第四十一話 告白
「あのね、姉さん!」
「なんだ、海よ!」
「銃は違法なんだよ!」
「わかってる」
「わかってないよ! 地上に持っていってるのは、銃だけじゃないでしょ!」
「サバイバルナイフもだな」
「両方とも銃刀法違反なんだよ! 大災害前と後じゃ、色んな法律が変わったって聞いたけど。銃刀法違反はそのままなんだよ!」
「だが、地上は治外法権だ」
「そういう事じゃないでしょ!」
どうしよう。海君とすいらんちゃんの喧嘩が始まっちゃった。どうしよう、僕は何か言った方が良いのかな? それとも、黙ってた方が良いのかな?
「では、どうすると言うのだ!」
「神代さんに聞いたよ! 姉さんには護衛が付いてるんだって」
「そうなのか?」
「だから、銃やナイフは必要ないでしょ!」
「それは無い! スラムは縦社会だけど、それ以外の地上は違う!」
「あ~、もう! 薬でマッチョになってる事も知ってるんだよ!」
「そうか。それも聞いてしまったか。でも、お前は分かってない!」
「分かってないのは、姉さんの方だよ!」
両方とも、段々とヒートアップしていく。止めなきゃいけないのは分かってる。でも、僕はすいらんちゃんに嫌われている。話し掛けられない、顔も満足に合わせられない。僕はどうしたら良いんだろう。
「マッチョになるのも、どうかと思うよ。でもね、それで充分じゃないの?」
「だから、あそこは危ない場所なんだ!」
「じゃあ、何でそんな所に秘密の研究所なんて作ったの?」
「それは、地上が一番バレにくいからだ」
「それだと、姉さんは法律違反を判ってて、薬を作ってるって事になるよ!」
「仕方がないだろう。それが、正義を執行する為だから!」
「あのね。『すっぽんぽんにしちゃうぞ』の時だって思ってたけどさ。何も公の場で議員を裸にする必要は無かったでしょ!」
「それは、ちゃんと説明しただろう」
あぁ、どんどんエスカレートしていくよ。どうしよう、どうしよう。でも、迷ってる場合じゃないよね? 止めなきゃいけないよね。
僕はどんな困難も努力で乗り越えて来た。そうだよ、僕は出来る子なんだ。だから、この場も上手く収められるはず。
それに、僕はイケメンだ。いつもの笑顔で、爽やかなスマイルで、にっこりと笑って。そうそう、出来るよ。僕は出来るよ。さぁ、止めるよ。
いくよ!
「あ、あの~」
「うるさい!」
「黙ってて下さい!」
二人で一緒に怒鳴らないでよ! 怖いよ、何で喧嘩しながらも仲が良いんだよ。でもさ、考えてみればこの二人って、互いを思っての行動なんだよね。
海君は、すいらんちゃんの安全を何よりに考えてる。すいらんちゃんは、海君の将来の為に日本を良くしようとしてる。仲が良いのは当然だよね。
それなら、余計に喧嘩を止めないと。
「姉さんはさ、犯罪者になりたいの?」
「違う! 世を正す為には犯罪も辞さないだけだ」
「でもさ、もう犯罪を犯してるんだよ?」
「それがどうした。私の決意は変わらない。この世界を正す。それが私の行動理念であり、組織の理想だ」
「組織の理想なんてどうでも良いんだよ! 僕は姉さんの為に言ってるんだ!」
「私の為? それなら、私の為とは何だ? 幸せな結婚か? 大きな収入か? 違う! どれも違う! 私の幸せはお前だ! 海!」
「僕の事を引き合いに出さないでよ! それは姉さんの逃げじゃないの?」
「私は、実の両親にお前を託された。それを全うするのが、私の使命だ!」
「だから、それが逃げだって言ってるんだよ!」
海君の言いたい事は分かる。すいらんちゃんには幸せになって欲しい。自分の事に囚われてないで、自分の幸せを掴んで欲しい。それは、僕も気持ちは一緒だ。
でも、同時にすいらんちゃんの気持ちも分かる。両親に託された想い、それは誰にも踏み込むことは出来ないだろう。何せ、目の前で両親を失ったのだから。その瞬間、すいらんちゃんがどんな気持ちだったか。それは、誰にも分からない。分かるはずがない。
すいらんちゃんが、海君に固執するのも仕方がない。それは、少し悲しい事だけど、否定する事は誰にも出来ない。それは、養父である社長にだってそうじゃないのか?
