第四話 家族会議
「せっかくだ。今日の夜に家族会議をしよう」
「それは良いけど、二人はいつも帰って来るのが遅いでしょ」
「連絡を入れておく」
「そっか。姉さんが言うなら別にいいけど」
「お前はそれまで勉強をしておけ。私の体でエキサイトしてしまったなら別だがな」
「そんな事ないよ! 何でそうやって僕を揶揄うの?」
「いつも言っているだろう? お前が可愛いからだ。私の愛する弟、海よ」
そう言うと姉は僕を抱きしめた。揶揄われ過ぎて僕が怒ると、こうやって宥めようとするんだ。背が小っちゃいから、僕がベッドに座ってようやく同じくらいの目線になる。それなのに、抱きしめられると温かくなるんだ。なんか怒ってるのが馬鹿馬鹿しくなるんだ。
時たま何か流されてるなぁって思うけど、仕方ないよね。姉には僕が知らない母の香りみたいなのを感じるんだから。気のせいかもしれないけどね。
それから夕食まで勉強した。小野寺さんが呼びに来て三人で夕食にした。夕食が終わってからも養父母が帰って来るまで時間が有る。それまで勉強する事にした。クラスメイトから「テスト期間以外に勉強しても意味ない」って言われた事が有る。でも、僕は姉の言葉を信じて勉強をする。
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知識を集めれば、結果的に己を救う。それに勉強と一括りにするな。計算問題を解く事で頭の回転を早める効果が得られる。文章を読み解く能力を高める事で論理的思考や、コミュニケーション能力を高める効果が有る。
社会を知る事は実社会に出る時の予備知識となろう。化学で行われる実験とは『仮説、実験、検証』と三つのプロセスで成り立っている。それを『仮説検証』と呼び、ビジネスでは必須になっている。
それらを踏まえて歴史とは『過去に何が起きたのかを知り、その時にどうすれば良かったのかを考え、今に活かす事』が意義なんだ。
今の学習は知力や能力を高めるプロセスよりも、テストに合格する事に重きを置いている。勘違いするな、勉学に限らず『努力とは己の質を高める事』なのだ。
良いか? 私の様な天才と比べて己を卑下するな!
お前は凡人だ。そして、多くの人間はお前と同じ凡人だ。多少の差が有っても、それは誤差でしかない。努力で覆せる物だ。失敗を積み上げて、それを糧にして、昨日の己を越えろ!
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良く言われるから一言一句覚えてしまった。ただ、僕もこの言葉は納得してる。学ぶ渦中に有る僕には実感出来る事は少ないけど。それでも、その言葉を信じて勉強するんだ。そして、いつかは姉さんの役に立つんだ。
集中し始めて二時間以上は軽く経ったんだろう、小野寺さんが僕を呼びに来た。養父母が帰って来たんだって。姉もリビングに行ったって。じゃあ僕だけじゃない? だから、慌ててリビングへ急いだ。勢いよく戸を開けると、三人が笑って談笑していた。
「おぉ、海! 久しぶりに顔を合わせるね。すまないね、忙しくてね」
「いえ、お元気そうで何よりです。養父様」
「相変わらず硬いね。お父さんでも良いと言っているのに」
「そんなわけには参りません。感謝と尊敬を忘れるなと姉からもきつく言われております」
「もう! 翠嵐ちゃんはこんなに小っちゃいのに、いっつも難しい事を言うのよね」
「養母様。私はそのおかげで、勉学に集中する事が出来ております」
「はははっ。まぁいつもの事だ。それより、久しぶりに家族が集まったんだ。乾杯しよう! 小野寺君、君も座ってくれ」
「はい、旦那様」
小野寺さんも席に着いて、みんなで乾杯した。養父母はお酒だけど、僕等はジュースだ。僕は未成年だし、姉と小野寺さんはお酒を飲まないからね。
それから少しの間は、楽しい家族団欒だった。養父はいつも優しい。何て言うか、言葉に威圧感が無いんだ。養母へも堂々と感謝の言葉を伝えてるのを見かける。こういう人こそがトップに立つ人なんだなって思わされる。
養母はいつも甘えさせてくれようとする。時折掛けられる言葉に、母を感じる時が有る。凄く嬉しくなる。二人共、僕等を家族として扱ってくれる。僕は二人を本当の両親だと思っている。姉も同じなんじゃないかな?
