第三十五話 宮司の接触
件の事件が起きた後、大小さまざまな事件が発生する様になった。あれから同胞の行く先は全く掴めないし、後処理で忙しいし。その上に多発する事件だ、体が幾つ有っても足りない。
多少の事件を起こした所で、現状が変えられるとでも思っているのか? デモを起こせば政府が動くとでも思っているのか? それとも、暴動を起こせば何とかなるとでも思っているのか?
そんなもので政府は動かない。現状は何も変わらない。寧ろ悪化するだけだ。
地上の奴らは抗う意思すら奪われている状況のはずだ。奴らが何かする事は無いだろう。それなら、騒動を起こしているのは上空の人間という事になる。
しかし、上空の人間は恵まれているはずだ。
これ以上、何を求めると言うのだ! 己の主張を通す為か? それはどんな主張で、それは正しいものなのか? それで悦楽を感じているとでもいうのか? それとも、暴力という一時的な快楽を求めたのか? それは満足足り得る行為なのか?
それは唯の傲慢でしかない。
何もかもが与えられ、求めるものは全て手に入る生活を送っていると、そんな異質になっていくのか?
日本人はいつから、こんな歪んだ人種に成り下がった? 宮司の記憶では、大災害前はもう少しマシだったはずだ。
以前の日本人は、優しいと呼ばれていた。おもてなしの心などと呼ばれ、外国人観光客には喜ばれていた。しかし、歪んだ本性を持っている人種でも有った。
表面上で笑顔を浮かべ、裏では弱い者で鬱憤を晴らす。それは大人子供に関わらず多発するイジメや、顔が表に出ない事を良い事にネット上で他人を攻撃する行為に現れている。
でも、ここまで酷くは無かったはずだ。表立った行動は起こさなかったはずだ。せいぜい、小規模のデモを起こすだけで満足していた。
それが変わったのは、件の事件が起きてからだ。あれが引き金になったんだ。
裸の王様大作戦とはよく言ったものだ。あれは、政治家を裸にしたのではない。日本人の本性を丸裸にしたんだ。全く、忙しくてかなわない。
道明寺翠嵐め、どこまで我々警察をおちょくれば気が済むんだ。もしかして、これこそが真の狙いだったのか? なんて奴なんだ。こんな事まで見越して、事件を起こしたというのか?
あの事件をきっかけに、五人の議員が辞職し起訴された。禁固刑ではなく罰金刑で終わったのは仕方ないとして、その議員たちの行方が分からないのには少し気になるな。
もしかして、それも道明寺翠嵐の企みか? いや、流石に考えすぎだな。でも、一応は気にしていた方が良いかもな。
何せ、天才の考える事だ。宮司の様な凡人には、奴の考えは思いもつくまい。残念な事に、宮司に引っ張られている私にもな。
歪みというなら、警察内部にも存在する。上空の人間が警察官になるとすれば、大災害以前にキャリア組と呼ばれていたやつだ。それ以外、当時ノンキャリアと呼ばれていた立場に位置しているのは、地上の人間たちだ。
地上の人間たちは警らから雑務まで様々な事をこなす。それこそボロ雑巾の様になるまでな。奴らにとって利点が有るとすれば、まともな飯が食える事だけだろう。それだけの為に、奴隷の様にこき使われる。
多くの大企業が、そうやって下の奴らをこき使っている。でも、奴らが今まで暴動を起こさなかったのは、意図的に思考を奪って従順に仕立てあげているからだ。
ただ、私にはこの状況こそが、大きな爆弾を抱えている様にしか見えない。まさか、道明寺翠嵐は、この状況を利用して日本をひっくり返そうとでも言うのか? まさかな。流石の奴でも、そこまでは考えないだろう。
「それで? ここが通報の有ったNPO法人か?」
「警部。正確には特定非営利活動法人ヒューマニティ・リンクですね」
「それで? 誰からの通報だか判ったのか?」
「いえ。匿名でしたし、逆探知も出来ませんでしたし」
「まぁ、それは良い。取り合えず、話でも聞いて見るか」
「素直に話すなんて事は無いでしょうけど……」
