第四十七話 潜入指導
僕が学校やバイトに行ってる間に、色んな事が有ったらしい。僕は普通の日常を過ごしているのに、香坂さんが大変だったらしい。
でもさ、誘拐されたなんて本当なのかな? また、姉に騙されてるんじゃないのかな? こういう時に小野寺さんへ確認を取ろうとすると、口裏を合わせたりするからさ。下手に聞けないんだよ。
「今の話は本当なの?」
「騙してはいない」
「その言い方が怪しいんだけど」
「はぁ。素直な海は何処に行ってしまったんだ」
「姉さんのせいだと思うよ」
いつもの変な姉と違って少し怒ってる感じだったから、きっと本当の事を言ってるんだね。もしかしたら、この件を境に姉に恋心みたいなのが芽生えたりして?
いや、それは無いか。あの姉だもん。どうせ、自分の部下に手を出されたから怒ってるだけなんだろうね。
だって、僕が睡眠薬で眠らされた時は、こんなもんじゃ無かったもん。なんか、煙が漂っている様な? アレだよアレ、オーラってやつ? そういうのが、目に見える様だったからね。それに比べれば、今はちょっと怒ってる位だもんね。
それにしても、香坂さんも大変だったね。でも、話を聞く限りは凄く勇敢だったらしいね。香坂さんの活躍が有って、誘拐犯が捕まったんだって聞いたよ。凄いね。
どっちにしても、洗脳解除作戦の後だったしね。だから、反撃されたのかな? 小野寺さんの諜報部隊チームが、職員さんたちの洗脳を解除してるから、誘拐を命令したのは理事の誰かって事になるよね。
だって、他の人たちは組織に入ったんでしょ? 一気に人数が増えたって養母が喜んでたよ。
ただ、誘拐事件が起きた時に、姉は家には居なかったらしいんだけどさ。問い詰めたら、研究所に行ってたなんて言うんだよ。あれだけ気を付けてって言ったのに、懲りないよね。困ったもんだよ。
ただ、この一件で姉の中での香坂さんの印象は少し上がったっぽいし、このまま頑張ってアプローチして貰いたいよね。
その後、養父母を交えて家族会議が行われたんだ。勿論、内容は作戦の最終段階だって。いつの間にか最終段階に入ってたらしいよ。でも、そっか。残すは理事だけなんだから。最終段階でも有るんだね。
後は『僕の物は君の物』を使って、違法に集めた資金を外に出させれば終わりって思ってたけど、姉の考えは少し違うらしい。もっと、徹底的に追い詰めるんだって。怖いね。
まだ、少し怒ってるのかな? 香坂さん、今ならチャンスかもしれないよ。頑張って! ってそれは置いといて、作戦、作戦!
最終段階のキーになるのは、警察へのリークと洗脳対策らしい。
警察へのリークは、姉がやるらしい。なんでも、姉を逮捕しようと狙ってる宮司さんって人にリークするんだって。
何で、そんな人に姉が直接接触しなきゃいけないんだって、僕は思ったよ。馬鹿なのって。でもね、宮司さんって人じゃないと駄目なんだって。今後の事も有って。その今後ってのは、話してくれなかったけど……。
それより、洗脳対策ってのはちょっと複雑だった。
洗脳への対策は、いつの間に名前が変わったんだか知らないけど『洗脳を解いちゃうぞパーフェクト』で万全らしい。だけど、理事側が謎のテクノロジーを持っているのは間違いないから、それが通じない事を証明して、相手を奈落の底に突き落とす必要が有るんだって。
言ってる意味分かる? 僕は良く分からなかったよ。
要するに、「お前の技術はもう通じないぞバーカ」って言わないと気が済まないって事かな? そもそも、相手は宇宙人なんでしょ? 謎のテクノロジーなんて沢山持ってるだろうから、それに対抗出来てるだけでも相手からすれば充分に脅威だと思うんだけど。
「作戦の要となるのは、お前だ! 海!」
「要ねぇ~。って僕?」
「今まで何を聞いてたんだ? また、妄想を繰り広げてたんじゃないだろうな?」
「そ、そんな事は無いよ……」
「海。重要な任務だ。頑張りなさい」
「はい、養父様」
「あなたなら出来るわ、海」
「はい、ご期待に添えてみせます!」
それで、家族会議は終了になったんだけど。どうしてこうなった?
