくれるから。
総裁経由で後日談は翠嵐ちゃんにも伝わるだろうし。その後位かな? 僕も後日談を知るのは。でも、確実に言える事は、理事たちは地上送りになるって事かな。
☆☆☆
地上に送られる者たちが集められる。奴らはゲートを通って地上に放たれる。それは、楽園を捨てて奴隷になる事を意味している。でも、言い換えれば自由を手にする事でも有る。
俺だって上空の事情は知っている。翠嵐たちから聞いてるからだ。
上空は完全に管理された社会だ。そこには自由が存在しない。地上では生きる事自体が戦いだ。それに俺たちは上級国民たちの奴隷でしかない。だけど、心を縛られる事はない。思想を矯正される事はない。
翠嵐の養父である道明寺空海は、俺に言った。今回、地上に送られる中に居る理事たちは、スラムの中でも別扱いにして欲しいと。
最初は何を言ってるんだと思ったが、話を聞いている内に納得した。所謂、スラムの下に特定非営利活動法人ヒューマニティ・リンクという組織を作りたいって事らしい。所謂、旧暴力団で言う二次団体ってやつだ。
どうしたって、組織を維持するのは大変だ。でも、一括管理しようとするから面倒になるんだ。組織を差分化して上下を作ってやれば良い。そうすれば、問題の発生地点が明確になる。更に言えば、上下の支配を強力にしてやれば、統制も取りやすくなる。
そういう意味で、二次団体を作るのは賛成だ。だから、道明寺空海の提案を呑んだ。そして、奴らは間接的に『革命の渦潮』にもなるって寸法だ。翠嵐は上空から、俺たちは地上から世界を変える。翠嵐との約束も果たされるのも近くなるだろう。
但し、どれだけスラムが拡大していこうとも、そのまま力が増した訳ではない。特に怒りを持続させるのは大変な事だ。どんなに過酷でも、それが続けば諦め始める奴がいる。現状に甘んじる事が一番楽なんだから。
でも、怒りは持続させなければならない。今回来た奴らは、改めて知るんだろう。地上の過酷さを。それを怒りに変えなければならない。そうでなければ、歪んだ現状は無くならない。
さて、始めようか。ここからが、本当の戦いなんだからな。




