第五十話 瓦解の兆し
宮司が店を出て直ぐに、私はお土産のケーキを買って家へ戻った。ジェニファーへケーキを渡し、そのまま部屋へと戻る。まだ、海が帰る時間ではない。だから、海の部屋を漁りたい所だ。でも、今日くらいは我慢をしなくては。何せ、まだやる事は有るのだから。
「お嬢様。お茶が入りました」
「ありがとう。ジェニファー」
「ところでお嬢様。宮司彩の件は如何でしたか?」
「あいつは、海の次に素直な奴だからな」
「では、上手く行ったと?」
「あぁ。これで警察が動く」
「それでは、最終作戦の開始ですね?」
「頼んだぞ、ジェニファー」
「お任せ下さい」
直ぐには警察は動かないだろう。だから、作戦は続行中だ。徹底的に追い詰める。それには、物理的にだけではなく、精神的にも追い詰めねばならない。だから、海の役割はかなり重要だ。
そして、海には話していないが。もう一つ、裏の作戦が存在する。それが、真の最終作戦だ。
警察を動かして理事を逮捕させる。これで終わってはつまらない。理事本人が違法に集めた資産を吐き出さなくては意味が無い。その為に、『僕の物は君の物完全版』を作ったのだ。
それを利用しなくては、作った意味が無いのだよ。決して、薬の効果を試したい訳ではない。
警察の動きは手に取る様にわかる。何せ、内部には組織の息がかかった者たちが居るからな。そいつらが情報を流してくれる。しかも、盗聴器もつけてある。ダフが、そこから必要な情報を抜き出して、私に流してくれる。
ここまでして、初めて『手抜かりが無い』と言うのだよ。宮司には分からないだろうけどな。あんな分かり易い配置をしてる位だからな。少し感が良い奴なら近付きもしないだろうよ。
☆☆☆
ボランティアの人たちが集まっている場所に辿り着くと、僕と香坂さんはリーダーっぽい人に呼ばれた。どうやら移動する様で、おっきな車が停まってた。車はおっきなビルの前で停まり、僕たちは降ろされる。リーダーっぽい人は少し高圧的だけど、これは演技なんだろう。僕も真似して演技を続けなければ。
シルビアさんから教えられた事は沢山有る。本当の事を言わない事だ。
嘘を言っても調べれば分かるし、少なくとも僕たちの情報なんて掴んでるはずなんだ。だって、明薬科学研究所の道明寺空海なんて、かなりの有名人だ。住所だって、調べれば直ぐに分かる。
僕だって不思議に感じたよ。調べれば分かるのに、何で嘘をつくのかってね。
シルビアさん曰く『相手を煙に巻く』って事が重要らしいんだ。洗脳にはかかっているけど、飄々とした感じではぐらかし続ける。これで、相手はイライラするんだって。そこに隙が生じるんだって。
その隙を作り出すのが、一番大切なんだって。
だから、僕は頑張るよ。シルビアさんに鍛えられたからね。それに今の僕は徹夜テンションだしね。ブーストがかかっている状態だしね。今の僕は無敵なんだよ。
そして、連れて行かれた場所はドアが豪華だった。ここは慈善団体のビルなんだよね? なんで、ここだけドアが豪華なんだろう? そんな疑問を感じている間に、ドアが開かれて僕たちは中に押し込まれる。
中には、豪華な机と椅子がコの字型に配置されている。そこに五人程、高そうな服を着ている人たちがふんずり返ってる。多分、この人たちが理事なんだね。その内の一人が顎をクイッてすると、リーダーっぽい人が一礼して部屋を出る。
横目でちらっと見渡すと、部屋の中には調度品が飾られている。こんなの必要有る? そう思うけど、今は任務に集中しなくては。
一番奥に座っている理事がまた顎をクイッてすると、手前に座っていた理事が立ち上がって僕たちに近付いて来る。そして、僕と香坂さんの頭に手を数秒間翳した後に、元の席に戻る。
多分、これが洗脳なんだね? 『洗脳を解いちゃうぞパーフェクト』のおかげで効かないけどね。
「道明寺海だな?」
五人の中でも、一番偉そうな人が口を開く。僕は「はい」とだけ答えた。
