第三十三話 NPO法人の異常
地上の人たちは正常だ。おかしいのは政府の対応なんだ。それが良く分かった。でも、おかしな所は他にも有る。それは、ボランティアの人たちの対応だ。
ボランティアだよ。普通なら笑顔で対応するでしょ? だって、地上の人たちに手を差し伸べる為に集まったんでしょ? 政府の対応に疑問を持ってる人たちの集まりなんでしょ?
でもね、笑顔を見せないんだ。表情をピクリとも変えないんだ。無表情のまま機械の様に作業をしているだけなんだ。
最初はね、警戒とか緊張とかそういうもんだと思ってたよ。警戒するのは無理ないよ。最初に注意された様に、単独行動するのは危ないって思うもん。だって、そこら中で喧嘩が始まってるしね。役人さんに取り押えられてるしね。
でも、無表情なのはそれだけが理由なのかな?
だって、ボランティアの人たちは地上に来るのが初めてじゃないんだよね? だって、地上に来た時も何も感じてなかった様に見えたよ。僕はかなり驚いたってのにさ。それなら、ある程度は慣れてるって事だよね。
だったら、それなりの対応ってもんが有ると思うんだ。
それとも、笑顔で対応したら駄目な理由でも有るのかな? 例えば、地上の人たちの感情を逆なでするとかさ。それなら、機械的な対応も理解が出来るけど。それだとしても、何か声をかけるよね? 「配給ですよ」とか、「慌てないで食べて下さいね」とかさ。
そういうのも駄目なのかな? もしかして、役人さんに禁止されてるのかな? 地上の人たちと喋っちゃ駄目とか。
それだったら、この配給自体が管理とか統制の一種でしかないって事だよね。でも、それが異常だって事に、ボランティアの人たちだって気が付かない訳が無いよ。
でも、政府に楯突く訳にはいかないし、止む無く無表情を装ってるのかな? それだと、悲しい事だよね。せっかく、地上の人たちと交流できるチャンスだって言うのに。こういう小さい事の積み重ねで、何か変化が有る可能性だって有ると思うのに。
「あの、香坂さん」
「しっ! 今は何も言わない方が良い」
僕が話しかけたら、香坂さんは人差し指を一本立てて唇に当てた。香坂さんが何が言いたいか、僕は瞬間的に理解した。
政府の思惑が何かまではハッキリ分からない。でも、嫌な感じしかしない。違和感がたっぷりの状況なんだから。だったら、余計な事は言わない方が良いよね。だって、政府の人が僕たちも監視している可能性だって有るんだろうしね。
「海君。君は君が見たままを感じればいい。それが、すいらんちゃんの役に立つんだから」
こっそり耳打ちしてくれた香坂さんの言葉を信じて、僕は観察を続けた。だって、僕はもっと知らなきゃいけない。団体の事だけじゃなくて、地上の事も、政府の事もね。それを、今日で全てを理解する事は出来ないと思うよ。
でも、このボランティアを通じて分かる事も有るはず。その証拠に、香坂さんの事は少し理解出来たつもりだよ。
香坂さんはずっと態度を変えなかった。呑気に鼻歌を歌ってた。周りのボランティアの人たちは気にする様子は無かったけど、政府の人にはギロって睨まれてた。
それこそ、最初は不謹慎だから仕方ないって僕も思ってたよ。でも、段々とその行動の意味に気が付いたんだ。
多分だけど、香坂さんは政府の人の目が僕に向かない様にしてくれてたんだと思う。姉が「仕事は出来る奴」って言ってたのは、こういう事だったんだね。実は凄く頼りになる人だったのかも知れないね。
まぁ、会って数時間なのに何が分かるんだって気もするけど。間違いなく、単に馴れ馴れしいだけの人じゃ無かったって事だよね。
そして、今日のボランティアが終わる。成果としてはイマイチだけど、初日だからね。これを続けて何かを掴んで、姉の役に立たなきゃ。
☆☆☆
ヒューマニティ・リンクに潜入させた仲間たちから連絡が来ました。一度集まって情報整理がしたいとの事でした。だから、いつもの場所『地上の箱』に集合する事にしました。
今日は海様がボランティアとして潜入する予定になってます。だから、海様の動向を追いたかったけど、任務が優先です。そして、私は地上へ向かいました。