「そこは、刑事の勘ってやつに頼るとするさ」
「警部の勘はよく外れますけど?」
「うるさい! お前は黙って着いて来い!」
この時、私はよく考えれば良かった。何故、匿名で「NPO法人に違法な資金の動きが有る」なんて通報が有ったのか。それは、何故私が担当する事になったのか。深く考えていれば、これから先に有る衝撃を避ける事が出来たはずなんだ。
警察が訪ねて来た、話を聞きたい、そう言えば大抵の場合は責任者に合わせてくれる。そして、私たちは運が良かったのだろう、理事長に会う事が出来た。
私は部下に聞き取り調査を任せ、一人で理事長室に向かった。そこで会ったのは、単なる人間ではなく同胞だった。
「ど、同胞? な、なんで同胞が此処に?」
「お前には関係ない宮司。それと、俺の事はリーダーと呼べ」
「それについては認めていない!」
「お前が認めなくても、俺は隊長から選ばれた。それが事実だ」
「まさか、他の四人も揃ってるのか?」
「当然だ。作戦実行の為には団結しなければならない!」
「私には一言もなかったぞ!」
「お前は遊撃隊だと言ったはずだ。せっかく手に入れた、警察内部に食い込める体だ。それを大切にして、お前だけが出来る任務を行え!」
「ふざけるな! 馬鹿も休み休み言え!」
よく言う。そもそも任務の内容など、曖昧にしか教えてくれない癖に。それに、私には内緒で一致団結だと? ふざけるな! 私がこの時まで、どれだけ気をもんだか知らないんだ! だからこんな事を言うんだ!
仲間外れにされた事を怒ってるんじゃない! 情報が共有されなかった事に腹を立てているんだ!
だってそうだろ。我々は意志の集合体だ。一つの個体で有ると同時に、経験や記憶を共にする存在だったはずだ。それなのに、地球に来た途端に余所者扱いをするのか?
何故、同胞はこんなにも変わってしまったのだ。地球人に影響されたのか? それとも何か別の理由でも有るのか?
正当な理由が有るなら話してくれても良いと思わないか? それが、私に納得できるかどうかは別として。隊長だって、何を考えてこんな采配をしているんだ? 何故、同胞達を自由にさせておくんだ?
おかしい、何もかもがおかしい。
「考え込まなくても良い」
「ふざけるな! 私は怒っているんだぞ!」
「お前に話さなかったのは悪かった。これには重要な意味が有る」
「それは何だ?」
「前にも話しただろ? 他所から来た連中の事だ」
「確か、日本とアメリカを支配しているとか何とか?」
「そうだ。奴らは既に地球の大半を支配していると言っても良いだろう」
「だからどうした!」
「奴らの戦力は計り知れない」
「それが私に詳細を話さなかった理由なのか!」
「そうだ。お前と接触すれば、奴らに悟られる可能性が有る」
「そ、それなら。仕方ないのかも知れないな」
「そうだろ?」
「隊長も、それはご存じなのか?」
「当然だ。報告はして有る。その上で、作戦実行を俺が任された」
「ちょっと待て! その作戦とやらを聞かせろ!」
「それは言えない」
「何故だ!」
「お前は、お前の役割を理解していない!」
「だから、私の役割とは何だというんだ!」
「お前は遊撃隊だと言っただろ! お前は目を引く存在でなければならない」
「どういう事だ?」
「お前に意識が向くから、我々が自由に行動できる」
「つまりは、囮か?」
「そうだ。重要な役目だ」
同胞の言う事に間違いは無いのだろう。私が囮だというなら、情報の共有が無かった事も理解出来る。同胞たちが自由にやってる様に見えた事もな。
私が知らないだけで、作戦とやらは実行中なんだ。そして、私にはそれを知る権利が無いという事だ。
暫く言葉が出なかった。そして、呆然としながら部下に支えられて法人施設から出た。そこまでは薄っすらと記憶が有る。それからの記憶が曖昧だ。気が付いた時には署に戻っていた。私は自分の席に座って、口をポカンと開けていた。