「先ずは家族構成を言え!」
偉そうだ。とても偉そうだ。そして、鼻息が荒らそうだ。笑っちゃいけない。僕はお腹に力を籠めて笑いを堪える。
「父と母そして」
「待て! 父と母? お前は養子では無いのか?」
ほら来た。やっぱり、僕らの事情は知られてる。シルビアさんの言った通りだ。
「はい。乳と母です」
「うん? 乳? イントネーションが変だが?」
「いえ。父です」
「もういい! 続けろ!」
ちょっと茶化してみたけど、通じたみたいだね。少しイライラし始めたのが伝わるよ。
「後は、叔母と妹です」
「叔母と妹?」
「お前に叔母は居ないはずだが? それに妹も」
「叔母は無職なので、家事手伝いをしています。妹は小学校に通っています」
「はぁ? ちょっと待て!」
偉そうな態度を崩さない様に頑張ってるけど、動揺しているのが見え見えだよ。それと、「アルファ。道明寺翠嵐は姉じゃなかったのか?」って隣に座ってる理事に何か聞いてるみたいだけど、聞こえてるからね。声がおっきいからね。
それで合ってるけど、僕は本当の事を言わないよ。それと、香坂さんは吹き出さない様にしてね。分かり易く笑いを堪えてるのが伝わって来るからね。
事前情報と違ってるから、怪しんでるのかな? それとも動揺してるのかな? 「ガンマ。洗脳をかけ直せ」なんて声も聞こえて来るよ。こっちが洗脳されてると思い込んでるんだね。だから、普通に会話をしてるんだね。馬鹿だね。
それにしても、アルファとかガンマとかってコードネーム? 馬鹿っぽいね。
それから、最初に立ち上がった人がまたやって来て、僕たちの頭に手を翳す。うん、何ともないよ。姉の薬は効いてるみたいだ。
「それで? 住所は?」
「新港区赤坂――」
「ちょっと待て!」
そうだね。調べると良いよ。それも、事前情報と違うんでしょ?
「馬鹿な! そこは警察署だぞ! 本当の住所を言え!」
「新港区赤坂――」
「さっきと同じではないか! 道明寺海は阿呆なのか?」
「リーダー。そうかも知れません」
「リーダー。隣の奴に聞いてみては?」
「そうだな」
言うに事を欠いて、阿呆とは……。でも、我慢だ。今回の僕は馬鹿な僕なんだから。
「お前の名は、香坂志遠だったな?」
「はい」
「道明寺海との関係は?」
「ボーイフレンドです」
「はぁ?」
「恋人です」
「なんだそれは!」
「恋人です!」
駄目だ。笑いそうだ。香坂さんの気持ちが良く分かった。お腹に力を入れてても、吹き出しそうになる。理事たちが混乱してる。もう、偉そうじゃなくなってる。ワタワタしているだけの、普通のおじさんに様変わりしている。
「お前と道明寺翠嵐の関係は?」
「恋人の妹です。僕を慕ってくれてます」
限界が来そうだ。もう駄目だ。そう思った時だった、理事たちも限界だったのだろう。内線電話を掛けて、お茶を持って来る様に伝えてる。一服して、落ち着こうと言うのか? そうはさせないけどね。
ただ、聞かれない限りは答え様が無いしね。こちらから何か手出しが出来ないのは、少し歯痒いかな。
そうしてる間にも、理事たちはああでも無いこうでも無いと話し合っている。幾ら話し合っても無駄なのにね。
やがて、秘書っぽい人が扉をノックしてから入って来る。お茶を配りながら、懐から何かを取り出した。
あれ? みんな気が付いてない? 何か取り出したよ! あれって、スプレーボトルじゃないの? あれ? どういう事?
そして、秘書っぽい人は一人一人にお茶を配るのと同時に、スプレーボトルで理事に何かを振りかける。理事の人も気が付いてないみたい。馬鹿なのかな?
スプレーボトルに入っているのは、十中八九『僕の物は君の物完全版』だよね? そういう事なら、秘書っぽい人は諜報部隊の誰かって事だよね? まさか、これが本当の最終作戦って事?
いやいや、そういう重要な事は教えておいてよね。




