第三十九話 過去との遭遇
ボランティアに参加前に、僕は香坂さんと合流した。会って直ぐに、香坂さんは僕に頭を下げて来た。
「ごめんね。僕が付いてたのに、あんな目に合わせて」
「いや、香坂さんが悪い訳じゃないし」
「体はもう大丈夫? まだ、休んでた方が良くないかい?」
「大丈夫ですよ」
「なんか、顔色が悪い気がするんだけど」
「そんな事は無いですよ。元気元気!」
「無理はしないでね。体調が悪くなったら、直ぐに言うんだよ」
「わかってますよ。心配しないで下さい」
「僕から離れちゃ駄目だよ。あんまり遠くに行かないでね」
「お母さんですか!」
「変な物も食べちゃ駄目だよ! 先に僕が毒身をするからね」
「お殿様か!」
動揺してるのか、いつもの口調じゃ無くなってる。本当は、あんな気持ち悪い喋り方じゃなくて、普通に話せる人なんだね。
それからも、香坂さんはずっと心配してくれた。特に、今日は作戦を実行する日だし、それなりの事が有ると思うし、仕方ないよね。でも、心配し過ぎだと思うんだよ。だって、自分の身位は守れるんだし。
寧ろ、心配なのは香坂さんの方だよ。姉曰く、『喧嘩はさっぱりの口だけ星人』らしいからね。いざとなったら、僕が香坂さんを守らないとね。
それから、ボランティアの人たちに合流した。ボランティアの人たちは、いつもと変わらない。そう装ってるだけなのか、内心では僕を狙ってるのか。そこまではわからない。でも、直ぐには何かが起こる事は無さそうだ。
そして、僕たちはゲートを抜けて地上へ向かった。配給の手伝いは、一度やったから手順は覚えてる。それに、今回の主役はスラムの人たちだ。僕は普通に手伝いだけすればいい。
それと、集合したばかりの時は、僕の事を意識してない様に見えた。でも、地上に来てからは明確に視線を感じる様になった。やっぱり僕は狙われてるんだね。
だから、予想通り僕は格好の囮になるみたいだね。
そして、作戦は静かに実行される。スラムの人たちがボランティアの人に話し掛ける。それに答える時を狙って薬をかける。『洗脳を解いちゃうぞ』は飲ませるのではなく、皮膚から吸収するだけでも効果を発揮するそうだ。
流石は姉の開発した薬だ。だから、スプレーボトルで対象に振りかけるだけでも充分だ。そうやって、ボランティアの人たちの洗脳を解除していく。
洗脳が解除されたかどうかは、見れば直ぐに分かる。だって、僕へのねっちょりした視線が無くなったんだから。
一人ずつ、妙な視線を送って来る人が減って行く。作戦が上手く行ってるんだ。そう確信して少し嬉しくなってた時、僕は声をかけられた。
「油断するなよ」
ハッと気が付いた時には、後ろにがたいの良い男の人が立っていた。僕は直ぐに距離を取って身構える。香坂さんはビックリしながらも、僕と男の人の間に割って入ってくれた。
「あなた、誰です?」
「安心しろ。お前の父親から頼まれた助っ人だ」
「海君。信用したら駄目だよぉ」
「お前が、香坂か?」
「僕がぁ、香坂だけどぉ、何か用かなぁ?」
うん。緊張はしてるんだけど、頑張って去勢を張ってる感じだね。香坂さんがいつもの気持ち悪い口調に戻ってる。笑顔がひきつってるのは仕方ないよね。
「それより。翠嵐は元気か?」
「姉と知り合いなんですか?」
「だから言ったろ? お前の父親から依頼された助っ人だってよ」
「そうだったんですね? すみません、疑ったりして」
「構わねぇよ」
「僕の名前は道明寺海です」
「知ってるよ。俺の名前は神代仁志。東京スラムを仕切ってる」
「そんな人が何で?」
「だから、頼まれたって言ったろ! 今日の俺は、お前のボディーガードだ」
姉の名前を出したからなのか、香坂さんの警戒も少し緩んだ。養父は助っ人の事を、香坂さんに話してなかったのかな? 養父の事だから、ちゃんと教えてるはずだと思うんだけどな。香坂さんが心配性になってただけなのかな?
