第三十四話 NPO法人の正体
「アルファ、ベータ。順調そうだな?」
「えぇ、リーダー。職員は勿論、ボランティアにも洗脳はかけています」
「リーダー。完全にこの団体は掌握したと考えても良いでしょう」
「そうだな。このまま活動資金を溜めて」
「それを足掛かりに、他所の奴らと対抗するんですね?」
「そうだ」
「所で、未だにアルファって呼び方がしっくり来ないんですが」
「私もですよ。ベータよりも前回と同じ様に、憑依した人間の名前で呼ばれていた方が……」
「それでは、憑依する度に呼び名を変えねばならない。アルファ、お前は高野。いや、今は山中。ベータにしてもそうだ。前は東島だったが今は大野だ」
「混乱すると?」
「そうだベータ」
そもそも我々は高次元生命体だ。全にして一、一にして全だ。だから、個々を判別する事はない。全て意思でつながっているのだから。
しかし、この文明が未発達の地球に来て初めて知った。個々を分ける必要が有るのだと。それは、一見無駄な行為と思えた。
如何せん未発達な文明だ。我々とは違い、一が集まって全になるんだ。興味深いと言えば、確かにそうなのだが。面倒でしかない事が多い。
何せ人間は、一がどれだけ集まっても完全な全には成り得ない。これは、人間の精神が未発達なせいだと言えるだろう。
あの、今は自由にさせている馬鹿でさえ、元は我々と同じ意思を共有する同胞だ。予定では、我々と共に行動しているはずだった。宮司なんて、利用価値の無い女に憑依さえしなければ。
ただ、憑依したせいで『我々の持つ能力が極めて制限される状態になった』のは、想定外だったがな。しかし、それは他所の連中だって同じ事だろう。どちらにしても、置かれた状況で何とかするしかないのだ。
「そう言えば、リーダー」
「ベータ。何だ?」
「デルタから、報告が有りました」
「デルタ……。あぁ、小金。いや、安西だったか」
「あの、リーダー……」
「なんだ?」
「呼び名で混乱しているのはリーダーでは?」
「まだ、使い始めたばかりだ。多少は目を瞑ってくれ」
「それは良いんですが。ここは日本なんですし、呼び名はイロハにしては如何ですか?」
「それは駄目なんだ」
「何故です?」
「ヨーロッパやアメリカに潜入している同胞が既に使っている」
「何故、彼等は日本語を使ってるんです?」
「流行りだから、だそうだ」
ヨーロッパやアメリカに関わらず、日本ブームは続いている。漢字や日本の言葉をやたらと使いたがる。日本がこんな状況になっているにも関わらずだ。おかしな感性だと思う。現実を直視せず、理想だけを夢想するんだからな。
だからなのかも知れないな。地球の人類がいつまで経っても進化しないのは。
「それより報告だ」
「本日、政府の配給に同行したボランティアの中に、道明寺翠嵐の弟が混じっていました」
「なんだと!」
「道明寺翠嵐の事です。もう、我々の事を察知したのでは?」
「早い! 早すぎる!」
「リーダー。この状況では、他にも潜入している奴がいるかも知れません」
「そう考えるのが自然だな、アルファ」
「取り急ぎ、ガンマとデルタに道明寺海を注視する様に命じました」
「そうだな。奴を無理に追い出せば、余計な事を勘ぐられるかも知れん」
「ですが、心配は要らないでしょう」
「何故だ? 相手は道明寺翠嵐だぞ!」
「既に職員とそれに連なるボランティアは洗脳済みです。道明寺翠嵐の配下が潜入したとしても、異物として認識されるだけでしょう」
確かにベータの言う通りかも知れない。団体に所属する人間を全て洗脳を施した。全て我々の意思通りに動く人形になり下がった。
この状況下で他所から入って来たとなれば、単なる異物なのだろう。道明寺海だけではない。どんな奴が潜入したかも、直ぐに判明するだろう。
そうすれば、道明寺海を含めた全員を洗脳して、道明寺翠嵐への攻撃材料にすれば良い。それで、道明寺翠嵐を追い詰める事が出来るだろう。出来れば、道明寺翠嵐の背後に有るものも判明すれば、今後の対応がしやすくなる。
前回の事を振り返って分かった事が有る。あれは、道明寺翠嵐が単独で行った事ではない。必ず、奴の背後に大きな組織の様なものが存在する。
そうでなくては、あそこまで完璧な行動は行えまい。背後に組織が有るのだとすれば、我々の事をこんなにも素早く察知した事も説明が付く。
そう言えば、宮司とやらに憑依した同胞が、道明寺翠嵐の背後関係について何か言っていた様な気がするが――。いや、気のせいだな。あんな奴に、そこまで探れる知能はあるまい。
そうなると、最重要な課題は道明寺翠嵐の排除になるな。同じ轍を踏まない為にも、慎重に行動せねばなるまい。いつまでも、奴だけにかかずらわる訳にはいかないんだ。
我々は地球を支配しようとする連中に、どう対抗すべきかを見極めなければならない。それにはかなりの資金力が必要だ。この団体はその為の手段でしかないし、いずれはもっと規模を大きくしなくてはならない。
それこそ、日本の経済を支配出来る位にはならなければ、奴らとは対抗出来まい。それこそ本体を呼び寄せても無駄になるだけだ。
それに併せて、地上の支配も進めなければならないな。丁度、政府を通じて地上に向かう手段を得たのだ。少なくとも、東京スラムは支配しておきたいな。奴らは実行部隊としての戦力に成り得るだろう。
地上と経済を同時に支配する事で、充分に対抗する力を得る事は出来る。本体を呼び寄せるのはそれからで充分だ。
戦力が拮抗していれば、どんな状態であろうと対話の余地が生まれるだろう。そうすれば、平和的に我々の目的も達成させられる。
但し、道明寺翠嵐にひっくり返されなければだがな。
道明寺翠嵐に憑依出来たら、話は早かったんだがな。それは、不可能に近いだろうな。調べて分かった事だが、奴の体は少女の様に小さい。だが、知能は他の人間よりも遥かに高い。
これだけでも利用価値は高い。だが、憑依が難しいと感じたのは別の理由だ。奴が精神的に異常とも言えるタフさを持っているからだ。
奴は人間の中で唯一、高次元生命体へと進化出来る可能性を持っている。だからこそ、駒として手に入れておきたかった。そうすれば、こんなに煩わさせられる事も無かっただろう。
だが、手に入れられなかった今、排除するしか方法はない。酷く残念では有るがな。だが、単純な方法では上手くいかないのは、前回の事で証明された。それでは、どんな方法で排除するのか? それが大きな問題になるだろうな。
殺す事は本意ではない。それは、根本的に我々の目的と反する。奴の様な存在こそが、人類を一歩先に引き上げるのだとしたら、それこそ興味深いと言える。その意味では、奴は重要なファクターなのだ。
だとすれば、排除の方法だ。平和裏に、且つこれ以上は干渉されない様に。そうする為の良い方法は無い物だろうか? それとも、道明寺翠嵐が道明寺翠嵐である以上は、それは不可能な事なのか?
奇人変人、マッドサイエンティスト等、色々な呼ばれ方をする奴だ。我々でさえ、奴の考えを読めない。何処まで先を見通しているのか? 何を考えて行動しているのか? その一端でも分かれば、やり方は有るのだろうが。
何せ天才だ。
しかし、時間はある。今回に関しては我々にアドバンテージが有る。だから、今回こそは失敗はしまい。寧ろ、失敗はさせない。何せ、地球人には考えもつかないだろうからな。洗脳を施すなんてな。