どんなに忙しくても、養父母はこうやって時間を作ってくれる。姉と一緒に居る時間が、嫌な訳じゃない。確かに揶揄われるし、怒りたくなる時は有るけれど。
家族が集まる時間って、それとは別の温かさみたいなのを感じる。それは僕だけじゃないと思う。養父母と小野寺さん、そして姉の笑顔を見れば、それが嘘じゃない事がわかる。
でも、そんな団欒も長くは続かなかった。きっかけは、僕が姉の奇行を話してからだ。笑い飛ばした養父の目は笑ってなかった。養母の目もだ。そして、小野寺さんの表情はいつもの真面目な感じに戻っていた。
「そうか。翠嵐、それならあの話しもしたんだね?」
「えぇ、養父様」
「翠嵐ちゃん。本当に良かったの?」
「養母様。決めた事です。それに海も精神的には充分だと思います」
それは、何か覚悟を決めた様な表情だった。そして、養父母は真剣な面持ちになり、僕の顔を見つめる。そして、ゆっくりと語り出した。
「海、翠嵐から話しを聞いただろう?」
「宇宙人の話しでしょうか?」
「そうだよ」
「それなら確かに。ですが、養父様もご存じだったのでしょうか?」
「勿論だよ」
「私も知ってるわよ」
「養母様も?」
知ってたんだ。考えてみればそうか。この二人は僕らの保護者なんだ。姉が話しをしていてもおかしくはない。そうすると、僕に話さなかったのは頼りないと思われていたんだろうな。それはそれで悔しい。でも、話してくれたって事は認めてくれたって事だよね?
「それならば、海も組織の一員として頑張ってくれるんだね」
「は? 組織? 何の事を仰っているのでしょう?」
「翠嵐、組織の事は話してないのだね?」
「えぇ。家族会議の際に話そうと考えておりました」
「そうか、そうか。では、翠嵐の御株を奪う様で申し訳ないが、私から説明させて貰おう!」
そう言うと、養父はニヤッと笑い立ち上がる。そして、両手を大きく広げた。
いやいや、待って。養父が姉っぽい事をし始めたんだけど。姉に影響されちゃったの? 待って待って、何? 何が起きようとしてるの? 嫌な予感がするよ。止めてよ、いつもの優しくて穏やかな養父に戻ってよ。
でも、養父は止まらなかった。
「我が組織は、地球外生命体から世界を守る秘密組織!」
声を大にする養父は初めて見た。こんな得意気な顔もだけど。何? その組織って?
「あの、養父様。養父様は大手製薬会社の社長だと理解しておりましたが」
「フハハハハッ! 製薬会社は仮の姿!」
「仮の?」
「本当は『革命の渦潮』と言う! これまで秘密裏に地球外生命体と戦って来た!」
「な、な、なんだって~!」
養父の穏やかなイメージがドンドン崩れていく。これではまるで悪の総帥じゃないか!
「オ〜ホッホホ! 空海さんは『革命の渦潮』の総帥! 私は副総帥なのよ!」
「養母様まで!」
ちょっと待って! あの優しい養母は何処に行ったの? それも副総帥って、やっぱり悪の幹部っぽいじゃないか! 笑い方も変だし! 何? 何のネタ? それに『革命の渦潮』って何? 何か色々と繋がらないんだけど! 理解が追いつかないんだけど!
「そして私は組織の諜報員を担当しております」
「小野寺さんまで!」
小野寺さんはメイドさんらしく両手を前に添えて軽く会釈した。もうね、小野寺さんには驚かないよ。姉と『つうかあ』なんだろうしね。
「って事は姉さんは?」
「私は女幹部って所だな」
それぞれが立ち上がりポーズを決める。びっくりの連続で、これが家族総出で行われた『ドッキリ』じゃないかって思ってしまう。でも、みんなの表情は真剣だ。嘘をついたり、僕を騙そうとしてる感じは微塵もしない。
「それでは、これから作戦を発動させる!」
「空海さん。とうとうやって来たのね?」
「あぁ、晴香。海が加わった今、恐れる物は何も無い!」
養父母が盛り上がっている。小野寺さんは拍手で二人を讃えてる。そして、姉は得意気だ。僕ばっかりが、独りだけ取り残された気分だ。
でも、姉の言う通り宇宙人が悪さしてるなら、何とかしなきゃ。力にならなきゃ。だけどね、僕の頭はもうパンパンなんだ。残念ながら凡人の僕には着いて行けない領域ってのが有ると思うんだ。
そして、僕はリビングを後にする。その後を小野寺さんが着いて来てくれた。心配しなくても大丈夫。僕は、その組織とやらの一員になって頑張るから。だから、少し頭を整理する時間が欲しい。
☆☆☆
「所でさ、翠嵐。海はアレで本当に信じたと思うかい?」
「養父様、充分だと思います」
「本当に良い子に育ったわよね~」
「養母様。海は自慢の弟ですから」
「所で、海を作戦に加えるつもりは無いんだろ?」
「はい、今の所は。あの子にはあのまま真っ直ぐに育って欲しいので」
「そうだね。海だけじゃない、未来ある若者達の為に世界を正さないとね」
「えぇ、空海さん。私達はその為に在る」
「養父様、養母様。何卒、お力添えをお願い申し上げます」
「構わない。僕は幾らだって協力するよ」
「えぇ、私もよ。翠嵐ちゃん」