僕は、居間で姉と小野寺さん、それにシルビアさん? うん、多分偽名だね。その三人に囲まれてる。そろそろ寝たいんだけどな。でも、駄目っぽい。
なんでも作戦の要ってのは、僕が洗脳に掛かった振りをして、実は洗脳されてましたジャジャーンみたいな、ドッキリを仕掛けたいらしいよ。本当に子供っぽいよね。
でもさ、それには演技力みたいなのが必要だから、徹夜で指導するんだって。その指導員がシルビアさんなんだって。なんでも、諜報部隊の中でも変装の達人なんだって。
「私の指導は厳しいわよぉ! 付いて来られるかしらぁ?」
うん。なんだかノリが気持ち悪い。でも、気にしない事にしよう。シルビアさんのこういう所は、きっと演技なんだろうし。僕は、ちゃんと真似出来る様にしないと。
そして、シルビアさんの指導は思ってた以上にスパルタだった。姉はとっくに自分の部屋に帰って寝ちゃったし、小野寺さんはスマホでムービーを撮ってるし。なんだか状況に付いて行けないよ。
それで、やってみて分かった事だけど、僕は致命的に演技が下手っぽい。流石にいじけていると、シルビアさんに怒られたよ。
「出来るか出来ないかじゃない! やるかやらないかだ!」
なんだか、何処かで聞いた事が有りそうな台詞だけど、説得力が有る。確かに、かつての僕は勉強が出来なかった。テストの点は下から数えた方が楽な順位だった。でも、頑張って勉強をしていたら、いつの間にかテストの順位が上から十番以内をキープ出来る様になってた。
そうなんだ。才能なんて関係ない。努力あるのみだ!
そして、僕はシルビアさんのスパルタ指導を乗り越えた。本当に徹夜するとは思わなかったけど。それでも、僕は一歩を踏み出したんだ。後は駆け出すだけだ!
そして、潜入作戦の当日に僕を待っていたのは、香坂さんだった。
「海君。何だか顔つきが変わったね?」
「そうですか? 男らしくなりました?」
「男らしいってよりも、少しやつれた感じかな?」
「やつれてる? やだな。僕はいつでも元気ですよ!」
「もしかして、徹夜でもした?」
「それより、香坂さんは大活躍だったらしいじゃないですか!」
「な、何でそれを!」
「バッタバッタと暴漢たちをなぎ倒して、警察が来た時には全て騒動は収まってたらしいじゃないですか!」
「へっ? そんな風に伝わってるの? 誰から聞いたの?」
「姉ですよ」
「全部、嘘だからね。信じちゃ駄目だからね」
「え? どこら辺が嘘なんですか?」
「だから、全部! 全部が嘘なんだって!」
潜入作戦は簡単だ。捕まったふりをして、理事の所に連れてかれる。勿論、僕を捕まえた職員さんは、捕まえたふりをしてるだけ。
そして、理事の所に連れてかれた僕は、嘘の情報を流す。例えば、自宅の住所を聞かれた時は警察の住所を言ったりとか。
まぁ、調べれば簡単に分かる嘘なんだけど、それ以上の事は話さない様にする。嘘がバレそうになっても、そう信じ込んでるふりを通す。それだけだ。
出来る! 僕ならやれる! これは、作戦最終段階の要なんだから! やってみせるぞ!
そして、僕は歩き出した。ボランティアの人たちが集まっている場所へ。
「ちょっと待って。僕を置いてかないでよ、海君」
「遅いですよ、香坂さん!」




