第三十七話 始めの一手
多分って言うか、間違いなく。これは宇宙人の仕業だよね。だって、前に姉が狙われた事が有ったでしょ? あれって宇宙人が憑依したい議員の仕業なんだよね? そうすると、団体に僕が潜入した事に気が付いた宇宙人が、睡眠薬を使ったって事だよね?
そうすると姉が言う通り、僕を使って『姉と組織の手がかりを得ようとした』のは本当なんだろうね? だとしたら、宇宙人姉を物理的に排除しようと考えてるって事だよね?
それは、かなり危ない状況なんじゃない?
姉は対策を考えてるって言ったけど、どんな方法が頭の中に有るのかな? 姉の事だし、とんでもない事をしでかすんじゃないのかな?
もっと言えば、ボランティアの人たちが全て宇宙人って事は無いよね? それって、地球侵略なの?
ピンチだよ! 地球のピンチ! ベッドで呑気に寝てる場合じゃないよ!
そして、僕はベッドから飛び降りた。勿論、ベッドの横に座っていた姉を飛び越えて。小さいからね。ジャンプすれば、余裕で飛び越えられるからね。
「海よ! 何をしてる! 姉の頭を飛び越えるとは、何の真似だ!」
「だって、姉さん! 宇宙人だよ! 地球が大変なんだよ!」
「宇宙人? そんな事より、お前に催眠薬を飲ませた奴らの処置だ!」
「処置って何をする気?」
「海よ! 私はこれでも怒っているのだぞ! 奴らは磔獄門でも済まない罪を犯した!」
「時代劇か! ってそういう事じゃなくてさ!」
「慌てるな。手はもう打っている!」
「手って?」
「これだ! 名付けて『洗脳を解いちゃうぞ』だ!」
「だから~。ネーミングセンス!」
また、姉が変な薬を白衣のポケットから取り出した! 何て言うか、ツッコミが渋滞してるよ! そもそも何でいつも白衣なの? そんな薬が入ってたなら、ポケットは膨らんでたはずだよね? そのポケットは四次元にでも繋がってるの? それにさ、ネーミングセンスは何とかならない!
って、あれ? 洗脳って言った? 今、姉は洗脳って言ったよね? 聞き間違いじゃないよね?
それって、もしかしてボランティアの人たちは洗脳されたって事? そんな事が実際に有り得るの? いや、有り得るのかも知れない。だって宇宙人が関わってるんでしょ? 地球には無い謎のテクノロジーで、ボランティアの人たちを一斉に洗脳したっておかしくない!
「姉さん! その薬でボランティアの人たちを元に戻すんだね!」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
「助けないのかい!」
「海がカイと言うのか。ハハハ、面白いジョークだ!」
「いや、ダジャレなんか言ってないからね!」
「それはそうと、奴らは鞭打ち百回だ!」
「だからさぁ! 拷問は駄目だって!」
「裁きじゃ!」
「裁くな!」
姉は時代劇のお奉行様が長い袴をぶわってするみたいに、姉は白衣の裾を翻した。格好をつけてるつもりなのかな? 姉の身長でそれをやっても、可愛いだけだと思うんだけど。
それよりさ。勢いよくベッドから飛び降りて、そのまま部屋を出ようとしたのに、姉に止められたんだけどさ。僕はこのままボケッと立ってれば良いの? それとも一旦落ち着いて座ったら良いの?
違うな。今の僕は混乱してるんだ。だから、落ち着くのが正解だ。
全く、この姉は! 僕はいつだって真剣なのに、こうやって妙な事を言って混乱させて来るんだ。それにしても、姉はどうやってボランティアの人たちの実態を知ったのかな?
あぁ、そっか。香坂さんか――。それに、小野寺さんだろうね。あの二人が、姉に報告をしたのか。
でもさ、そうすると時系列がおかしくならない? 姉はいつの間に『洗脳を解いちゃうぞ』なんて薬を作ってたのかな? 『僕の物は君の物』なんて妙な薬と一緒に作っちゃったのかな?