この道も慣れはしましたけどね。やはり、ゲートを使って降りた方が楽ですね。あっちは高速エレベーターなんですし。
そもそもこっちは、ゲート建設中の資材運搬等に使われてた、作業用の通路なんですし。政府の連中も、こんな通路を取り壊さずに残してるなんて、本当に杜撰ですね。だから、スラムの人たちに利用されるんですよ。お嬢様や私にもね。
まぁ、政府が力押しだけの杜撰な計画を続けるんなら、つけ入る隙は幾らでも有るでしょう。但し、今がその時ではないだけ。力を蓄えて、必ずひっくり返しましょう。この狂った現実をね。
私が『地上の箱』に到着してから直ぐに、ダフを除くメンバーが集まりました。
「ダフはどうしたんです?」
「ダフはさぁ~、他の情報収取で忙しいから、今日はパスだってさぁ~」
「トム。今回はそんなキャラじゃないでしょう?」
「そうだった。すまない、ジェニファー」
「貴方は、本当に掴みどころが無いですね」
「ジェニファー、それは誉め言葉ですか?」
「あの変態を思い出すので止めて下さい」
「それは香坂志遠の事かな?」
「えぇ。幽霊が見えるとか、スピリチャル的な事を言う男ですよ」
「ジェニファーったら、香坂志遠が面白くないのね」
「当たり前ですよ、シルビア。少しは信用出来る男と思ってましたが、大間違いでした」
「お嬢様のお尻を追っかけてるだけの、変態だから?」
「お嬢様を支えられる器なら、伴侶に押そうと思った時期も有りました」
「でも、違ったと?」
「ええ。あれは唯の馬鹿です」
香坂志遠の事が話題に出たので都合がいいです。些末な情報ですが、彼等にも共有しておきましょう。
これは、海様がボランティアに参加する前日の事です。念押しをする為に会いに行った際に、香坂志遠に言われました。
「あ~、そっか。君たちは見えないんだもんねぇ」
「なんの事です?」
「議員に憑りついてた何かの事さぁ。僕はあれが地球外生命体だと思うんだけどねぇ」
「はぁ、何を馬鹿な事を……」
「いや、気が付いてないんならぁ、それでも良いんだよぉ。でもねぇ、これは重要なファクターに成り得ると思うんだけどねぇ」
こんな事を言われて、少しカチんとした記憶が有ります。
「宇宙人って話は、坊ちゃんを騙す為に使った言い訳じゃなかったっけ?」
「そうですよ、ジム。海様には真実を全て打ち明けるのは早いです。その為に、お嬢様が思い付いた、でまかせです」
「実は本当に存在してたなんて事はないのかい?」
「本当にそんな与太話を信じるんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどさ……」
「何か含みの有る言い方ですね、ジム」
それからジムは、ポツポツと語りだしました。
ジムを含めた四人は、職員として団体に潜入しています。その職員たちに違和感を感じるというんです。何が違和感かと言いますと、職員が機械的に働いている様に感じるとの事でした。
例えば、業務中には一切の私語をしない。一見、当然の様に見えますが、休憩中でも軽い雑談はしないそうです。すれ違った時に、挨拶も交わさないそうです。それは流石におかしいですね。
「だから、香坂志遠の件を聞いてピント思ったんだよ。団体の偉い人が宇宙人に憑りつかれていて、職員はその宇宙人に洗脳されてるんじゃないかってね?」
そう言われると辻褄が会う気がします。過去には、議員の殆どが事件以降は性格が変わった様に見えましたし。今回もそうなら、宇宙人とやらが本当にいる可能性も有るかも知れません。
ですが、それは非現実的です。お嬢様なら一笑に付されるでしょう。
但し、それも考慮しなくてはならないのかも知れません。香坂志遠がほざいているだけなら、信用する価値は有りませんが。ジムがそう言っているのです。それだけでは有りません。ジムの言葉に、他の三人が同意しています。やはり、潜入した皆が職員に対して、何らかの違和感を覚えているという事でしょう。
これは、お嬢様のお耳にも入れた方が良いでしょうね。