もう、僕には口が出せる問題じゃない。この二人の喧嘩に割って入る事なんて出来ない。その資格は僕にない。だって、僕は二人の家族ではない。家族ですら、立ち入らなかった問題に、赤の他人が踏み込んで良いはずがない。
僕は、この場から消えた方が良い。そもそも、何でこの二人に着いて来てしまったんだろう?
「私だけの幸せを掴めか……。でもな、海。今、こうしてお前と生活出来てる事は、私にとって何よりも幸せなんだ」
「姉さん……」
「決して、お前を免罪符にしてるつもりはない。盲目的になっているつもりもない。私が私で有る以上、誰も私を止められない!」
「いや、それはちょっと意味が違う!」
「何も違わんよ。私は私の道を行く!」
「あ~、そうだったね。姉さんはそういう人だったね」
「そうだろ? だから、心配は要らん」
「違うよ、姉さん。姉弟だから心配するんだよ」
ん? 少し良い雰囲気になって来た? 言いたい事を言い合って、少しはスッキリしたのかな? まぁ、時にはこんなやり取りも必要だよ。幾ら仲の良い姉弟だって、溜め込むだけじゃなくて吐き出さないと。
それじゃあ、僕は何の為にここに居るんだ? あれ?
いやいや、違う違う。こんな時にこそ、僕という存在が必要なんだよ。さわやかな笑顔で、二人が握手して……。いや、抱き合ってが良いかな? それを僕が祝福するんだ。いいじゃないか。素敵な光景じゃないか。それでこそ、この姉弟だと思うよ。
じゃあ、ここで良さげな一言を――。
「僕は翠嵐さんが大好きです!」
ん? 二人が黙った? 恐る恐る顔を上げると、海君は驚いた顔で口をポカンと開けてる。すいらんちゃんは、キョトンとした表情でこちらを見てる。
あれ? 僕は何て言った? あれ? もしかして変な事を言った?
「なんだ、お前。私の事を好いていたのか?」
はぁ? 僕は本当に何て言ったんだ?
「すまんな。私は男女の機微に疎いんだ。だから、お前の気持ちが良く分からん」
あ~。恐らく、とんでもない事を口走ったんだね? 僕はなんて事を……。ってそれより、僕は振られた? 思いっきり振られてない? 嫌われてる上に振られたなんて、どんな罰ゲーム? それとも、ここは地獄だった?
「まぁ、安心しろ。部下としてのお前は、使える奴だと思っている。それに、私を好いているなら、その感情を私に教えてみせろ!」
あれ? 何か好感触じゃない? まさか、嫌われてない? むしろ、これって友達から的な?
「良かったですね、香坂さん」
「う、うん。良かった、良かった」
「泣かないで下さい。香坂さん」
「な、泣いてないよ。泣いてなんか……」
思わず涙が零れてた。零れた涙は止められなかった。
「仕方ない。これからは、滓やくずじゃなくて香坂と呼んでやろう」
「え~。姉さん、ここは下の名前で呼ぶ雰囲気じゃないの?」
「海。こいつと私は、そんなに親しくない」
「上げて落とすとか、姉さんは鬼畜なの?」
「馬鹿な。私は、こいつを必要以上に持ち上げていないし、貶めてもいないぞ」
「そういう所だよ、姉さん!」
「良く分からんが、もう用はあるまい?」
「うん、まぁ」
「では、帰ると良い」
「そうするよ」
「香坂よ、海を送るのだ。海の安全が第一だぞ!」
「わかったよぉ、すいらんちゃん」
「う~ん。何と言うか、お前のその気持ち悪い喋り方は、何とかならんのか?」
「気を付けるよ、翠嵐ちゃん」
思わぬ方向に話が進んで、未だに現状を理解出来てないんだけど。上手く行ったのかな? 送っている道中で、海君からは翠嵐ちゃんの攻略法を色々と教えてもらった。それを聞いている限り、今までのアプローチ方法は間違ってた様だ。