「そうだ! こんな事も有ろうと作って置いた!」
「だからさ、心を読まないでよ!」
「読んでない。お前は考えてる事が顔に出やすいのだ。だから、あんな奴らに付け込まれるんだ!」
うん。それは姉の言う通りだね。素直だってクラスメイトからも言われるしね。だから、僕が標的になったんだろうね。反省しなきゃね。でも、反省って言っても、これが僕の普通だからどうしたら良いんだろうね? ポーカーフェイスでも見に着ければ良いのかな?
「ジェニファーと滓から、大体の話は聞いている」
「小野寺さんは良いとして、滓って?」
「滓は滓だ。クズと呼んでもいい」
「だから、そのクズって?」
「それは、お前を守らせる為に付けておいたのに、役に立たなかったウンコ野郎だ!」
「どんどん呼び名が酷くなるんだけど!」
「仕方ない事だ。お前が危険に晒されたんだから!」
「あのさ、それってもしかすると香坂さんの事?」
「香坂? 記憶に無いが、そんな名前だった様な――」
「姉さんの部下なんでしょ?」
「残念ながらな」
「優秀な人なんでしょ?」
「ギリギリだ」
「僕を家まで運んでくれたんでしょ?」
「及第点は与えてやる」
確か、姉の研究室は新薬の開発を主にやっていると、養父から聞いた事が有る。相当に優秀な人じゃないと、姉の部下にはなれないと聞いた事も有る。
だから、香坂さんは優秀な人なんだと思うよ。最初の印象は馴れ馴れしい人だけど、ちゃんと周りの様子を見てたしね。僕を庇ってくれた事は何回も有ったしね。
それが、ギリギリとか及第点とか厳し過ぎない? もしかして、姉は香坂さんの事を嫌いなのかな?
「嫌いとかそういう感情をアレに対して持つのは、勿体無いではないか」
あ~、そういう事か。興味なしなんだね。でもさ、部下には興味を持った方が良いよ。違うか、部下の事はちゃんと理解してるんだよね。香坂さんの事も最初は『使える奴』なんて言ってたしね。
「何と言うか、アレはねっちょりしてるだろ?」
「うん。それは話し方だね?」
「気持ち悪いだろ?」
「それは姉さんが見た印象だね」
「何かにつけて、私に話し掛けてくるんだよ。用も無いのにな」
「それは好かれてるんだと思うよ」
なるほどね、そういう事か――。つまりだ。香坂さんは姉が好きだと。そして、姉はそれに気が付いてないと。それ以前に香坂さんは、姉に相手にもされてないと。だから、付きまとってる様に姉には見えてると。
残念だね、香坂さん。この調子だと、余程の事をしない限りは姉の印象が良くなる事は無いと思うよ。
でもさ、仮にだよ、仮に。姉と香坂さんが付き合うなんて光景は、全く想像が出来ないな。だって、あの道明寺翠嵐だよ! 異世界に転生したら、『ラスボス』とか『大魔王』とかやりそうな人だよ。
そんな姉と付き合ったら、恋人が不幸になるだけだよ。
そりゃさ、美少女なのは認めるよ。ちっちゃいけどね。その筋の人には好かれてる事も知ってるよ。合法ロリだからね。でもさ、それはそれだよ。
そもそもさ。姉って結婚願望が無いでしょ? こんな性格破綻者が、子供を育てられると思う? きっと旦那さんになる人は、専業主夫にならなきゃ駄目だと思うよ。
「馬鹿者! 私だって、その気になれば子供を育てる事くらい簡単だ!」
「嘘だ! 姉さんには絶対に無理だよ!」
「子育てロボを作れば良い!」
「それは子育てとは言わないよ! 愛情が籠ってないよ!」
「待て待て、海よ! 赤ん坊だったお前の面倒見ていたのは私だぞ?」
「そっか。姉さんは、子育て経験が有ったんだ!」
「そうだ。ミルクや離乳食を与えて、おむつも変えてやったんだ」
「ありがとう、姉さん!」
なんだか上手く丸め込まれている気がするけど、まあ良いや。それから、養父母の帰りを待って家族会議が行われる事になった。何でも、団体が抱える問題を解決する為の作戦を実行するんだって。その為には、養父の力が必要なんだって




