第四十九話 宮司の決断
「お前は刑事なんだろ?」
当たり前だ。私は刑事だ。だから何だと言うのだ。それ以前に私は観測者だ。地球に住まう人間という種族の進化を見届けるのが、我らの至上命題だ。だから、これ以上は同胞の邪魔になる事はしてはならない。
「お前は何の為に刑事になった?」
それは偶々だろう。宮司が国家公務員試験を受けただけだ。しかし、意義は有った。それは、私自身が感じている。忙しい日々の中でも充足感が有る。それが何よりの証拠だ。
「悪を裁く事が正義か? それとも、裁きの場所に連れて行くのが警察の仕事か?」
裁くのは裁判所の仕事だ。我々は摘発するだけ。当たり前の事だ。道明寺翠嵐、お前は何が言いたい? 何を問いただしたい?
お前は我々の事を知っているんだろ? だから、前回の事件で我々を狙い撃ちにした。そして、今度もまた同胞を狙っている。
「何を迷う事が有る? お前は、お前の役割を果たせば良い」
それが出来ないから、迷っているんだろ? 分かってる癖に嫌な事を聞く奴だ。本当に最悪だ。
「お前の信念は何だ?」
だから、その信念に板挟みになっているんだ。分かっているんだろ? 敢えて聞いているんだろ? 嫌な女だ!
ダブルスタンダードと言われても仕方がない。私は刑事で有ると同時に、観測者なのだから。刑事としてならば、同胞を摘発するのが正義だろう。観測者としての立場なら、同胞を守るのが筋だろう。
悩んで当然ではないか? どう転んでも、私は信念を折らなければならない。どちらかを選ぶんじゃない、どちらかを捨てなければならないんだ。
答えの無い問答をいつまで続けなければならないんだ? 私を使わないでも、団体を摘発する事位は出来る筈だ。この書類さえ有れば誰かが動く。栄誉を求めて我先に飛びつく者さえ居るだろう。
そうだ。私じゃなくても良い。
「手柄を譲る気か?」
こいつは、私の心さえも読めるのか? そうだ。手柄なんぞ譲ってやれば良い。同胞を裏切るよりはマシだ。
「違うな。お前で無ければならないのだ。宮司彩!」
何故、私でなければならない? 私は単なる刑事だ。警部という立場に有っても、根本的には変わらない。私は警察という組織の中で、意見が出来る立場には無い。そんな程度でしかない。
同胞たちにも余所者扱いされている位だしな。
はぁ、全く。私が現場指揮官だと思っていたのに違っていたとはな。考えたくも無いがな。私は結局何をしているんだろうな? 何をしに地球へやって来たんだろうな?
「お前こそが、現状を覆す鍵になる!」
そんな事は無い。私は余計な存在だ。同胞の力になれない所か、追い詰め様としている。そんな事が有ってたまるか! 冗談じゃない! ふざけるな!
「もう一度聞く。お前の信念は?」
「……、信念?」
「ようやく口を開いたな。閉ざしたままかと思ったぞ」
「そんな訳が有るか! 信念と言ったな?」
「あぁ、そうだ」
「なら答えてやる! 私は私の役目を果たす! それが私の信念だ!」
そうだ。それこそが、私の信念だ。刑事として観測者として、どの立場で有ったとしても変わらない事実だ。
「それなら、お前でなければならない理由も解るな?」
そんな事が理解出来てたまるか! 誰に譲っても構わないだろうが! 結果的に国が良くなれば良いんだ。
「また、迷い始めたな。良いか? お前は周りを見渡した事が有るのか?」
「どう言う事だ?」
「お前と同じくエリートと呼ばれる存在たちの事だよ」
「彼らがどうかしたか?」
「何も分かってない様だな。奴らは警察としての本分を全うしていると言えるのか?」
言われてハッとした。私と同様に国家公務員試験を通ったエリートたちは、基本的には仕事をしない。朝、署に来るとネットの記事を読みながらコーヒーを飲む。それから、適当に部下へ指示をして、適度に部下を叱って、時間になったら帰るだけだ。
面倒な事は部下に任せている。そいつらだって、地上から来た奴らに仕事を押し付けるだけだ。汗水たらして働いているのは、地上の奴らだ。
「分かったか? 刑事として職務を全うするのは、お前くらいなものだ」
言われてようやく理解した。署内でも私が疎まれている理由が。そうか、私は真っ当に仕事をしていたから、疎まれていたのか。簡単な理由だった。
だけど、それは間違いではないのか? 何でもかんでも地上の奴らに押し付けるだけ、そんな事で良いのか? 搾取するだけで、この世界は良くなって行くのか? 人類は進化するのか?
否だ!
「間違いは正さねばならない」
そうだ。間違いは正さねばならない。それは、私がどんな立場だろうが関係ない。同胞の間違いは正さねばならない。仮に同胞を裏切る事になってもだ。
「間違いを犯した者は、そこまでなのか? やり直しは出来ないのか?」
いや、やり直す事など幾らでも出来る。寧ろ、やり直しを許さない今の環境がおかしいのだ。それこそを正さねばならないのだ。私は観測者として、それを求め続けなければならないのだ。
「良い表情になって来たな。答えは出たか?」
「今回だけだ。今回だけ、お前に協力してやる」
「それで良い。お前は、お前の立場を崩さずに居れば良い」
「当たり前だ! 私は刑事だ! いずれ、お前も捕まえてやる!」
「やれるもんならやってみろ!」
「あぁ、やってやる! 必ず、お前の尻尾を掴んでやる!」
私は封筒に書類をしまうと勢い良く立ち上がる。椅子がガタンと音を立てて転がる。既に、店内には客が居ない。我々の問答が怖くて帰ってしまったのだろう。
店員が呆気に取られた様な表情で見ている。しかし、そんな事が関係あるか。覚悟を決めたのだ。正す覚悟を。そんな私を止められる者は何処にも居ない。例え道明寺翠嵐であってもだ。
「連絡先を教えろ、道明寺翠嵐! 個人の電話番号じゃなくて良い」
「いや、お前にだったら個人の番号を教えても良いぞ?」
「それを私が信じるとでも?」
「お前が信じなくても、私はお前を信じている」
「は! 馬鹿な事を!」
連絡先を受け取ると、私は急ぎ足で店を出た。それから、乗って来た車のドアを勢いよく開ける。
「警部。話はついた様ですね?」
「あぁ」
それから無線を使い、店を囲んでいる部下達に指示を送った。
「撤収だ! これから忙しくなるぞ!」