それより気になるのは、神代さんって人が僕の名前を知ってるって言った事だよね。確かに養父母に引き取られる前はスラムで生活してたよ。でも、こんなゴツイ人は記憶に無いんだけどな。姉を知ってる所から察するに、僕も会った事が有るのかな?
「取り合えず、場所を移すぞ」
「え? 持ち場を離れる事になりますけど?」
「良いんだ。後はうちのモンに任せておけ」
「神代さんがそう言うなら」
「お前は、翠嵐と違って行儀が良いな」
「姉は違ったんですか?」
「あぁ。生意気な奴だったよ」
生意気と言いながらも笑顔を見せる姿は、とても好感を持てた。多分、姉は子供の頃から傍若無人だったんだろう。でも、そんな姉をこの人は受け入れてくれたんだ。そう思うと、神代さんって人の懐の深さが分かる。
それから、少し移動して僕らは座った。勿論、配給している場所が、こちらからは見える様な場所だ。そして、神代さんは僕にジュースを渡してくれた。それもペットボトルのジュースだった。
「は? 地上にこんな物が有るんですか?」
「いや。スラム限定だな。俺たちは、色んなルートで仕入れてる」
「そうなんですか?」
「あぁ。お前の思っている地上よりは、スラムの方がよっぽどマシな生活が出来る」
そうして、神代さんはスラムの現状を話してくれた。確かに、地上の生活は酷い。上空の人たちに奴隷の様にこき使われてる。それに、まともな給料を支払ってくれない。
仮に給料を貰ったとしても、地上はインフラ所か店舗さえない。だから、普通の生活が送れない。
そんな状況下に有りながらも、スラムだけは違うらしい。色んな方法で物資を確保して、それを売り捌いたり、物と交換しながら生活してるらしい。養父の明薬科学研究所も、かなりの援助をしてるらしい。
だから何だろうね。養父がスラムのボスと旧知の仲だって言ったのは。
「それで、神代さんは姉を知ってる様子でしたけど」
「あぁ。あいつはスラムの救世主だ」
「救世主?」
「あいつのおかげで、スラムは変わった」
「姉は何をしたんですか?」
「翠嵐が使ってる道が有るだろ?」
「へ? 姉が使ってる道?」
「あぁ。そうか、お前は知らないのか……」
それから、神代さんは昔の事を色々と話してくれた。
赤ちゃんだった僕を抱えながら、「面倒を見ろ」って神代さんに迫った事。ゲート工事後にも撤去されずに残されていた足場を利用して、地上へ向かう道を発見した事。それから、ガスや水道等の最低限必要なインフラを復旧させた事。
これら全てが、未だ小さかった姉によるものだった。それにより、スラムの生活はかなり楽になったらしい。だから、多くの人が今でもスラムに集まって来てるらしい。
「海。お前、ここに来る時に翠嵐に拳銃を渡されたろ?」
「はい。何でそれを?」
「あいつならやりそうだしな」
「もしかして、その拳銃は神代さんが?」
「正確には、お前の父親を経由してだけどな」
「はぁ。全く、何をしてるんだか……」
「仕方ねぇよ。翠嵐個人の研究所は、この地上に有るんだからな」
「はぁ? 地上に? それだと、姉は新薬を開発する度に、ここに来てる事になりますけど?」
「そうだ。一応、護衛は付けてるけどな。万が一の為に、護衛手段を持っておいた方が良い」
「いや、そりゃそうですけど!」
「まぁ、そんな熱くなるな。ここが一番バレないんだしな」
「確かに、政府や警察の目が届かない場所でしょうし」
「だろ? あいつが研究するには持って来いなんだよ」
姉は何処で妙な薬を作っているのかずっと疑問だった。でも、ここに来てたんだね。神代さんは護衛を付けてるって言ってたけど、危ない事をしてる自覚は有るんだよね? だから、拳銃で武装してたんだろうし。
はぁ。なんで、そんな事をするかな――。姉にも事情が有るんだろうけど、家族に心配をかけるのは違うと思うんだよ。これは、一回問い詰めないと駄目かもね。




